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伊豆半島一周自転車ひとり旅

簡易テントを背負ってのんびり、ゆったりと伊豆半島を一周し、
さらに紀伊半島までも一周する予定だったのだが・・
はっきり言って大失敗の旅行記


2010年7月30日、金曜日
 そもそも初めから無理な出で立ちだった。無駄な部品を徹底的に省いた造りのマウンテンバイクに長さ35センチ、幅13センチの細長い荷台を今回のツーリングの為だけに取り付け、その荷台の上にケースに入ったノートパソコン(約6キロ)とリュック(約5キロ)を古チューブと紐で強引にくくりつけ、その他に簡易テントを詰め込んだもう1つのリュック(約6キロ)を背中に背負うというものだった。おまけに午前6時だった出発時刻を雨のために遅らせていた。

伊豆半島の地図

 さて、いざ出発というときになって積荷が少し傾いているようだと家内が言い出した。それを無視して午前8時頃我が家を出発。ところが30分も経たないうちに荷崩れが起きた。幸いパソコンは宙づりになったまま地面に落下しないでとどまっていた。きつく締め直してもう一度スタートすると今度は雨が降ってきた。これは拙いと折角締め直したばかりの紐をほどいて雨用に用意したポリ袋を背中のリュックから取りだし、その中にパソコンを押し込んできつく締め直す。しかし、荷台の幅が狭いため安定感がない。パソコンが荷台の左右両側に張り出し、その上にリュックが載っている。自転車に乗り降りする度に意識して足を高く振り上げ大きく弧を描くように回さなければならない。この何でもない動作が股関節が硬くなっている72歳には難しい。そうこうしているうちに雨足が強まってきた。このままでは先が思いやられるので行きつけの自転車屋(チェーン店)で相談することにした。
 行ってみると自転車屋はまだ閉まっていた。午前9時だからあたり前だ。開店の10時までにはまだ1時間もある。雨足がさらに強まってきた。駐車場は広いが雨宿りをするところがない。仕方なくリュックからテントを取りだしてがらんとした駐車場の片隅で広げていると運良く誰かが自転車に乗って出勤して来た。何とか入道といった風貌の中年の男性で面識はなかったが事情を説明するとすぐ側面のシャッターを開けて中に入れてくれた。そしてまだ開店もしていないのに親切に相談に乗ってくれた。開店の1時間も前に出勤するくらいだから店長かと尋ねると店長は別におり自分は経営の方だと言った。
 結局、この何とか入道氏がオリジナル・サイド荷受けを造ってくれることになる。自分でも興味があるからと店の奥から見つけ出してきた頑丈そうな細長い金網の一端を荷台の向こう側の端に固定しその金網を手前側で下に折り曲げ、その折り曲げた金網の先端を更に外側に折り曲げて即席で変形Z型のサイド荷受けをこさえてくれた。そしてリュックの下部をサイド荷受けに載せ、それをチューブで金網にきつく括りつけ、サドルを上限一杯まで引き上げてサドルの下に空間をつくり、荷台に載せたパソコンケースの先端をその空間に差し込み、フックを金網の裏側に引っ掛け、リュックの外側から紐を引っ張り上げて金網が車輪と接触しないよう注意深く気を配りながら荷台にきつく括りつけた。またこの何とか入道氏は商品ではないからと代金を受けとらなかった。このサイド荷受けのお陰でどうにか出発することが出来た。感謝、感謝。
 しかしこの即席サイド荷受けは荷物を固定したまま動かしさえしなければ何の問題もなかったのだが実際には食事などで自転車から離れる度に取り外さなければならず、その度に紐の締め直しに苦労することになる。
 自転車屋を出たのが午前11時頃。天気予報通り雨は降り止んでいた。荷台の荷物はリュックの厚さだけ低くなったのでその分だけ足を高く振り上げる必要がなくなった。それだけでも気分は大分楽になった。しかしサドルが高くなったので両足を地面につけるときには爪先だてなければならなかった。これは注意を要する。またパソコンケースは相変わらず荷台の両側にはみ出していたから乗り降りする度にパソコンにぶつからないよう意識して足を大きく回さなければならなかった。それに荷台の片側にだけリュックがぶら下がっているから非常にバランスが悪い。とりわけ気掛かりだったのは即席サイド荷受けがどのくらい持ちこたえてくれるかだった。自転車がバウンドする度にぎしぎし軋むのだ。走行中に何かの弾みで金網が折れ、スポークに挟まれば大変なことになる。これも要注意だ。
 後ろの荷物にも神経を配りながらペダルをこいでいるとなかなかスピードが上がらない。しかし別に先を急ぐ旅でもないしテントもあることだからと自分に言い聞かせる。幸いなことに国道16号は八王子近くまでは平坦なところが多い。入間の下り坂で少しスピードを出してブレーキのテストをしてみた。普通にブレーキをかけるときは何の問題もないのだが急ブレーキをかけるのは非常に危ないことがわかった。サイド荷受けが自転車の片側にだけしかついていないから急ブレーキをかけると後ろが大きく左右に揺れ、ハンドルをとられそうになるのだ。後ろがまだ大きく揺れているとき無理にハンドルを固定しようとすれば今度は逆に前輪までもが大きく左右に揺れ出しコントロールが効かなくなってしまう。早めにこれに気づいてよかった!
 横田基地の傍を通るころ暗くなり始めた。外でテントを組み立てるのは初めてだ。真っ暗になる前に組み立てる必要がある。基地の入口近くに交番があったのでテントを張る適当な場所はないか尋ねてみた。その際、危険負担は勿論自分が負うからと言い添えた。30代後半くらいの見るからに生真面目そうな警官は自分の父親くらいの老人がテントを背負っていると聞いて苦笑しながら、このあたりなら公園か多摩川の土手くらいしか思いつかないが多摩川の土手の方が良いのではないかと道順を教えてくれた。教えられた道を走っている途中に公園があった。角棒を屋根に見立てた屋根付きベンチのある公園で何だかよさそうな気がしたので今夜はここでテントを張ることにした。

横田基地近くのドングリ公園(翌朝撮影)

 草地の多そうなところを見つけてテントを広げていると買い物篭を下げた近くの奥さんが通りかかった。何か挨拶する必要があるだろうと思って、
 「今夜一晩だけここにテントを張らせてください」
と声をかけてみた。すると、
 「どこから来たの」
と聞く。こちらから近づいて行って埼玉の川越から来たこと、そしてこれから30日くらいかけて伊豆半島を一周した後東海道を南下し更に紀伊半島を一周して帰る予定であることを話すと、とても信じられないという顔つきをしている。そこで、2年前に70歳になったときに18日かけて自転車で川越から北海道まで往復したことがあることを話し名刺代わりに「70歳、自転車ひとり旅」のホームページを印刷した紙切れを渡したところやっと信じる気になってくれたようだ。
 「ここはヤブ蚊が多いから気をつけてね」
と言い残して帰って行った。
 蒸し暑い夜だ。さきほどの草地に戻ってテントを広げ始めると蚊の大群が襲ってきた。両手でばしっと叩くと血をたっぷり吸った蚊が一度に10匹くらいスネから転げ落ちた。時間がかかると大変なことになる。大急ぎでテントを張った。幸いなことに家で実験をしたときと同じように簡単に組み立てることができた。少し高かった(4万5千円くらい)が思い切って最新式のものを選んでおいてよかった。蚊はテントの中にも入ってきたがテントの色が黄色なので、それとコントラストをなす黒い蚊がどこに何匹いるかすぐ分かった。しかし、所在が分かった後も蚊も命がけだからそう簡単には死んでくれない。しばらく生態を観察した後スローモーションで近づき不意をつくやり方で全部退治してしまった。退治し終えた後はもう入ってこなかった。持参した虫除け装置の効果もあったのかも知れない。テントの中は心配していたほど暑苦しくはなかった。おそらく通気性の良いテント生地のせいだったのだろう。二人用テントにしたのも正解だった。テントは骨組みが軽量化されている分だけ頼りなく感じたが特に不都合はなかった。床に敷く敷物については荷物になるからとビニールシート以外は何も持ってこなかった。だが、これはかなりの誤算だった。家で実験したときは板張りの床の上で一晩寝ることができたものだからタカを括っていたのだ。地面との境にあるのは薄いテント生地だけ。その上にビニールシートを敷いて横たわるのだがすぐ下の草や小石、砂利などの凸凹がじかに背中に伝わってきて非常に寝心地が悪かった。しかし疲れていたからいつの間にか眠ってしまった。
 

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