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 アメリカの名医ルイス・トーマスの新著に『人間というこわれやすい種』という 本がある。原題を「フラジャイル・スピーシーズ」という。

「フラジャイルというのはご存知の方が多いとおもうが、ガラス製品などの壊 れやすいものを送るときに、小包に「壊れもの注意!」と貼られるラベルにか いてある言葉のことで、このラベルがついていると、みんなが取り扱いに注意 してくれる。トマスは、人間もそういうものだというのである。人間は「傷み やすく、おぼつかないもの」という意味である。

 私も二年前にちょっと分厚い『フラジャイル』という本を書いたことがある。 「弱さ」を主題にしてみた本で、人間はもちろん、社会構造も壊れやすいもの で、むしろ社会の本質は壊われやすさにあるのではないかということを問うて みた。

 私は「強がり」の時代に文句をつけたかったのだ。威張ること、強大を誇る こと、力の神話を信じること、これらはすべて社会をおかしくしてしまう要因 になると言いたかった。

 もともと古代神話の英雄ですら、アキレウスのアキレス腱(けん)やゼウス の踵(かかと)に象徴されるように、つねに弱点をもっているように描かれて いた。それがいつのまにか、とりわけ近代社会の確立とともに弱点を隠し、欠 陥を排除する時代になってしまったのである。

 しかし、大地震がいつ襲ってくるかわからないように、われわれの基盤空間 はもともと脆弱(ぜいじゃく)なのである。だから、フラジャイルな自覚こそ が重要なのだ。「強がり」より「弱がり」が求められている。

(編集工学研究所長)




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