NO.1 1983年1月31日


●今号の目次●

1 いよいよ区教委交渉スタート
2 江東区になぜ夜間中学・日本語学級が必要か


いよいよ区教委交渉スタート
消極的・認識不足の区教委、しかし検討は約束

さる12月20日、1時間半にわたり、江東区教委との交渉を行いました。当日、区側からは岩瀬教育長、鈴木次長、島田学務課長が、作る会からは、樋口会長をはじめ5名が出席しました。
まず樋口会長から「交渉のテーブルについてくれたことを評価する。これを機会に我々の要求をうけとめてほしい」とあいさつがあり、(1)夜間中学をつくる(その中に日本語学級を併設する)、(2)昼間の学校(枝川小・深川八中)の日本語クラブを発展させ、日本語学級にする、という点について見解をただしました。
区側は夜間中学について、都内8校にすでにある夜間中学は余力があり、またその機能から、区立とはいえ生徒を広域的に受け入れている(区どうしでの機能分担―たとえば住宅は江東区で面倒みるから教育は他の区で、とか)。このことから江東区に夜間中学をつくる必要性はうすい、とのべました。
しかし、余力があると判断したのは単に数字上のこと(45人で1クラス)で、夜間中学の実態を無視した「失礼な」暴論です。また他の区に通えばいい、ということなのですが、毎年毎年何十人もの人に遠くまで通わせ(まだ、通える人はいい)、通えなくて自主夜間中学に来ている人も何十人もいる、という現実からみると、むしろ江東区にこそ夜間中学は必要です。
区側はそれに対し「見解の相違」「国の施策がない」「都教委が認めるかどうか」などと逃げ、区民の教育に対する責任ある発言はなされませんでした。
昼間の小・中学校の日本語学級については、それより今の日本語クラブのほうがいいと言っていましたが、日本語クラブを充実させていけば、当然専任教師のいる日本語学級になるのではないか、という追求に「現在、専任にする必要は考えていないが、検討してみる」と約束しました。
また夜間中学についても、当面、自主夜間中学について救済を考えてみる、と約束しました。
なお、次の交渉は1月末か2月初めの予定です。


江東区になぜ夜間中学・日本語学級が必要か

「江東区に夜間中学・日本語学級を作る会」(以下とは一体何をめざして、どんなことをやってきたのか。この『通信』の創刊を機に簡単に紹介したいと思います。

■私たちのめざすもの

「作る会」は、
(1)江東区に公立の夜間中学を作る。
(2)その夜間中学に中国(韓国)などからの引揚・帰国者のための日本語学級を設置する。
(3)同引揚・帰国者子弟が集中する区立の枝川小・深川八中に専任教諭を配置した日本語学級を設置する。
の3つを目的にして、1981年5月17日、この問題に関心を寄せる地元労働者・市民によって結成されました。

■なぜ夜間中学が必要か
現在、義務教育としての夜間中学は全国で34校、都内で8校ありますが、そこに通う人の多くは貧困・戦争時の混乱・病気などのために長期間学校を休まざるをえず、義務教育を修了できなかった人たち(義務教育未修了者)です。この未修了者は推定で140万人以上といわれています。また、卒業証書はもらったけれど、基本的な計算もわからなく、ひらがなさえ満足に書けないという「形式卒業者」も少なくありません。
彼らはともに、「教育を受ける権利」が十分に保障されず、そのため社会生活をおくることさえおびやかされ、低賃金・職場の人間関係の破綻・失業そしてたび重なる転職の中でズタズタになった身体をひきずりながら必死に学んでいる人たちです。彼らが空気にも似た教育というものを要求するのは当然すぎるほど当然な権利だといえましょう。
私たち「作る会」は、こうした現実に目を向けたがらない行政に対して、公立の夜間中学を開設し、彼らのいわば“奪われた義務教育”を保障することを要求していこうというものです。
ではこういう夜間中学がなぜ江東区に必要なのでしょうか。東京都の教育統計を見ると、昭和35〜38年度、昭和49〜53年度の合計9年間で義務教育未修了者(除籍になった者)は137名にもなります。長期欠席者(年間50日以上の欠席)は同じく9年間の合計で919名にものぼります。非行や学校嫌いが増えている昨今、これらの数字は年々累積していると考えられます。
さらに「作る会」の存在を知って、ぜひ夜間中学で勉強したいという人が十数名名乗りをあげました。この人たちは仕事や家庭の事情で他区の夜間中学へは通えない人たちでした。地元の江東区にほしいゆえんです。

資料 江東区の除籍者と長欠者

      除籍者(含原留)  長欠者

 1959年度    63        ―
 1960      51        133 
 1961      16        183 
 1962      17        168 
 1963      32        147
 1974       9        ―
 1975       0        ―
 1976       4        85
 1977       4        90
 1978       4        113
 計       190        919

 ※東京都教育統計年鑑より

■江東区における引揚者問題

もう1つ。「江東区に夜間中学を!」という場合に、この区に在住する中国引揚者数が都内でもっとも多いという事実を避けては語れません。現在、都内の夜間中学には4校に引揚者のための日本語学級があります。いずれも昨今の急増に伴い、パンク寸前と聞いています。
引揚者が置かれている現実を考えてみると非常に深刻なものがあります。というのは引揚者が日本社会で真に自立していくことは並大抵のことではないからです。単に基本的な日本語を学べばそれでいいというものではないことは、最近新聞紙上で目につく引揚者の起こす自殺・殺人などのショッキングな事件の背景を考えれば明かです。彼らが異なる言語・風俗・習慣の地で生活をしていくとき、日本語をはじめ多様な側面について長い目で見た「学習」が必要になってくるのではと考えます。彼らが働きながら継続的に学習できる場としての夜間中学(高学歴者には夜間高校)が引揚者の日本社会での真の自立をうながす場として、なによりも必要だと考えるゆえんです。
さらに、学齢期にある引揚者子弟に対しては、江東区は現在枝川小と深川八中に時間講師を配置した“日本語の特訓”的制度が設けられていますが、この枠内で子どもたちの内面に起こるできごとをとらえ、彼ら自身が日本で自信をもって生きていくための指導を行うことなどできることではありません。
子どもたちの指導の重要性――親自身の抱える日本での自立の悩みからして、多く自己の意志決定権をもたない子どもたちにとってはいうまでもないでしょう。
もちろん、親ともひざつきあわせて語ることも必要ですが、時間講師の枠内ではそれも望めません。それゆえこれら小中に彼らの教育に理解のある教師を2名配置し、彼らを普通学級に通わせ、日本の子どもたちとの交流を深めながらじっくり指導していける日本語学級が熱望されます。

資料 引揚児童生徒数(81年6月現在)

 枝川小    43人
 深川八中   15人

 ※議会答弁による

■もうひとつの視点…

「作る会」の運動は、江東区に夜間中学を開校させることを手段にして、義務教育を奪われた人たちにそれを保障するとりくみですが、これは同時に夜間中学生を生み出してきた日本の公教育制度を問い直す視点を明らかにすることでもあります。私たちは夜間中学生がなぜ生み出されてきたのか、という問いを常に確保しておく必要があります。

一方、引揚者が日本でいかにしたら自立への道を歩めるのかを考え、その1つに方法として夜間中学に日本語学級を設置させていく運動は、国策によって切り捨てられ、母国語さえも奪われてきた彼らに、ことばと日本で生きるための最低限の教育を保障するいとなみですが、同時に「なぜ今、引揚者が存在するのか」を考えることによって私たちの「戦後」を考え直す視点を提供する運動でもあるといえるでしょう。

■私たちの歩み―自主夜間中学開校まで

81/5/17 結成集会(枝川区民館)―署名―請願(5/29)
「作る会」は、1981年5月に結成の集会を終えたあとに、亀戸駅頭における街頭宣伝活動をふりだしに署名を集めていきました。わずか1週間足らずのあいだに1,260名の署名を得ることができました。これは地元の人たちの多くの参加がなくては実現不可能なことでした。私たちはこの署名をかかえ、区議会各派の紹介を得て先の3つの目的を請願事項にして江東区議会に提出しました。

6/2 区議会本会議―平井議員が日本語学級質問
よく6月の区議会本会議において平井議員(公明)が日本語学級について質問しました。「作る会」もこれを傍聴し、審議の行方を注視しました。
ここの答弁の中で、区の「引揚者子弟の問題」についての考え方がはっきり出されてきました。それは、特設する指導場面は日本語指導に限定し、あとは普通学級の担任にまかせようというものです。これは、普通学級の現状を無視したおしつけだといえます。この問題は文教委員会でも審議され、区は講師制度を前提にしたうえで「関係者の話を聞き、要望があれば予算を組みたい」と答弁。その後のなりゆきが注目されましたが、これは9月からの講師時間の増加という形にとどまりました。さらに大人に対しては「国がやらない以上、何とかしなければならない」という前向きの姿勢が示されました。
しかし、夜間中学そのものの開設については(1)義務教育未修了者の累積数の把握が困難なこと、(2)未修了者には「通信教育」や「卒業資格認定試験」を利用すればすむとして、ついぞ前向きな答弁はなされませんでした。
私たちはもちろん、こういう論理に納得することはできません。区・教育委員会は義務教育未修了者にだけはなんとか関わりを示してはいるものの、卒業証書はもらったがかけ算九九や「あいうえお」も満足にわからず書けない「形式卒業者」の存在に目を向けようとはしません。
「形式卒業者」とは、実質的に長期にわたって学校を休み、とにかく卒業だけはさせられた生徒を指す名称ですが、多くを休んでどれだけのことが身についたといえるのでしょうか。こうした形式卒業者がほかの夜間中学に今なお通っており、そこへの入学も後を絶たないという事実をどう考えるのでしょうか。さらにひらがなも満足に読めない書けないという人がどうして「通信教育」でやっていけるのでしょうか。また「卒業資格認定試験」とは、あくまでも高校受験のための資格取得に限られたもので、それを受ける未修了者には卒業証書がわたされるわけではありません。ということは、中卒の資格を要する専門職への道は閉ざされてしまうことになります。
この文教委員会では結局、私たちの請願事項は継続審議扱いになり、次回に持ち越されることになりました

7/17 促進集会(亀戸勤労福祉会館)
私たち「作る会」は、こうした議会情勢に圧力をかける意味で7月17日にこの請願を促進させるねらいの集会を亀戸勤労福祉会館でもちました。この集会には地元の人たちを多数含めた約80名が参加し、私たちは夜間中学の教師である松崎運之助氏や、中国引揚者である西条正氏に話を興味をもって聞くことができました。そしてこの集会の模様は朝日、読売の各新聞で世に伝えられました。

9/22 区議会本会議―間東議員が夜間中学質問
こうした議会外の勢いを受けて、9月の江東区議会本会議において間東議員(社会)が夜間中学について質問し、さらに文教委員会も継続審議扱いだった私たちの請願事項を再びとりあげることになりました。
前回の審議に比べ、新しく出てきた答弁について考えてみましょう。
区長の夜間中学についての答弁は、終始「江東区に夜間中学を必要とする声がなければ認められない」というものでした。しかし、この時点での江東区から他区の夜間中学への通学者は42名にものぼりました。これだけ多くの通学者の存在は、江東区に夜間中学を必要とする理由に十分なりうるはずですが、この42名の多くが中国引揚者であるという理由で退けられました。中国引揚者とはいえども中学未修了者であり、夜間中学を求めている声にどうして耳を傾けられないのでしょうか。

82/4/17 江東区中国帰国者日本語教室設置
思うに、区側は中国引揚者にとって夜間中学はベターではないという考え方に立っているのでしょう。その具体的な現れが、江東区独自の日本語教室の開設でしょう。区長がこれを開設すると決意を述べたのもこの9月議会でしたから、これも私たちの運動の成果だと考えていいと思います。
しかし、この江東区日本語教室は、初期における引揚者のための適応指導の機関としては確かに制度的にもしっかりとした基盤に支えられているという意味で高く評価できるものですが、引揚者自身にとっては30年以上祖国との断絶があり、またその子ども(特に学齢期をすぎた)にとっては、初めて見る親の祖国であり、3か月や半年、1年ぐらいの適応指導ではたして「文化的断絶」を埋め、日本での自立の道につながるものなのかどうか疑問に思わざるを得ません。おそらく、彼ら引揚者は初期の適応指導を受けて日本社会に入り、働くようになったとき、再び日本語を学べる場所を求めてくるに違いありません。
社会の実際場面に出くわして、そこでさらに深く日本語や文化・習慣の違いや自らの生き方を学ぶ引揚者もいることでしょう。しかし、この実際場面でうまくやれず不適応を起こし、再び日本語をはじめとする基礎教育を受けたいと思う人もすくなくないと思われます。こういう人たちが働きながらでも少しずつ時間をかけて学べる場所として、夜間中学が現状ではもっともふさわしいのではないかと考えます。
ともかく区長の「江東区に夜間中学を必要とする声がなければ認められない」という答弁は、私たち「作る会」の運動にとってもひとつの刺激剤でした。その後の区議会では私たちの請願が審議されなかった経過もあり、「作る会」の進むべき方向が、夜間中学を必要とする人たちの発掘という線に傾いてきたのでした。
そのためには何をしたらいいのかを私たちは3か月間話し合いを重ねてきましたが、ついに私たちがやれる範囲で「自主夜間中学」というものを開校し、対象者の発掘と同時にそうした人たちの教育要求に可能な限り応えていこう、ということになりました。「自主夜間中学」はあくまで暫定的なものであり、これをステップにして公立化を勝ちとっていかなければなりません。

4/21 自主夜間中学準備会―開講式(5/23)