99.3.6
ゆらぎ雑感

一般の人の間で「ゆらぎ」が話題に登るようになったのは1/fゆらぎを取り入れた扇風機の登場に因るところ大ではないだろうか? ゆらぎという言葉がそれまでのいくぶん文学的な響きに替わって科学的な響きを帯びてきたのもそんな頃からではないだろうか。
自然界に存在するゆらぎは大別して、夜中の放映終了後のテレビ画面のチラチラのようなまったくランダムなゆらぎ方をするもの、水中の微粒子が水の分子の衝突によって動く(ブラウン運動と呼ばれる)ある程度規則性のあるゆらぎかたをするもの、そして波の音や小川のせせらぎ、人間の脈拍、動物の声、星の瞬きなどに見られる規則性があるような、無いようなゆらぎ方(1/fゆらぎと呼ばれる)の3種類があるということである。
3つ目のゆらぎ方は人間にとって(人間以外でも?)気持ちが良いというのは経験されていることと思う。
ところでもう20年以上前になるが、東京医科歯科大学の角田忠信氏の脳に関する研究過程で得られ、紹介された「日本語で育った人は虫の音は左脳優位、機械的な騒音は右脳優位だが、そうでない人は虫の音は機械的な騒音と同じように右脳が優位である」という知見は大きな反響を呼んだ。 一般の新聞や雑誌にも紹介されたが、「日本人は音色に敏感だ」とか「外人には虫の音はノイズにしか聞こえない」といった短絡した記述が付け足され、私は大いに疑問を感じたと同時に、日本人の音色のルーツはいったいあるのだろうか?というあまりに遠大な疑問を問い始める火付け役にもなってしまった。
角田氏が得られた知見の中には、以前のESSAYでも紹介したが、

1.脳には音の物理的特性によってハーモニックな音(=倍音構成がきちんと整数比になっている)は右脳に、インハーモニックな音(=倍音構成が整数比になっていない)は左脳に振り分けるスイッチ機構が存在する。
2.ハーモニックな音でも倍音構成がずれてくると(インハーモニックになると)日本語人、非日本語人ともに左脳優位に切り替わるが、日本語人の方がわずかなずれで敏感に左脳に切り替わってしまう。

があるが、最近ふと思ったのはゆらぎに対して日本語人と非日本語人で差があるだろうかという疑問である。
大橋力氏の研究によれば「民族音楽には非常にミクロな時間内のゆらぎが多く見られる」という知見も興味を惹かれる。 虫の音を音響的に分析すると一定の音の高さを中心に高くなったり低くなったりが非常に短い周期でくり返されている。 当然、音の高さや周期もゆらいでいるわけで、「日本語で育った人は虫の音が左脳優位だが、そうでない人では右脳が優位である」という実験結果は虫の音のゆらぎ方に対する反応の仕方の差ではないだろうか?
ゆらぎに対する人間の生理的、医学的な研究は今、始まったばかりのようである。さて、どうやってそれを検証しようか?

参考文献:
武者利光 「ゆらぎの世界」 (講談社ブルーバックス)
角田忠信 「日本人の創造性を阻害していると考えられる因子について」自動車研究 昭和56年第3巻 第5号
大橋力 「日本伝統音楽と音のゆらぎ」(第一書房 日本の音の文化より)
大橋力 「インドネシアの打楽器オーケストラ“ガムラン”」 日本音響学会誌54巻9号

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