99.8.30
米国人にとって虫の音は?

以前のESSAYでも紹介したが、今からおよそ20年前、東京医科歯科大学の角田忠信氏の脳に関する研究過程で得られ、紹介された「日本語で育った人は虫の音は左脳優位、機械的な騒音は右脳優位だが、そうでない人は虫の音は機械的な騒音と同じように右脳が優位である」という知見は大きな反響を呼んだ。 一般の新聞や雑誌にも紹介されたが、「日本人は音色に敏感だ」とか「外人には虫の音はノイズにしか聞こえない」といった短絡した記述が付け足されていた。「本当にそうだろうか?」私は大いに疑問を感じた。
その疑問を晴らすために、まずは外国に行った機会に現地の人に虫の音に対する感じ方を伺うことにしている。
米国によく行くので、現地の人に伺った事例を紹介してみよう。

まず、北米で聞くことが出来る虫の音だが、自分の経験では日本で聞く事が出来る虫と同じ物は蝉とコオロギである。
蝉はルイジアナで聞くことができた。鳴いているピークは7月頃とのこと。種類は確かめたわけではないがクマゼミのように聞えた。コオロギはカリフォルニア、コロラド、テキサス、ルイジアナ、デトロイト、ニュージャージーで聞くことが出来たがピークは日本より早く8月頃とのこと。

さて、現地の人への聞き方だが、なるべく特別の意識が働かない様に、虫が鳴いている場所で、「いい音色ですね。 What a beautiful sound of insect. 」とこちらから切り出してみるのである。

現在のところコオロギについて約15人程に聞いてみたのだが、その反応はほとんどが「そうですね。」とか「夏だなあという感じがします。」という既定的な反応であった。中には「音楽を感じますね。」といった反応まであった。

今回、8月にルイジアナを訪れたときに蝉とコオロギについて「えっ、いい音色だって?!」と意外な反応を示した人にお目にかかった。彼はテキサス出身で「ノイジーでキイキイ言っていてうるさいですね。」とのこと。
米国人も虫の音に対する反応は十人十色のようだ。

今回の北米滞在中にホテルでテレビをつけながら荷物を整理していたら、虫の音がしてきた。なんだろうと思ってテレビを見たらその出所は食料品のコマーシャルで、虫の音をバックに夜が明けてきて子供の兄弟が朝食のジュースを飲んでいる情景であった。虫の音がノイズにしか聞えないならば、こういったコマーシャルに虫の音を使うだろうか?

カナダ出身の米国のシンガーソングライター、ニール・ヤングが1992年にHarvest Moon*1というアルバムをリリースした。このアルバムに収められた最後の曲にNatural Beautyという曲がある。この曲はライブ録音なのだが、曲の最後の拍手の後にはなんと虫の音がオーバーラップしてきてその音色だけが約30秒ほど続いてフェードアウトしてゆく。CDジャケットにはその虫の音についてアマゾンで録音された素材を使用したと明記されている。その曲の詩の中には「誰がこしらえたか判らぬデジタルサウンドの壁の中に見事なエコーがかき消されてゆくのが聞える」というくだりがある。
彼はやはり、虫の音色には特別の思いを込めたに違いない。

*1:"Harvest Moon"

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