2002.9.15
しけった音色

 "ぬれせん"という煎餅を食べた。包装には半生と書いてあるので焼き上げる前の状態の煎餅と想像がついた。こういうものが昔からあったのかは定かではないが、なかなかいける味である。袋を開封したまま梅雨を越した極度にしけった煎餅という感じがしないではないが、しけった煎餅は嫌いではないので(むしろ好きなのである)まったく問題ない。
だが、煎餅といえばぱりっとした歯ごたえが普通だから、こうした半生煎餅を商品として出すには余程の勇気が要るのではないだろうか?ポテトチップスもパリッとしていなかったら返品ものである。
しかしながら私はしけったポテトチップスも好きなのだ。子供じみているという批判もなんのその、そういう両極端を味わえるということは、食べ残しのしけった煎餅があれば、もし山で遭難しそうになっても充分生き延びて行けるというものだ。
 ところで、昔、ポテトチップスのCMでバンジョーが鳴っていたが、それはいわゆるブルーグラスのバンジョーでパリッとした音色だった。でもブルーグラスの母体ともなったアメリカ南部はアパラチアン山脈に古くから伝わるマウンテンミュージックで鳴っているバンジョーはこんなにパリッとしていない。ボコボコした音色でこれまた味わい深いものである。そう、しけった音色なのである。
ポテトチップスと言えばアイダホか?広いアメリカも中西部は湿度が低くカラッとしている。対して南部のアパラチアン山脈地域は日本と同じように緑が多く湿度も適度にあるからだろうか?
湿度と音楽の関係には深いものがあると思う。いろいろな地域の音楽や料理を味わえる現代ではパリッとした美味しさに飽きれば、しっとりした美味しさも味わう事ができる。ありがたい世の中に生まれたことに感謝。

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