2006.4.2
小松崎 茂のこと

 彼の名前は一般にはあまり知られていないかもしれない。 しかし、彼の描いた絵のお世話にならなかった人はまず皆無であろう。  戦前から戦後にかけて少年雑誌の絵物語りやSF空想画、メカ画で大活躍し、1960〜70年代にかけてプラモデルの箱に描いたダイナミックな戦艦や戦車、戦闘機達は、「お小遣いが貯まったらあれを買おう」と決心させるには充分すぎるほどの迫力であった。(現在ではボックスアートと呼ばれているそうだ) 通っていた小学校の前に文房具屋があり、ガラスのショーケースの中には彼の絵筆によるプラモデルの箱がぎっしりと並べられ、そこは男の子にとって羨望の異空間であった。

 わたしにとって伊福部 昭がサウンドのルーツのひとりであるように、小松崎 茂はビジュアル分野のルーツのひとりである。 彼は1915年生まれであるから14年生まれの伊福部 昭と同世代である。 残念ながら2001年、86歳で他界された。
文房具屋のガラスのショーケースに見入っていた当時は、プラモデルの箱絵を誰が描いたという事など知る術もなかったが、昨年、図書館で見つけた画集*で思い掛けなく昔の箱絵と再開し、「ああ、あのときあれほど心を踊らせたあのプラモデルの箱絵はこの人が描いたものだったのか」と感慨ひとしおであった。
映画「キングコング対ゴジラ」での伊福部 昭の強烈な原体験と同じように、少年雑誌やプラモデルの箱に描かれた小松崎 茂の絵も強烈であった。 戦艦には波しぶきが、戦車には土煙が、戦闘機には火炎がものすごい勢いで舞い上がる。 そして、傍らの兵士の表情や破壊された兵器の姿から、子供心にも勇ましさだけではない、なにか寂しさ、空しさを感じ取ることができた。 まさしく絵物語りなのであった。
現在では「商品内容に含まれないものを箱に描いてはならない」という規制があって、そのような絵物語り風のボックスアートは描けなくなったそうである。 真っ白な背景に対象物だけ描いたボックスアートはマニアックな感じもするのだが、心が踊る箱絵が無いのはやはり寂しい。

 さて、伊福部 昭は「キングコング対ゴジラ」で用いたモチーフを翌1963年の映画「海底軍艦」でも展開し、海底軍艦が出撃するシーンではその重々しいテーマにわたしの琴線は激しく揺さぶられっぱなしであった。 一方、「戦後十数年も経ち、生き残った旧帝国海軍の技術将校達が南海の孤島で極秘裏に開発していた」という設定の海底軍艦のデザインを手掛けたのが小松崎 茂である。 本当に心踊らせたあの頃であった。
今頃、天国でふたりの巨匠は何を語り合っているのだろうか?

*プラモ・ボックスアートの世界 小松崎 茂と昭和の絵師たち 平野 克己 編 立風書房刊
小松崎 茂を紹介したサイトはこちら

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