98.10.18
日本人はボーカルハーモニーが苦手?

ずっと以前から感じていたことで、いずれはきちんと調べてみようと思っていることがある。
日本のポピュラー音楽のボーカルにはハーモニーが少ないということである。
まだきちんとデータを取って、解析したわけではないので明言は出来ないが、仮にその仮説が統計的に有意であるという結果が出たとしても、それではなぜそうなのかという疑問の方が先走ってしまい、最近、同様の感想を持っている人や、外国人からも同じ意見を聞いたこともあって、どうも落ち着かない。以前、興味を惹かれて読んだ本に、角田忠信著「脳の発見」(大修館書店)がある。初めて読んだ時には見過ごしていたのだが、今一度読み返してみると、先の疑問のヒントになるような気がしたので思い付いたことをまとめておこう。
その著によると、音についての脳の処理過程に関して、日本語で育った人(以後 、ここでは日本語人と呼ぶことにする)とそうでない人とで決定的な差があるということである。
今回ヒントになったのは、以下の知見である。

1.脳には音の物理的特性によって非言語的な音(ハーモニックな性質=倍音構成がきちんと整数比になっている)は右脳に、言語的な音(インハーモニックな性質=倍音構成が整数比になっていない)は左脳に振り分けるスイッチ機構が存在する。
2.言語音と非言語音が混ざっている場合は日本語人の方が言語脳=左脳優先となる。
3.持続母音(例:た=TAのAではなく 単独のA=あ)はインハーモニックであるが、これに限り日本語人は左脳優位、非日本語人は右脳が優位である。
4.持続母音を除く他の言語音は日本語人、非日本語人ともに左脳が優位である。
5.ハーモニックな音でも倍音構成がずれてくると(インハーモニックになると)日本語人、非日本語人ともに左脳優位に切り替わるが、日本語人の方がわずかなずれで敏感に左脳に切り替わってしまう。

以上の知見から日本のポピュラー音楽のボーカルにはハーモニーが少ない要因を考察してみた。
ハーモニーをつくる=ハモル作業は右脳の担当であるが、歌詞がある場合は日本語人は左脳に偏ってしまい、ハモリに欠かせない右脳がなおざりにされてしまう。これに対して、非日本語人は言語の中で持続母音は右脳、その他の言語音は左脳に分担していることから、右脳はハモリに関与することができる。
歌詞ではなく、ああ〜〜〜〜〜〜とか、うう〜〜〜〜〜という持続母音だけのコーラスの場合では、日本語人はやはり左脳優位なので右脳がなおざりになってしまうが、非日本語人は持続母音は右脳優位なので、難なくハモリに集中できる。
以上から「日本人はボーカルハーモニーが苦手である」という仮説を立ててみた。

英米のポピュラー音楽ではボーカルの主旋律にハモリを付けるのは一般的だし、アカペラというジャンルもある。特に70年代にはCSN&Y、イーグルス、ポコ、カーペンターズ、クイーンのような3パート以上のハーモニーを伴なったボーカル曲が多く誕生し、多くのフォロアーがハーモニーを競った時代があった。中には多重録音により3パートボーカルのバックに更に3パートのAHHHH〜〜〜〜〜やWOOOOO〜〜〜〜というバックコーラスをかぶせる例もあり、目を見張ったものである。
同時代の日本のシーンを見てみると、オフコースや山下達郎等がボーカルハーモニーを得意にしていたが、彼らもアメリカンポップスが好きだと明言しているだけあって、個人的にはなるほど奇麗なハモリをしていると思う。それでもボーカルハーモニーはメジャーではなかったし、最近のいわゆるジャパニーズポップスでは非常に少ないようである。(カラオケで歌いやすいようにという意図があるのではないかという説を唱える人もいるが)
もう一つ考えておかなければならないのは「日本人はハモル必要性を感じない?」という仮説である。これについても言語脳=左脳に集中してしまって、ハーモニーを楽しむ右脳が関与する暇が無いという解釈ができないだろうか?

日本のポピュラー音楽というフィールドで考察したが、上記の要因とすれば、ポピュラー音楽に限定しなくても良さそうである。器楽では笙や筝、三味線等の弦楽器で2つ以上の音を同時に鳴らす例はあるが、歌うハーモニーは殆ど無い。有っても声明ぐらいだろうか。
その代わりきっちりとハモルことはしなくても、雅楽のように、それぞれ音色の違う楽器の旋律や拍が交錯したり、近世邦楽の合奏やお囃子のように意識的に、タイミングをずらしたりしたりすることで“音の綾”を楽しんでいる。(ポリフォニーに対してヘテロフォニー)
ところでハーモニーの有無で優劣がつくという問題ではないことは言うまでもない。

さて、この仮説、どうやって証明しようか?

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