奥多摩物語「六人衆の伝説」
KABUTO

 応永元年(1394)六人の落武者が現在の一ノ瀬附近(多摩川源流、笠取山の直下)に棲みつき、黒川金山を掘り当てた。上辺は百姓だが武田軍の密命があったと伝えられている。彼等は後に六人衆として語り継がれているが、山の中での日常の生活は金山採掘という密命があるとはいえ、縄文時代のような採取生活と時には血なまぐさい人間往来があったと想像される。荒くれた彼等の日常の中で、峠に立ち尽くして遠くの山並を望んだことがあっただろうか。その時、彼等の脳裏をかすめたものは何であったのであろうか。


神々の爪跡

 多摩川水源のある笠取山から唐松尾、竜喰山、飛竜山、雲取山まで2000m級の嶺が続く。雲取山を除く四つの嶺が犬切峠から一望できるが、その嶮しさに圧倒される。神々の爪跡とはこのことだ。


きざえもん窪にて

 高橋部落の西側には富士川水系との分水嶺である尾根が控えている。尾根からは幾筋もの沢が生まれ、部落に注いでいる。地元の人がこう呼ぶ沢は部落の西奥に発するが、その呼び名のきざえもんとはどんな人物だったのだろうか?


鼠婆さんの旅

 1984年、高橋部落に陶芸窯を構えていた私の友人を通じて山梨県牧丘町で農業を営む瀬間さんを尋ねた。当時2歳か3歳であった息子の岳道くんが私に「きのうここをねずみばあさんがとおったんだよ」と教えてくれた。恐らくは、テレビで見たか、両親から恐い話でも聞かされたのだろう。思わず鼠婆さんが夜中にマントを翻して足早に去って行く姿を思い浮かべてしまうと同時に、むくむくとイメージが湧いて出来た曲である。岳道くんに感謝。


羽の縁

 鳶が上昇気流を巧みに受けてのどかに舞っている。鳥の羽は空気を切っても音をたてないように出来ているらしいが、鳶自身は空気を切る微かな羽音を聴いているのではないだろうか? 


氷の歴史

 高橋部落のはずれで野営をする。晩秋の11月、夜更けてミシミシという微かな物音に目を醒す。虫の音の季節はとうに過ぎている。冬眠の準備をする熊の足音だろうか? 夜が明けてあたりは一面の霜柱。あの音は水が氷になっていく音だったのだろうか? いにしえ人もこの音を聴いたのだろうか?


分水嶺

 多摩川水源の笠取山の麓に富士川、荒川、多摩川のそれぞれの水系を分ける分水嶺がある。富士川は甲斐の国へ注ぐが、荒川、多摩川は武蔵の国へ注ぐ。戦国時代、武田滅亡の時には、恐らくは幾人かの落武者がそこを通って武蔵の国へ逃れたものと思われる。自分の生まれ落ちた水系を離れて、別の水系に足を踏み入れるとなぜか落ち着かない。彼等はどんな想いで分水嶺を越えて行ったのだろうか?


血の臭い

 その分水嶺は富士山を望むことが出来、躑躅が群棲するのどかな草原にある。(山仲間の間では飲ん兵衛平と呼ばれている。)この周辺で合戦があったとは伝えられてはいないが、落武者とそれを追う者達との小競り合いはあったかもしれない。草木は血を吸い、躑躅は赤い花を開くのだろうか?


紫の刻

 夏の分水嶺にて。夕陽は最後の光芒を放ち、雁峠の向こうに沈む。あたりは紫色の光に包まれる。あれほど暑かった空気が急にひんやりとし、かつての盛者が黙ってそこを通り過ぎてゆくような気配を感じる。


虫送り

 作物の害虫を除くために、子供たちが作り物の虫を持って村はずれまで送りだす行事。この地方でも今ではすっかり見られなくなったと聞く。


あざみ城

 戦国武将、武田信玄は甲府盆地の躑躅ケ崎に居を構え、城を作らなかったとされるが、甲斐隣国のいくつかの敵の城を落としている。落武者は敗走の意識もうろうとする中で、幻の城を見たのかもしれない。


金色の夢は砂の如く

 一ノ瀬附近に住みついた最初の六人から幾世代が過ぎて発見された黒川金山は武田の時代に栄えたと伝えられている。1986年の夏に大学の発掘調査が行われ、私も同行したが、当時の部落の痕跡が見つかっている。砂金を探して絶えることなく川底を手ですくっては指の間をすり抜ける砂のように、砂時計は時を刻んだ。


・本作品について
 山歩きの帰途、夕陽を背にしながら山道を降りてくる。陽は尾根の向こうに沈み、あたりが急に黄昏れるときの寂しさはなんとも言えない。戦国時代、敗走する落武者もここを通っていったのだろうか? 気が張り詰めているうちは良いが、黄昏れてくると同時に気力が萎えて刀傷の痛みが突然襲ってくる。そんなことをいつも思い浮かべながら、いつか落武者をテーマにした作品を作りたいと願っていた。直接、落武者とは関係無い曲もあるが、山行で出会ったり思い浮かべたシチュエーションを下敷きにして出来たのがこの作品である。

CDライナーノーツより
無断転載は御遠慮願います。
Produced, Composition, Performing, Recording-Mixing, Cover Desing
By Isogawa, Shin-ichi
1989年制作
GACD-004


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