奥多摩物語「露頓木」

DODGE

その木はわけがあって倒れたのであろう
その木にわけがあって茸が生えたのだろう
その木にわけがあって苔がついたのだろう
その木にわけがあって虫どもが棲みついたのだろう
その木を私が跨いでゆく。
そのわけをその木はなにも聞かない。



銀色の谷

 犬切峠のすぐ近くに東京都の水道局が管理する人工降雨施設(雨滴の核を作り出す為、沃化銀の煙りを焚く)がある。めったに使われることはないが、地元の人の話では煙りを焚いて雨が降った後は谷が銀色になったとのことである。


音無羽

 鷹が他の鳥を襲うとき、まったく音をたてずに急降下するのを目撃したときの印象である。



 山を歩いていると時々下草刈り機の円板状の刃が真っ赤に錆びて落ちているのを見かける。その刃が昔元気に働いていたころのその鋭さを想像したものである。


ひろ子のぼうしかけ

 高橋部落のとある廃屋の柱にこのような文字が刻まれている。友人がその廃屋に住むようになって暫くして女性が訪ねてきて、「これは自分が子供のときに刻んだものです。」と教えてくれたとのことだ。


お爺さんが言っていた

 高橋部落に住む古屋起年さんに聞いたこの地にまつわる諸々の話。毎夕、煙突から立ち上る夕餉の煙りのようだが、けして語り継がれることはないだろう。


撥ねた木

 友人によるとひろ子さんは広瀬という姓で、お父さんは今から30数年前の1960年代、伐採作業中に木に撥ねられて亡くなった。そのため、家族は山を下りたそうである。これは広瀬さんに捧げる鎮魂曲である。


砂の旅

 多摩川水源一帯は脆い砂質の沢が多く、水の流れは常に砂を運んでゆく。水道局では下流の小河内ダムに土砂が流れて行かないように各所に砂防ダムを設置する。多摩川流域の人が水を使う限りこの仕事は無くならない。新しく建設されたダムが土砂でいっぱいになると砂粒はまた旅を続ける。


白沢峠

 多摩川水系と富士川(笛吹川)水系の分水嶺にある峠で、防火線(山火事の際、延焼を防ぐために尾根づたいに木を苅ってある。)があるので明るい感じの峠である。


DODGE

 終戦後、木材難の時に笠取山から柳沢峠まで林道を通し(通称、斎木林道)木を運んだそうである。その時使われた米軍払い下げのDODGEの全輪駆動トラックが白沢峠に朽ち果てて野晒しになっている。真っ赤な鉄の皮膚に刻まれた無数のあばたは彼が見て来たものの記憶だろうか。


ウィンチ

 その時使われたウィンチが今も笠取山の麓と、笠取小屋の脇に骸骨のようになって残されている。彼らが元気に働いていた時の音は既に無いが、微かな潤滑油の匂いが地面からただよって来る様な気がする。

CDライナーノーツより
無断転載は御遠慮願います。
Produced, Composition, Performing, Recording-Mixing, Cover Desing
By Isogawa, Shin-ichi
1993年制作
GACD-002


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