麦草峠2001 -九死に一生スペシャル-
2001/9/22から2001/09/24に行われたBD CyclingMLのオフ会「麦草峠アタック2001」に参加してきました。

ついに到着

とにかく足が痛いので、自転車を降りました。

降りたあとに軽いストレッチ、しかし今までと痛さが違います。とにかく休むことにします。


いっとくさんが下りてきました。何か励ましの言葉をかけてくれて、そのまま下りていきました。

前にかすかに見えていた吉田さんももう見えません。後ろのたかさんもまだ見えません。

とりあえず、ただただ足が治るのを待ちます。

時間が長く感じました。

この先の道をみてみるとカーブのあとはそれほどきつい坂ではないようです。

とにかく力をかけなければ大丈夫だろうと、足を伸ばしても痛くなくなった時点で進むことにしました。

ヘアピンのところが終わるまで少しだけ押して、そこから走ります。

もう痛くはありません。しかし少し長く休みすぎたのか体が重くなっています。

直線を登って、右に曲がります。

その先はただまっすぐ。道の向こうは見えません。

そして、右手に「麦草ヒュッテ」のカンバンが。


既にみんなはリラックス状態でしたが、私は左手をつきあげてゴールしました。

苦労しましたが、ついに登ったのです。



そのうち、たかさんも到着し、参加者全員がめでたく登りきることができました。

記念撮影をし、それからどうするかという話になりました。

実は、登っている間もそれから記念撮影とかしている間もとにかく手足の指先が冷えてしまっていて、

暖かい食べ物がとても食べたかったのです。

ヒュッテの中で食べることになり、ここで山菜そばを食べました。

山の中だし、長野だしってことで、山菜+そば。

でもどーなんだろう。。。とりあえずおいしかったです(^0^)


疾風のごとく

とにかく、麦草峠に登ったのです。終わったのです。

あとは下るだけ。どのレポートを読んでも「楽しい下り」。そう、あとは下っていくだけなのです。

のろのろとヒュッテを出ていくと、もうみんなは準備がほとんど終わっています。

焦って準備をします。最後まで他の人に迷惑をかけっぱなしです。


さて、出発です。ヒュッテ自体は最高地点にあるわけではないので、しばらくゆるやかな登りが続きます。

しかし、何かおかしいです。

十分に休み、食事もして、そんなにきつい坂でもないのに、息が切れます。体が動きません。

長く休んだため体が冷えてしまい、そうなったのだと思いました。

ひぃひぃ言いながら、最高地点のカンバンを通りすぎます。

写真撮りたいナァ、と思いつつ通り過ぎていきます。

そして下り坂になります。


下り坂はとにかく寒いです。しかし、寒いのは手だけ。

ゴアテックスレインウェアの中にフリースを着た身体は全く寒くなく運動してるわけでもないので暑くもなりません。

足は靴下を2枚はいてみましたが、多少寒いようです。

とにかく手は指空きじゃない手袋をつけているのに風を通してしまい冷えるのです。

確かに指空きの手袋だったら、ブレーキングに支障がでたかもしれません。


一つ、予定外のことがありました。

それは登りもあるということでした。

下りだけ、と思っていた私はこの登りに大変苦しみました。

下りの加速のまま登っていくのですが、長い登りだと途中で失速してしまいます。

ここで、ペダルをこぐわけですが下りの途中のため登るには結構重いギアで登ってしまいます。

体が冷えて動かない状態でこれはとても辛かったです。

とにかくみんなに迷惑をかけないようにペースをだいたいあわせます。


途中で1回休んだあと、また下っていきます。

そのあとはほとんどが下りで、時速50キロ以上出ていました。

カーブもそれほど減速せずに曲がれるため、なかなか気持ちいいです。

でも、私は「これだー」とは思えませんでした。怖かったのです。

麦草峠の感想は

「辛い登りと怖い下り」

です。他の峠に行ったがないので、他はもっと怖いのかもしれません。

車が少なかったのが幸いでした。


神の声が聞こえた

時速50キロくらいになると、周りの音はほとんど聞こえません。

「ビューーーーーーゥゥゥウウ」

という音で耳がふさがれます。

なんか音がしたなと思ったのですが、そのままでいたらもう少し大きい音が聞こえました。

クラクションでした。

すぐに道の脇によると車がすごい勢いで下っていきます。

自分もすごい勢いでくだっていますので、相当早いスピードでしょう。


だんだん、下界に近づいてきたころまた登りがありました。

この坂もきつく、ほんとなら行きの登りのように最も軽いギアで登りたかったのですが、

後ろの人に迷惑がかかるのでがんばって登ります(しかしこの時点で後ろに人がいるのか誰がいるのかも知らなかった)

もう少しだ、もう少しでまた下りだ、、、登りになるたびにそういって登っていました。

下りになると今度はヘアピンが続きます。

50キロ以上出した状態で、ヘアピンを曲がるには結構前からブレーキをしなければならないのですが、

普通50キロ以上など出ることはないので、そのタイミングがわかりません。

無駄に減速してしまったり、少しギリギリになったり、とミスが続きます。

思えば、疲れで集中力も欠いていたような気がします。

私はヘアピンの前でそれまでと同じようにブレーキをにぎりました。

それまで何回かあったように、ちょっとタイミングが遅れたのか、ブレーキの握りが甘かったのか、

減速が十分でなくギリギリまでいってしまいました。

私はそれまた今までのようになんとか曲がろうと右にハンドルを切りました。

そのとき、

後輪が砂利の上に乗り、左側にドリフトしていくように流されてしました。

慌ててハンドルを左に切るも、自転車は既にバランスをくずしていて歩道との段差にはじかれ

私の身体は宙に浮かびました。


そのとき、

「麦草をナメるな」

という声が聞こえた気がします。


私の身体は頭から、歩道の上にある20センチくらいの高さのコンクリートブロックに向かっていました。

今考えると、それほどのものではなかったのですが、この時私は

「死んでたまるか」

と思っていました。

 

続く