1) 水槽試験結果
さてはて本題です。

大和の推進抵抗については、「戦艦大和 その生涯の技術報告」の
101頁に、A140-F
5(最終案の1つ前)の水槽試験の結果
が掲載されています。
Table1. A140-F
5
(Model No. 1029B) Tank Test Result
Condn.
|
Trial
|
Even Keel
|
V (kt)
|
EHPt
|
EHPf
|
EHPr
|
EHPr EHPt
|
13
|
5495
|
4309
|
1186
|
0.216
|
15
|
8383
|
6455
|
1928
|
0.230
|
17
|
12152
|
9193
|
2959
|
0.243
|
19
|
17000
|
12587
|
4413
|
0.260
|
21
|
23232
|
16702
|
6530
|
0.281
|
23
|
31005
|
21597
|
9408
|
0.303
|
25
|
41429
|
27330
|
14099
|
0.340
|
27
|
60750
|
33967
|
26783
|
0.441
|
29
|
88550
|
41570
|
46980
|
0.531
|
註:「戦艦大和 その生涯の技術報告」より作成

上の表の見方ですが、「27ktにおける全有効馬力は60750HP、うち摩擦抵抗によるもの
33967HP、剰余抵抗によるもの26783HP、剰余抵抗による有効馬力が全有効馬力に占める
割合は0.441」て感じです。
2) Taylor Chart

大和との比較を行うため、Taylor Chartを用いて大和と同大の船舶の剰余抵抗を
計算しました。

D.W.Taylorは米海軍の水槽の責任者を勤めた人物で、彼は1910年頃に巡洋艦型船尾を
有し軍艦に適した標準船型について、系統だった模型試験を行いました。試験結果を
取りまとめた図表は「Taylor Chart」と呼ばれ、長く艦船の抵抗と所要馬力の
見積もりに使用されています。

計算に使用したのは「造船設計便覧」第3編に掲載されているTaylor水槽の図表です。
(厳密に言うとこれはTaylorの図表そのものではなく、Taylorの試験結果を
Schoenherrの摩擦抵抗式によって再解析したものなそうですが、結果が出るから
良しとしましょうか。)

使用した図表では、幅吃水比 B/d、柱型係数 C
p、
排水量長さ比 ▽/L
3、フルード数 V/(gL)
1/2
の値により、剰余抵抗係数C
rが与えられます。

大和のこれら数値を、
B/d | = | 3.548 |
Cp | = | 0.6505 |
▽/L3 | = | 0.003966 |
として、C
pは0.65、▽/L
3は0.004で近似し、
B/dについてはB/d=3.00とB/d=3.75の結果を一次補間して
使用することにします。
Table2. 剰余抵抗係数C
r(Taylor水槽の図表)
Cp |
▽/L3 |
B/d |
V/(gL)1/2 |
0.16  |
0.18  |
0.20  |
0.22  |
0.24  |
0.26  |
0.28  |
0.30  |
0.65  |
0.004  |
3.00  |
0.52  |
0.52  |
0.56  |
0.70  |
0.86  |
1.19  |
1.93  |
3.02  |
0.65  |
0.004  |
3.75  |
0.64  |
0.65  |
0.70  |
0.81  |
0.90  |
1.23  |
1.96  |
2.87  |
註:「造船設計便覧」より作成

この表の見方ですが、「C
p=0.65、▽/L
3=0.004、
B/d=3.00のとき、V/(gL)
1/2=0.16での剰余抵抗係数
C
rは0.52」
といった感じです。

フルード数 V/(gL)
1/2=0.16(即ち15.58kt、8.02(m/sec)です)における、
剰余抵抗による有効馬力 EHP
rについての計算例を
以下に示します。

大和のB/dは3.548ですから、
B/d=3.00でのC
rは0.52、B/d=3.75での
C
rが0.64ということで一次の補間を行い、
C
r
は0.608ということにします。

で、例によって例の式
Rr = | 1 2 | ρV2SCr |
に対して、
海水密度 | ρ | = 104.61(kgf・sec2/m4) |
速度 | V | = 8.02(m/sec) |
浸水表面積 | S | = 10769(m2) |
剰余抵抗係数 | Cr | = 0.608 |
を代入して、

剰余抵抗 R
r = 21999(kgf)
を得ます。

例によって例の式
EHPr = | RrV 75 |
に剰余抵抗 Rr = 21999(kgf)、
速度 V = 8.02(m/sec)を代入し、
EHPr = 2352(馬力)
が得られます。
3) Taylor Chartによる計算結果
上記のようにしてフルード数0.16〜0.30について計算した結果を、
以下の表に示します。
Table3. Taylor Chartによる計算結果
フルード数
|
V(kt)
|
EHPr
|
0.16
|
15.58
|
2352
|
0.18
|
17.53
|
3388
|
0.20
|
19.48
|
5006
|
0.22
|
21.43
|
7850
|
0.24
|
23.38
|
11613
|
0.26
|
25.32
|
20245
|
0.28
|
27.27
|
40481
|
0.30
|
29.22
|
74240
|
4) 結果の比較(1)
上記1)、3)の結果を取りまとめたグラフを
以下に示します。
横軸に速力(kt)、縦軸には剰余抵抗による有効馬力を取ってあり、
赤丸が水槽試験結果、青丸がTaylor Chartによる計算結果を示しています。
赤線と青線は...Excelが勝手にひいてくれた物です。
ないと見づらいですから。

Figure1. 水槽試験の結果とTaylor Chartによる計算結果の比較(1)
このグラフから読み取れるのは、
以下のような点でしょうか。
(1) 大和の船型とTaylorの標準船型を比較すると、大和の船型は
15kt〜29ktの範囲でほぼ全域にわたって
剰余抵抗が少ない。
(2) 大和の船型はTaylorの標準船型と比べ、特に高速域において剰余抵抗が少なく、
逆に低速では両者の剰余抵抗に顕著な差は見られない。
上記の(2)について、このグラフを見ただけでは、
定性的にはそういう風に見えるのは確かではあります。
しかし、水槽試験結果が13kt,15kt...の各速力で出したものであり、
Taylor Chartによる計算結果は15.58kt,17.53kt...で出したものですから、
単純に数値の比較を行うことが困難です。
高速域での剰余抵抗の差はどれほどであり、また低速域での剰余抵抗の差は
どの程度である、ということがわかりません。
つまり、これだけでは定量的な判断を下すことは
出来ません。
4) 結果の比較(2)
仕方がないので、「スプライン補間」を使って両者のそれぞれを同じ速力での値へ
補間し、その上で比較をしてみることにします。
註:スプライン補間
補間というものは、xとyの関係がy=f(x)のような関数形ではなく、
(x,y)=(x1,y1),
(x2,y2),...,
(xn,yn)
のように飛び飛びに(「離散的に」と言うらしい)与えられている場合に、
飛び飛びの各点に関数を当てはめ、xとyの関係を示す数式を
作ってしまうものです。
スプライン補間はその代表的なものの1つで、船舶製図に使用するスプライン
(いわゆる「バッテン」)と理屈が良く似ていることからこの名が
あるのではないかと思います。
このためにわざわざプログラム作りました(笑)。
作成したプログラムは「算法通論」に掲載されているソースを改造したものです。
ソースを示すと著作権に触れる筋合いが濃厚ですので
遠慮しておきます。
で、作成したプログラムを用いて上記1)、3)の結果をそれぞれスプライン補完し、
速力16kt,17kt,...29ktの各速力における各々の剰余抵抗による有効馬力
EHPrを得ました。
得られた結果を以下の表と図に示します。
Table4. 補間の結果
V(kt)
|
EHPr (Tank Test)
|
EHPr (Taylor Chart)
|
16  | 2380  | 2644  |
17  | 2959  | 3137  |
18  | 3626  | 3664  |
19  | 4413  | 4482  |
20  | 5369  | 5678  |
21  | 6530  | 7173  |
22  | 7907  | 8761  |
23  | 9408  | 10675  |
24  | 11140  | 13539  |
25  | 14099  | 18206  |
26  | 19279  | 25673  |
27  | 26783  | 36770  |
28  | 36330  | 52022  |
29  | 46980  | 70111  |

Figure2. 補間の結果
というわけで同速力での剰余抵抗による有効馬力がわかりましたので、
両者を比較してみます。
水槽試験結果とTaylor Chartによる計算結果の「比」を
「比」= |
水槽試験結果によるEHPr
Taylor ChartによるEHPr
|
と定義します。
この「比」の値が小さい速力ほど、大和の船型はTaylorの標準船型より
剰余抵抗が少ないと言うことができます。
計算により得られた結果を、以下の表と図に示します。
Table5. 水槽試験の結果とTaylor Chartによる計算結果の比較(2)
V(kt)
|
「比」
|
16  | 0.900  |
17  | 0.943  |
18  | 0.989  |
19  | 0.985  |
20  | 0.946  |
21  | 0.910  |
22  | 0.903  |
23  | 0.881  |
24  | 0.823  |
25  | 0.774  |
26  | 0.751  |
27  | 0.728  |
28  | 0.698  |
29  | 0.670  |

Figure3. 水槽試験の結果とTaylor Chartによる計算結果の比較(2)
このグラフからは、以下の点が読み取れます。
(1)大和の船型は16kt〜29ktの速力域のほぼ全てにわたり、Taylorの標準船型よりも
剰余抵抗が少ない。
(2)大和の船型とTaylorの標準船型を比較した場合、
大和は特に高速域における剰余抵抗が少ないが、
逆に低速域での剰余抵抗の減少はそれほどではない。
(3)大和の船型とTaylorの標準船型を比較した場合、大和の船型では
全速力の27kt附近では27%程度は剰余抵抗による有効馬力が減少しているが、
基準速力の16kt附近では剰余抵抗による有効馬力は
10%程しか減少していない。また18kt附近では両者にほとんど差がない。
結論。

上記により本稿の結論を申し上げます。
(1)大和の船型とTaylorの標準船型を比較した結果、
大和では全速力附近で剰余抵抗が少なく、
逆に基準速力附近ではそれほどの差がなかった。
(2)よって、大和の船型の決定にあたっては全速力での
剰余抵抗軽減に意が用いられ、それに比べると基準速力での剰余抵抗の
軽減は軽視された可能性がある。

高速域での剰余抵抗の減少を図るのは推進抵抗の理論からも
常道かと思います。

先に示したTable1.でも、16ktで剰余抵抗が全抵抗に占める割合は23%台であるのに
対し、27ktでのその割合は44%となっています

つまり、剰余抵抗の削減による全抵抗の減少の効果は高速域ほど大きいのが
常識なので、高速域での剰余抵抗の削減に注力するのは
ある意味当然ではあります。

その当然の結果が出たということで、ま、良かった良かったと言って
本稿を終了します。

ここまで長々とお付き合い下さった方、
ありがとうございました。

ご批評ご感想など頂けましたら幸いです。
主要参考文献

「日本海軍全艦艇史 資料篇」 福井静夫 編集/KKベストセラーズ

「昭和造船史」(1巻) 日本造船学会 編/原書房

「軍艦基本計画資料」 福田啓二 著/今日の話題社

「戦艦大和 その生涯の技術報告」 松本喜太郎 著/再建社

「造船設計便覧」 関西造船協会 編

「算法通論」 東京大学出版会
本文章は上記図書を参考に藤原梟介の責任において記述してあります。
どこかしらに間違いがあることを確信しておりますので、
参考になさる際には上記文献をあたられることをお勧めします。
論理的な批判・批評は喜んでお受けいたします(つーか嬉しいんですが)ので、
ご遠慮なくどうぞ。
Constructed by Kyosuke Fujiwara ,in 1999.
|