「日乃出堂通信Vol.39」
*** ロードテスト ***
「Palm III」
 Palm IIIの続きです。
 前回書き忘れた重要な機能について書いておきます。
 このPalm IIIには、バックライトが付いているのです。薄暗いところでの使用に便利です。でも、真っ暗なところではやはり使いにくいです。なぜなら、アプリケーション切り替えに固定ボタンが付いているのですが、そこにはバックライト機能が付いてないからです。暗いとボタンが見えない!あれ?もしかしてあのボタンを使わなくてもアプリケーションの切り替えができるのですか?
 なお、10月25日現在電池ゲージは約半分です。
 11月10日ですが、まだ電池あります。
 会社ではPalm IIIがメインになってしまいました。
 HP200LXは休みの日に外で通信するくらいにしか使いません。最近出張もないし。第一、最近はDOSモードになったままです。と言うわけでPPP接続をしたいのですが、どうもうまく行きません。なにをどうすれば良いのかよくわかりません。

「CrossPad」
 38号でお伝えしたCrossPadのその後です。
 正直言って使ってません。
 会社に持っていくつもりだったのですが、重くて大きいのでやめました。
 家でセットアップしてみたのですが、文字認識がうまくいきません。
 自分の文字を覚えさせる付属ソフトがあるのですが、処理の途中で止まってしまいました。英語版の95でないとだめなのかなあ?  まあ、ほとんど英語を使用しないので問題ないのかもしれません。
 実際に使用した感じは良いです。書いたまたは描いたままがコンピュータに取り込めると言うのが実によい。やっぱり会社で使うのに向いてます。
 打ち合わせなどで走り書きをするには紙メディアに勝るものはまだないし、席上描いた図なんかを議事録に簡単に取り込めるのが助かるでしょう。
 また、いろいろなレビューで紹介されていたようにポインティングの位置決めは制度高井(まみ?)です。ほぼ描いたとおりのものをデジタルデータにすることができます。
 問題点は、やはり重い、大きいと言うことでしょう。大きいのはしょうがないといえるかもしれませんが、専用のボールペンは電池が入っていることも併せて重いのが気にかかります。まあ、外国の人は力が強いので気にならないのでしょうね。

 ところで、このCrossPadはついに日本IBMが扱うようになりましたね。
「日本語版か!早まったか!」と一瞬思いましたが調べてみると中身は日本語化されてないのです。でも、もしかするとペンに入っている電池が日本でも手にはいるようになるのが助かるかもしれません。ただ、大分ではねえ。日本版と電池を扱っているお店があったら教えてください。
 でも、誰があんなものを日本国内で使うのでしょうか?机の引き出しには大きすぎて入らないし、机の上はあんなものを置く場所なんかないのに。
 とか、書いていたら、「Mobile Press」で、それをノートPCと一緒に持ち歩いている人間が出ていた。デザイン関係の人だったので、「なるほど」とは思ったが、感心しました。重いのに。

** いもほり日記 **
「魔法のプリンセス ミンキーモモ」
第57話 冷たくしないで
 懐かしいですねえ。ちょっと見直してみました。恥ずかしいですねえ。
 前にも「日乃出堂通信」に書いたことがある話です。
 お話を簡単に紹介しましょう。
「大気汚染が進み、地球上で動物たちは生きていくことができなくなった。
アイリーン(凍らせてやるー)博士と妖精ハンターのランドルは地球の環境が良くなるまで動物たちを冷凍し方舟に保存しようとしていた。その動物たちのリストの中にモモの友人魔女ブレンダがあった。モモとブレンダは動物たちの凍り漬けを防げるのか?」
てな話でして、最後は動物たちは方舟に乗ってフェナリナーサに行きました。
 方舟には動物たちと一緒にアイリーン博士とランドル氏が一緒に乗っていきました。 その時のアイリーン博士の台詞は 「この子(動物のことだと思われる)達の面倒を見る必要があるからね」
 実に無責任だあね。てめえは、環境を元に戻す努力はしないのか!って感じですね。
 ランドール氏の台詞は
「アイリーン一人を行かせる訳にはいかないだろう(これはまあ、良しとしましょう)。それに、人類も生き物だし」
 つまり、人類を残すために彼女、彼も船に乗る?と言うことですよね。
 前に、ニッツウに書いたときには気が付かなかったのですが...実は、彼ら(アイリーン博士とランドルさん)は、地球上の人類を殲滅し地球環境を元に戻す計画を立てていたのでは?
 この脚本は何回見ても無責任で良いですよね。

「満洲鉄道まぼろし旅行」
案内人・川村湊
ネスコ・文藝春秋
「昭和12年に時刻表通りに特急「あじあ」号に乗り、全都市と三大温泉を巡る架空旅行記」だそうです。
 旅行者は、著者の川村湊氏の他に小学6年生のサツキくんと小学4年生のヤヨイちゃんです。
 おもしろいと言えばおもしろいし、おもしろくないと言えばおもしろくない本です。
 ところで、私は今まで気が付かなかったのですが、大連駅は、上野駅にそっくりなのですね。どっちが先なのか、手元に資料がないのでよくわからないのですけど、外観も、その設計思想もそっくりです。大連駅は、満鉄の人間の設計になっているはずですが、もしかして、設計者は同じなのでしょうか?
 それとも、戦後上野駅を...いや、それはないはずだけど。
 なーんと、彼らは哈爾濱どころか齋齋哈爾を越えて満州里まで行っています。
 また、昭和12年にはまだ誰も知らない(わけではないけど)「ノモンハン」も訪れています。
 この本の中では「特別学習」と言うのが余分ですね。それからチxXとかチxXXロとかの民族の尊称が出てこない(1箇所だけ出てた)のも良くないですね。そういうのを避けた特別学習は意味がないと思います。読んでいると中途半端にXxンとかXャXコxを避けるならいっそ、五族協和とか王道楽土とかの満洲国の理念をめいっぱいちりばめるような語り口の方が良いと思ってしまった。  そういえば、支那と言う時もあまり見かけませんでした。
 そうそう、昭和12年を実感したのは、モンゴル族の移動式住居を包(パオ)と表記していたところですね(笑)。いまでは、モンゴル族の移動式住居を包と表記する人はいません。
 また、度々昭和12年には誰も知らない未来の歴史を引用しているのもどうかと思ったりします。まあ、読んでいる方としては平穏無事なときの都市の姿と歴史的事件とのつながりを確認することができるので助かりますが。

 そうそう、この本とは全く関係ないけど、「大モンゴル展」に行ったときに見た常設展で「1マナ」が具体的にどの程度の量なのか知ることができました。

「終末観の民俗学」
宮田登
ちくま学芸文庫|筑摩書房
「日本の基層文化に表出する終末観と世直し」に関する論考。38号で紹介した同じ著者による「霊魂の民俗学」と重なるところもあります。
 基本的には江戸を中心に書かれています。特に安政の大地震時の鯰絵とそれに伴う「世直り」(世直しではない)についての記述は大きいです。
 この「世直り」と言う概念はおもしろいです。
 世の中を「直す」のではなく、自然に「直ってしまう」受け身の概念です。
 最初に書いた「日本の基層文化」にはこの「世直し」がいつの頃から染みついたようです。そして、世の中の変革が受け身であるが故「今の体制を打ち壊した後に新しい世界が来る、または新しい世界を造る」と言う文化を持っていないようです。ただ、安政の大地震のような破壊があるとその終末感は世直しにつながるようです。いや、これも世直りなのでしょう。積極的に変えようと言う動きはなかったようです。
 こういう流れからキリスト教的な「終末がきて新しい世界が始まる」とみたいなことを言う新興宗教はいつの時代にも胡散臭い目で見られたようです。
 ただ、現代の若い世代にはキリスト教的な世界観が日本にも行き渡ったようで「春髷丼」を売り物にする新興宗教を受け入れやすくなっているかもしれません(わかりませんけどね)
「終末観の民俗学」なる書名ですが、江戸と言う都市を中心に話を進めているために、三分の一弱が江戸の民間信仰の話になっていて直接終末観と関わっていません。でも直接関わっているのですよね。どういうことかって?それは本を読んでください。
 終末といえば、今年もそろそろ世の中の終末と再生が近づきましたね。今年の夏に「人体の不思議展」を見たときに福岡市博物館でやっていた「年祝」の特別展もおもしろかったです。1年というのは基本ですからねえ。もちろん、この本の中でもそれは触れられていますからご安心を。
 ところで、最近、自分でも「世紀末」とか「ノストラダムス」を意識していることで自分が耶蘇教の影響を受けているとは思っていました。しかし、その終末の後の(「終末の後」と言う表現もよくわかりませんけどね)新世界が話題にならないと言うのが日本的なのかもしれないと思ってしまいました。

「博士の異常な愛情
  または私は如何にして心配するのを止めて水爆を・愛する・ようになったか」
スタンリー・キューブリック監督|コロンビア作品
 DVDで発売されたので購入しました。
 いい映画ですねえ。特に最後の水爆が炸裂するシーンとかは最高の出来です。え?あそこはこの映画のために撮影されたものではないの?
 なんであんな非人道的な大量殺戮兵器が好きなのかわかりませんが、好きです。
 やはり某漫画家の言葉を借りると「英智の光」だからでしょうか?
 あの最後のシーンと重なる「また会いましょう」の歌もいいですよねえ。もうどうにでもしてって感じです。キューブリックはうまい!  確か「フェイル・セイフ」って映画もありましたよね。

「SADA」
大林宣彦監督|松竹作品
 これもDVDで購入しました。
 映像の叙情派の映像です(大笑)
 定が最初に犯されたのが14だったそうですが、それを黒木瞳が演じています。大笑いです。無理ありすぎ...と書いたら悪いですかねえ。でも見ていて無理ありすぎです。
 嶋田久作が出ています。いや、別に嶋田久作が珍しいわけでは...最近映画には出てないのかもしれませんね。日本映画を見ないからわからないけど。
 ともかく、時代があれだし。軍服着てないし、口調も全く違うけど、いきなり浅草電氣館の前にたっているし。壊れた浅草十二階を後ろにしたり。ああっ!「カ・ト・ウだ!」 やっぱ、見る必要ないかも。
 伴奉天さん、LDボックスなんかやめて神谷バーに行きましょう。
”かも”で思い出しましたが、トヨタの「こするかも」のCMに奥菜恵が出てましたけどやっぱりかわいいですねえ。
 ところで、「SADA」は「博士の異常な愛情」と一緒に購入しましたが、なんと「2001年宇宙の旅」まで買ってしまいました。
 あと、LD版の「宇宙の戦士」じゃなくて「スターシップトルーパーズ」も買いました。
 それらをSONYの「MDR−DS5000」で楽しんでます。

「まぼろしの戦争漫画の世界」
秋山正美編著|夏目書房
 普段あの手のおくりがなに慣れてないのでつらい。とゆうよりあまりに難解なストーリーが多く私には理解できませんでした。でも、「タンク・タンクロー」は吹き出しの台詞の他に「お話」も書かれているのですが、これが良いですね。五七調ではないのですが、読んでいるとリズムがよいです。
 ところで、この本の中に『「ワタシ、ニッポン、好キアルヨ」などという中国人は七十年も前に日本人が勝手に考えていたイメージなのではないか』と書かれているけど、未だに中国人を馬鹿にする場合には「〜アルヨ」、「〜スルヨロシ」って言い方使いますよね。私だけだって?おっかしいなあ、「人権教育」を受けた戦後生まれで、そういう表現は知らないはずなのに...(笑)
 結局、これは戦後かなり遅くまで...と言うより最近まで日本人が持っていたイメージなのでしょうね。私にとっては、やはり「サイボーグ009」がそのイメージの元になっていると思うのですが。
 この”自分が通常使用する言語がわからない、うまく使うことはできない”人間を自分より劣った人間、ひいては人種であると考えるのは止められませんよね。
 そうですよねえ、15年戦争が始まってから70年が過ぎようとしているのですよね。
−−編集後記−−
 「東宝版日本沈没」を見ています。2000年になったらこういう風に書かなければならなくなるのですね。しかし、松竹もなに考えているんだか。やはり気になるのは、田所博士を誰が演じるのか?ですね。いっそ藤岡弘にやらせるってのはどうでしょう。

***原稿募集***
 日乃出堂通信では原稿を募集しています。
 内容は一応何でもありです。まあ、本文を参照してください。
 原稿の送付は以下のようにお願いします。
1)できるだけ、電子メールでおねがいします。型式はプレーンテキストでね。
2)改行は必要なところにだけ
 通常のメールでは70文字程度で改行を入れるのがマナーとなっていますが、「日乃出堂通信」用の原稿は通常の文書のままで送付ください。
 一応、紙メディアでの発行も考えているので編集の都合上のお願いです。
3)送付は奥付のメールアドレスまで。
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* 日乃出堂通信 Vol.39 1998年11月01日発行    *
* 発行:日乃出堂                *
* e-mail:hig@fat.coara.or.jp          *
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