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Young, Alive, in Love
A Long Story about my Love : part one

written on February 25th, 1998


 その「うた」が、我が家にやってきたのはほんの偶然だったと思う。
 1990年の春。
 私は大学に入り、姉は私の入った大学を入れ替わりで卒業して就職し、兄は大学院の2年目を迎えていた。

 鼻歌を、姉が連れて帰ってきたのは、5月頃だったか、もっと前だったか・・・。
 姉は、家に帰るとすごくすごくご機嫌に鼻歌を歌っていた。
 何か素晴らしいものを目にしたり、耳にしたりすると、姉は決まってご機嫌で、自分の気に入ったものを語りでなく再現しようとする。
 例えば、素晴らしい映画を見たときパンフレットを抱きしめて、帰ってきて、
「京ちゃん!これ、絶対見な!すごいから、本当にすごいから!」と何が凄いかの説明もなく、クルクルと大きな目をますます見開いて、目を輝かせて言うのだ。
 そして、それからしばらくはことあるごとに、その映画のテーマミュージックをハミングしながら部屋の掃除をしたり、映画の中の台詞をそのまま英語で繰り返しながら、
「あー!なんてかっこいいんだぁ!」とか叫んだりするのである。そしてクルッと振り返り、「京ちゃん、絶対いいから見るんだよ!」と念を押すのだ。
 そんな具合に、姉は、素敵なものを発見すると興奮してスキップでもしそうな具合になる。
 姉のそういう強烈プッシュを受けた映画や音楽というのがまた、私にとっては一つとして「ハズレ」がないもので、だから私は、そうやって、目をキラキラに輝かせてワクワクしている姉を見ると、つい自分でもワクワクしてしまうのだった。

 その歌がやってきたときも、姉はそんな状態だった。
「京ちゃん、すごいんだよ、すごいんだよ」
 何が凄いのやら、とにかく姉はウキウキと「ダバダバ」というフレーズを繰り返す。
 あまりの姉のご機嫌ぶりに、兄もまた、その原因を聞いたりすると、姉はますます嬉しそうに、ニコニコしながら、
「あのね、フリッパーズギターっていうグループの曲なんだけど、すごい、いいの!すごいんだよ!」
「ふーん、洋楽?」
「ちがうよ、日本の!」
 もう、今にも踊りだしそうに、姉は洗濯物を畳んだりしながら、私や兄には聞き取れない頭の中のフレーズをなぞりながら歌うのだ。
 例えばウォークマンを聞きながらのハミングというのは外からはろくなものではないというのはよくある話だ。
 それと同じように、いかに姉が音楽に敏感で、素人としては歌のうまいほうであっても、だからといって、何重にもアレンジを施された楽曲をハミング一つで再現できるはずはない。
 当然、姉のご機嫌のハミングも姉にしか聞こえていない曲に合わせたものだったから、私には、何が凄いのか、姉のハミングではさっぱり分からなかった。

 それでも、分かったことが、もちろんあった。
 とにかく、この姉がここまで惚れ込む「音楽」であるということは、凄いことなのだということ。そのことである。
 もちろん姉は音楽好きだったから、惚れた音楽というのは数多くある。
 でもそれは主に洋楽だったし、それにつけてもこんなに小躍りするぐらいに「はまっちゃってる」ってのはよっぽどのことじゃないのか?
 私は、何となく姉が好きになったというその曲が聴きたくなった。
 何やら訳の分からない「ダ・バ・ダ」のフレーズは意味が不明だったが、でも、姉のうきうきした、聞かせたくてたまらないというような表情はそのままで凄く意味があった。
「ねえ、それ、そんなにいいなら、私も聞きたいよ。タイトルとかしっかり調べてきて」
「あ、大丈夫、貰えるかもしれないから」
「はあ?」
 姉は嬉しそうに、今度貰うことになっていると言うのである。
 つまり、入社したばかりの会社で在庫整理のようなものを手伝わされて、その中で出された会社にとっては不要となった資料用CDの中から好きなものを少しだけ分けてもらえるというのだ。
「だから、ちょっと待ってて」
 ひどくご機嫌に姉は言ったのである。

 それから数日経った頃の夕方。私は、大学の授業のペースにそろそろ慣れるか慣れないかというところで、実はそろそろ疲れてもいた。
 環境が変わったあとの3ヶ月以内で私が体調を大幅に崩すというのは今に始まったことではない。
 肉体的にも精神的にいつの間にか疲れてしまうらしく、知らない内に必ず徐々に体調を崩して、中学、高校ともに、入学から1ヶ月目ぐらいで大きめの発作を起こして長期休むというパターンを踏んでいるのである。
 また来るかなぁ。そんなのやだなぁ。大学の授業、何だかハイペースだしなぁ・・・とぼやぼや考えながら部屋のベッドでゴロゴロしていたら、眠ってしまったのか、姉が帰ってきたことには気付かなかったらしい。ふと目を覚ましたら、壁一つ隔てた居間の方から音がきこえてきていた。

 なにか、音が。
 なにか、話し声が。
 ドアも閉めずに寝ているから、きっと音が大きくないのは私が寝てることを知って気遣ったせいだろう。
 何だろう?
 気になる。
 私は二段ベッドの下から這い出した。

 耳に入ってきていた音は、CDの切れ目だったのか、私が居間へ足を踏み入れた瞬間はちょうど途切れて存在しなかった。
「お帰り」
「あ、京ちゃんおはよー」
 ケラケラと笑いながら、姉が言う。
 台所では、私や姉の生活が落ち着くまでの間はいると決めているらしい母がコンロに向かっていた。
 いつもはこの時間、昼夜逆転で研究室へ行く支度をしている兄が、今日は居間にいる。

 と、前触れもなしにリピート設定されていたCDを回して、兄が趣味で買ったステレオコンポが音を刻んだ。
 サクリと耳の後ろに滑り込んできたかと思った。 
 軽い、軽い、"da-ba-da"。
 あ、と私は思った。
 そこにあるのは無機物だと知っていても、目が、そちらにいく。
 耳の後ろから滑り込んできたコーラスは、こちらがそれと気付く前に斜め前の方からすとんと私の中に収まって、あ、と思う間もなく、聞いたことのないボーカルが、飛び込んでくる。
 なに?
 これのこと?
「これ?」
「そう。京ちゃん、これ!」
 振り返ったら、姉は、素晴らしいプレゼントか、はたまた素晴らしいいたずらを思いついた子供のような顔で椅子から私を見上げていた。
「あ・・・」
 また顔を戻してもコンポはそこにいつものように座ったままで、けれど、私にはその音は初めて聴く種類の音で、無声映画しか知らないのにトーキーがいきなり出てきたとか、チャンネル式のテレビをがちゃがちゃ回してたらいきなり横に遠くからリモコンでチャンネルを変える人がいたとか、そういうようなビックリがあって、耳だけ最大限に稼働させて、呆気にとられていた。
 甘いボーカル。
 男の人?だよね?
 誰?
 歌、日本語。
 何の音?
 楽器は、何?
 どういう音?

 何も知らない私はただビックリするだけで、昔のヒット曲番組とか、青臭いメッセージソング系は嫌いだって言いながら別に好きな音楽などというものは何も持たなかったのが、いきなり正面じゃなくて横の方からサクッとノックダウンされていた。
 どうしよう。
 気持ちいい。
 たまらない。
 もっと聴きたい。

 「あっ」と思う間もなかった。
 曲に恋する瞬間というのは、ある。
 文字通り私は、瞬時に恋に落ちていた。
 姉が目を輝かせて、「聴いて!」を連呼した気持ちはそのまま私の気持ちになった。
 −−すごく、好き。−−
 ねえ、すごいよ、これ。

 "da-ba-da"
 甘いコーラス。甘い歌声。リズム。シャンとなるような、何かをぼかした光みたいな音。

 どうしよう。

 たまらない。

 すごく、好きだ。

 そうやって、私も姉も兄も、母に「いい加減にしなさい」と叱られるまで、繰り返し繰り返しそれをリピートして聞き続けたのである。


 こうして私は、姉、兄ともども The Flipper's Guitar に出会った。
 1990年の春。

 私の長い長いラブストーリーの始まりである。



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All written by Hiroki YONO 1997, Tokyo JAPAN
<h.yono@iname.com>