第十一 熱田大明神事
そもそも熱田大明神の本地に関して両説が有る。熱田の本地は大日如来である。
神宮寺は薬師如来である。
八剣は太郎・次郎の御神で、本地は毘沙門天王・不動明王である。
日別・火神は三郎・四朗の御神で、本地は地蔵菩薩・阿弥陀如来である。
大福殿の本地は虚空蔵菩薩である。
後見の源太夫殿は文殊菩薩である。
記太夫殿は本地弥勒菩薩で、源太夫殿の兄である。
熱田大明神が最初に天下った時、記太夫殿は宿を借した人、源太夫殿は雑事(旅行の際の食事の世話)を行なった人である。
また、一説によると、熱田の本地は五智如来である。
尾張国の一宮は真清田大明神、本地は地蔵菩薩である。
二宮は太賢光明神、本地は千手観音である。
三宮は熱田大明神である。 ある人によると、熱田大明神は我朝の尾張国の第三宮であり、総じては閻浮提の内の第三宮である。
ある人によると(熱田大明神には)賀茂大明神が並び立っている。 ある女房が無実の罪を着せられ、大宮の御宝殿の傍の賀茂社の御前で、泣き泣き此の濡れ衣を晴らそうと歎くと、夢幻の中に賀茂大明神が御示現されて、
我憑む人徒に 成しはてゝ 又雲分て登る計そと御歌を詠まれた。 その後、此の女房は無事に大宮司の妻と成った。 御託宣の文に「本躰観世音、常在補陀落、為度衆生故、示現大明神」と有るのも理である。