NO.43 1986年9月20日


●今号の目次●

1 紙上中継 9.8区教委交渉
2 自主夜間中学の風景 番外編
  生きるということ(中)


紙上中継 9.8区教委交渉

9月8日、午後4時から江東区教委との交渉を行いました。作る会からは「生徒」3人を含む10人が、区教委からは宮川教育次長、依田学務課長が出席。今号ではそのようすをそのまま紹介します。

作る会 6月に提出した「要請文」について、あらためて返事を聞きたい。

学務課長 義務教育未修了者問題の対策として夜間中学はその一翼をなすが、あと通信教育、資格試験がある。江東区の場合、引揚げの人に対する日本語学級会がある。その他いろいろあると思う。それら全体で義務教育未修了者対策の体系がなっている。江東区には夜間中学という看板はないが、それなりの対策はとっている。
日本の教育界自体が義務教育未修了者問題にまだ完全には答えを出しきっていないという意味では、我々も模索中ということになる。

作る会 すでに5年近くたつ中で、何らかの形の提起はなされないのかという気がする。何かあったら教えてほしい。

課 長 抽象的にいえば、「生涯教育的に配慮」ということで検討していくことになろうと思う。具体的にはまだない。
今の夜間中学は、単発のものもあるが日本語学級的ウエイトが高い。江東区では夜中の主なるニーズは帰国者に対する日本語習得だろう。これは、「日本語学級会」として独立して施策化している。何もやらなければ夜間中学が前面に出たろうが……。既存の夜間中学の利用もされている。

作る会 (1)義務教育未修了者に対して江東区がやっている具体的施策、(2)昼間にやっている日本語学級会では働いている人は通えない、(3)現実には日本語学級対象者より夜間中学プロパーの対象者のほうが多い――これについて答えてほしい。

課 長 (1)は、社会資源として利用しようと思えばおそらく利用できるものもあるだろうということ。たとえば資格試験、通信教育……。

作る会 それは全国どこでも利用できる。

課 長 江東区は日本語学級会。

作る会 しかやっていない?

課 長 はい。

作る会 義務教育未修了者には何もやっていない。

課 長 そうですね。(2)は昼間やっています。

作る会 学歴社会の日本では、卒業証書がなければやとってくれないですよ。だから働きながら勉強できる学校がほしい。でないと、生活ができない。そういう人たちは切りすてていくのか、オレたちは待てないです。あんたたちが雇ってくれるなら心配ないですけど。

課 長 (3)江東区は日本語学級のニーズが高かった。

作る会 それも高いけど、夜間中学プロパーのニーズも高い。ぜんぜん答えになっていない。

生徒A 掃除婦に行っても、字を知らないと使ってもらえないんです。昼間の学校といっても、私たちは行けない。働かなくちゃ食べられないですから。そうしても江東区に夜間中学を作ってほしい。いくら待てばいいんでしょう。

作る会 文部省は作るなとはいえんですよ、区が言ってきたら。中学校を作るのは区です。国が判断を示さない限り江東区は動かないというのはおかしい。

課 長 ストレートに言えば、法令上疑義がある。明確な規定はないという意味です。

作る会 二部授業はちゃんと認められているし、それに関する質疑もやっているでしょう。

課 長 二部というのは、別の意味で使っている。

作る会 じゃ、今(交渉の場に)来ているこのおばさんたちはどうするんですか? 江東区の住民です。学校へ行ったことないんです。字が読めないんです。

生徒B ぜひ作ってください。よそができたのにこっちができないということはないでしょう。

宮川次長 我々がふみきれない理由は、義務教育制度というのは国の制度ですから、行政はそれをやっていくわけです。夜間中学に対する明確な基準ができていればふみきれるということです。たとえば、授業時数や休業日などの細かな基準がある。それをそのとおり行政というのはやっていくわけです。
(中曽根答弁にある)「夜間中学を評価する」というのが出ているのは、私は、今ある学校について意義は評価する、いってみれば“追認的”かたちであると思うんです。これから新しく作る学校については、ちょっと行政当局としては……。
もし本当に文部省がこれを制度化するなら、この答弁を受けたあとにすぐ、全国的に基準を示すんです。それがなおかつ示されていない。

作る会 中学は国が作るんですか?

次 長 設置義務は市町村にあります。でも、義務教育は国の制度ですから、細かな法律や規則にのっとってやっているわけです。現在あるのはしょうがないといっているわけです。私どもの理解はそうなんです。

作る会 では、作るのはとりあえずおいといて、今いる義務教育未修了者に対してはどうされるんですか。法律は「9年間の普通教育を受ける権利」を認めているでしょう。

次 長 それは2つある。学齢児に対しては、それぞれの学校の中で対応していかなければいけない。

作る会 しているんですか?

次 長 しています。

作る会 じゃ、どうして江東区から他の夜間中学に行ってるんですか。

次 長 ……。学齢をこえた未就学の人はどうするかというっことになると、文部省に追認されている他の夜間中学は一応認められているんですから、そこに行ってもらいたい。もう1つは、社会教育的に対応する方法はないか。たまたま江東区には引揚者の問題がいちばん大きかったから、日本語学級会を作って一応対応している。これ以上にものについては、もう少し国の動きや法的な制度がはっきりしたら……。

作る会 基準うんぬんをいうということは、必要としている人がいることは認めているわけでしょう。

生徒A 今ある学校には、江東区からは行かれないです。時間がまにあわないです。

作る会 自分の区民を守らないで、他の区に押しつけるようなものじゃないか。

作る会 文化的に生活したいという意欲、作ってやろうという熱意が出れば、法律っていうのはいろんな解釈のしかたがあると思います。それは、あなたたちの努力、熱意だと思います。


自主夜間中学の風景 番外編
生きるということ(中)

大田康弘

4 「とってもいい人なんですよ」

ハルモニたちのほとんどが、ちょうどひとけたから10代の幼いときに、親や夫と一緒に日本へ渡ってきた。
「ちいさいとき、日本に来たでしょう。だから、朝鮮語もよくできないし、日本語もできない。半日本人なんですよ」
という李さんは、8歳のとき、日本に来た。
大阪の大きな病院に勤めるマッサージの先生のところへ奉公に出される。その先生は目が不自由で、李さんは先生の送り迎えをやっていた。
勉強させてくれるということで夜学に通うのだが、何かの事情で、1年からでなく2年生から学ばされた。いきなり2年生になったので、勉強の内容がわからなくなり、やめてしまう。
その先生が引っ越ししていなくなってからは、おもちゃ工場で働く。朝8時から夜10時までの労働は、9歳の李さんにとって耐え難いものであった。
「子どもだから眠いでしょ。年中機械に手をはさまれちゃうの。だから私は、ほら指が3本はさまれちゃってこうなっているんですよ。みんなつぶされているんですよ」と短くなった指を見せる。
ある時、ご主人が仕事場で大けがをして、体がきかなくなる。酒を飲んでは荒れるということをくりかえし、苦労したという。
でも、「とってもいい人なんですよ」としめくくる。
李さんの奥深いふところ――人がそこに生かされ、生きている空間を感じてしまう。

ぼくらの仲間が、こだわり続けてきた父親との葛藤をハルモニたちの前で話したことがある。
学歴のない父が、会社つとめに耐え切れず、商売をはじめた。借金を抱えているのに、商売が思うようにならなくて、次から次へと商売がえをしては借金を増やし、父親はよく母親に暴力をふるっていたという。
そんな父に向かって、「そんなにいやなら別れればいいでしょう。出ていけば」と言ってしまう。そのことを忘れかけていたのが、ハルモニ逹と出会う中で、こだわり続けるようになったという。
李さんは、「そういう何かある家庭の中で育ったほうが、人生の大切な勉強になるんですよ」と励ました。
ぼく自身、この言葉をきくたびに救われる思いがする。
机の上でやることだけを勉強だと思っていた意識が、日常の生活そのものが生きていくことの勉強をしている。そう思うとかえって元気になる自分に築いたりもする。(続く)
(全国解放教育研究大会分科会での発表より)