●--- プロローグ:MINX(おてんば娘)の舞う空 ---


"... MISSILE ALART!! MISSILE ALART!! ..."

無感情な警告音が鳴り響く。F-22H・"ラプターPlus"の操縦桿を握る、グローブの中で男の手が汗ばむ。
ノーズダイブ、5G引き起こしからバレルロール。ブレイク、急減速・・・しかし、"敵機"はぴったり後ろに食いついたまま離れない。

「・・・畜生、どうなってやがる?あいつは化け物か?」

いくら相手が最新鋭機でも、6対1の戦いだ。負けるわけがない・・・はずだった。
しかし、現実は非情だ。僚機は次々と"撃墜"され、残るは彼一人。
彼もエースパイロットだ。腕は互角以上のはず・・・しかし、機動性が違いすぎる。

ギリギリまで引きつけ、急減速。機首上げ、コブラ機動。オーバーシュートを狙う。"敵機"の反応が遅れた。

「よし!」

・・・しかし、彼が眼下に見たものは、自分よりもさらに大きな迎え角でコブラを決める、その機体の姿だった。


「・・・・・・うそだろ?」

MFD(マルチ・ファンクション・ディスプレイ)に映る「撃墜」の文字。
翼端に吊り下げた発煙筒が煙を吹き出す。・・・完敗だった。


『AW-1より全機へ。模擬空戦終了、直ちに帰投せよ。くりかえす、模擬空戦終了、直ちに帰投せよ・・・』
AWACS機からのアナウンス。ゲーム・オーバー。

「畜生!この俺が振り切れないだと?」

UNAFが誇る、最新鋭戦闘機。まさか、これほどのものとは・・・・・・

「ボギー4からボギー1。・・・まぁ、そうクサるなよ。ありゃぁ化け物だ、俺なんて5分持たなかったんだぜ」
「MINX(おてんば娘)だかなんだか知らねぇが、パイロットの顔でも拝んでやらねぇと気がすまねぇな」
「・・・やめとけよ、もっと落ち込むかもしれないぜ?」

翼に「死者の証」、発煙筒の跡を残した6機のF-22は、日の傾きかけた海上を空母へと向かう。


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最新鋭空母「NCV-00・UNN Triumphal」。全長500mを超える、超大型航空母艦。
着艦した愛機をクルーに任せ、飛行甲板に降り立つ。あの"敵機"が艦橋をかすめ、飛び去るのが見える。
今までのエンジン音とは明らかに違う、2基のサイクルエンジンの轟音。そのエンジンを収める機体は、ブレンデッド・ウイング・ボディ。3次元推力偏向ノズルと各部に突き出した動翼類が、その高機動性を物語っている。
MFA-17・MINX。グレー1色の機体に、二枚の垂直尾翼の青翠と黒が映える。機体番号は、201。
MINX201は大きく旋回、速度を殺す。コンバットフィックス。そのままファイナルアプローチ。アレスティング・フックダウン。
大音響とともにタッチダウン、きっちり3番目のワイヤーにフックを掛ける。空軍所属とは思えない、絶妙の着艦。
機体は空中に浮き上がったまま、フックに引き戻されて地上に降りる。・・・いや、落ちる、といってもいい。
着艦とは名ばかりで、その実態は"制御された墜落"だ・・・とは、よく言ったものだ。

薄暗くなりはじめた甲板上。MINX201のキャノピーが音もなく開き、パイロットが姿を見せる。
ヘルメットの下から現れたのは、若者の顔。年は20代半ばだろうか。・・・こいつが、あのMINXドライバーか。

妙に狭いその後席には・・・・・・青い髪と、白いリボンがうごめいている。


「ちょっと、うにゅう!手ぐらい貸してよ〜!」

・・・いきなり甲高いキャンキャラ声。ラダーを降りようとした、パイロットの手が止まる。

「うにゅうと呼ぶなと言っただろ・・・俺の名前は『羽龍(うりゅう)』、『羽龍 将臣』だ!」

パイロットに吊り上げられるようにして、コクピットから出てきたのは・・・まだ年端もいかない少女だった。
ヘルメットも耐Gスーツも着けず、左右で括ったポニーテール、ゆったりとしたエプロンドレス。おおよそ戦闘機乗りの格好ではない。
空駆けるジュラルミン合金の塊とは、ある意味"好対照"ですらある。

「・・・ん、ありがとっ☆」
「ほれ、行くぞ」
「あー!ちょ、ちょっと待ってよー!もー・・・」

あわててついていく少女。カシャカシャとリズミカルな足音を残して走り去る。

「なるほど・・・あれが噂の"MINX(おてんば娘)"というわけか・・・・・・」
「機械仕掛けの、な」

いつから隣にいたのか、相棒が彼の言葉を継いだ。


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1850時、デブリーフィング開始。
狭いブリーフィングルームには、むくつけき男達とやり手そうな女性士官、そして壇上には指導教官。いつもの光景である。
そんな中、一人異彩を放っていたのが、あの少女だった。一番前の席で、脚をブラブラさせながら教官の話を聞いている。

「・・・よし、さくら君、模擬空戦の様子を報告してくれ」

さくら、と呼ばれたその少女は、教官に促され、椅子から飛び降りると壇上へトテトテと駆け寄る。

「えーっと・・・どっから話そっか?」
「空戦開始からでいい」
「んじゃ、そっからね。・・・ええと、空戦開始が1440時。仮想敵機は67th TFS、全部で6機、距離3300、高度6000。」

語り始めた彼女は、手ぶらのまま。何も見ずに、状況の説明をはじめる。

「武装は、ダミーの空対空ミサイル、AAM-09Aが6発とAAM-100Aが4発、それと模擬バルカンが5500発。
 開始と同時にフォーメーションBで散開、と」

さくらの言葉を元に、女性士官がメインスクリーンを操作。3Dホログラムで7つの機影が表示され、動き始める。

「ボギー1はデッドアヘッド、48秒で射程圏内、ガンアタック。双方大ハズレ。」

「大は余計だろ、大は」

MINX201のパイロット、将臣がツッコミを入れる。

「53秒で交差、ボギー1はポートへブレイク、んであたしたちは・・・」
「201とでも言っときな」
「201はスターボード、緩上昇で速度殺して6時占位を狙ったけど、ボギー5が7時半から距離1150でロックオン。
 201はスプリットSから進路255、高度4800・・・これはちょっと失敗だったよね〜」

「感想はいい、続けたまえ」と、教官。

すらすらと空戦記録をそらんじる彼女。・・・あの空戦の中で、全ての機体の動きが見えていたのか?

「は〜い・・・そこへボギー4が4時から距離730でロックオン、2秒後にフォックス・トゥー。これが1443時。
 201は緩上昇、MTCで左45°に機首振って全速離脱・・・」

MTC。高機動スラスター。MINXの各部に装備され、持続時間は短いが急激な方向転換を可能としている。
MINXの高機動能力のキモともいえる装備だが、使いこなすには相当の訓練を必要とする、という話だ。

「・・・で、ちょっと無理やりだったけど回避、ボギー4はAAM一発あぼ〜ん。」
「なんだ?あぼ〜んって」
「まぁ、いいじゃない。・・・201は切り返し4G右旋回、ボギー4を追尾。シザーズ機動25秒、距離220でガンアタック、掃射1.75秒・・・こんな感じかな」

両の掌で、機体の向きを示して見せ、

「・・・で、ボギー4は左翼被弾、撃墜、と」

右の手をひらひらさせながら下ろす。

「これが1446時ね。速度640、高度3300」


・・・彼女の名はさくら。MINX201のナビゲータDOLL。
外見は少女に見えても、その正体は、高性能AIを搭載したアンドロイドなのだ。

 


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