子持神社 群馬県渋川市中郷 『上野国神名帳』所載社(群馬東郡 従五位上 児持明神)
旧・郷社
現在の祭神 木花開夜姫命
[配祀] 邇邇芸命・猿田彦大神・蛭子命・天鈿女命・大山祇神・大己貴命・手力雄命・須佐之男命
本地 如意輪観音

「神道集」巻第六

上野国児持山之事

そもそも日本の人王四十代、天武天王の御宇に、伊勢国度会郡より荒人神顕れたまひ、上野国群馬郡白井保に跡を垂れたまふ。
[中略]
加若殿は、二人の殿原に向ひたてまつりて、そもそも我等を助けて、互いの体を相見せ御在すは、誰人にて御在候やらん、打任ての凡夫とも見へさせたまはず、願は我等に神道の法を授けたまへ、心憂き世の中には有りたくも候はず、我等が別の憂かりし事を便りしとて、悪世の衆生を利益せんと歎かれければ、 安き御事なりとて、一人の殿は、我はこれ尾張国の守護神に、熱田大明神と名乗りたまへば、今一人の殿は、我はこれ信濃国の鎮守、諏方大明神とはこれなり、汝が妻女の夫の跡を慕ひ悲しむいとおしさに堪へずして、この程は付廻りて守りつるなり、しからば汝等二人に神道の法を授けんとて、大仲臣経の最要を与へたり。 各々利生早き神道の身と成りたまひぬ。
北方は群馬の白井保の内、武部山に住みたまふ。 今は因位の昔の御名を児持御前と申したてまつりしかは、我れ住む所の山なればとて、武部山と云ふ名引き替へて、明神の御名なれば、児持山とは呼にけり。 児持山と書ては、子持山(コモチヤマ)と読けり。 本地は如意輪観音にて御在なり
御乳母子の侍従局は、大鳥山の北の手向に、羊手本鎮守と顕れて、本地は文殊なり。
若君は岩下と云ふ所の鎮守と成て、突東宮と申す。 本地は請観音なり。
加若殿は見付山の手向に神と顕れ給ひ、名乗りを和理と申したてまつりしかは、和理大明神と申す。 和理と書て、和理(スサト)と読むなり。 本地十一面観音なり。 かの御名乗に付て、山をは和理嶽と呼ぶなり。
[中略]
加若殿は夫婦倶に神明の身と成せ給しかは、伊勢の国へ移りつつ、阿野権守の夫婦倶に神道の法を授けらせたまひて、津守大明神とて、伊勢太神宮の荒垣の内に在すは即ちこれなり。
その後伊賀の国へ超へて、加若殿の父母をも倶に神と成し進せたまひて、鈴鹿大明神とて、伊賀国には第三宮にて御在す。
尾張国御産宿とも、神道の法を賜ひて神と顕れて、鳴海浦に鳥居明神とて立たまへるは即ちこれなり。
児持御前の継母の女房も神と顕れて、阿野明神と呼ばるる。
上野国の目代、藤原成次も神法を賜て、尻高と云ふ処に山代大明神と申すは即ちこれなり。
山代の庄をは我妻に合せたりし祝の所なればとて、山代と云ふ名をは引替へて、吾妻とは呼れにけり。
阿野津より尾張熱田まで馬に乗り進て送りたてまりし人も、神と顕し、その馬の形を移して、岩尾山に駒形とて、今至と云ふ処に舎人も馬も一所に立ちて、白専馬大明神と申すは即ちこれなり。

「子持山縁起」

扨加若殿は二人の殿原にむかひ、手を合、抑々我等をたすけなされ、二度見ることあるまじき夫婦のわかれを引合給は、凡夫にてましまさず、願は我等に神道の法をさづけて、心うき世間にありたく候はず、かかるわかれのうき事をたよりとして、悪世の衆生を利益申べしと申されけれは、 やすき御事なりとて、壱人の殿原は我は是尾張国の守護の熱田の太明神となり給ふ、いま壱人の殿原は、信濃国の鎮守諏訪太明神とは我事なり、神道の法をさづけんとて大仲臣の祓の法をあたへ給へば、各利生はやくさとり、神通の身となり給ひけり。 現神是なり。
北方は群馬郡白井保の内、武部山に住給ふ。 明神の昔の御名を子持御前と申しければ、武部山を引かへて子持山申けり。 御本地は如意輪観音にてまします
御乳母侍従局は鳥山の北、平向に半手木の鎮守とあらはれ給ふ。 本地文殊なり。
尾張熱田にて生給ふ若君は、岩下といふ所の鎮守となりて、鳥頭愛東宮とあらわれたまふ。 御本地は正観音となり。
加若殿は見付山の麓に神とあらわれ、御名乗を和利と申したる其文字にまかせて、和理の大明神とぞ申ける。 本地十一面観世音。
[中略]
加若殿夫婦は明神の身となり、権守を神になしまいらせ、荒垣の内におはします、則あらはゝき是なり。
加若太夫夫婦ともに神となし給じて、伊勢国鈴鹿太明神とて第三の宮ましますなり。
尾張国熱田にて御産屋の夫婦を、神の法を給はり神となして、鳴海の浦に鳥井の太明神とて立給ふ。
さて子持御前の継母も神とあらはれ、阿野の明神とあらはれ給ふ。
上野の目代成次夫婦も神通の法を給り、おなじ国尻高と云所の山明神とあらわれ、本地十一面。
北方は川田朝日向笹尾の山に神とあらわれ、本地正観音なり。
山代の庄をば我妻に合たる祝言の所なれば、本の名を引かへて我妻の庄とよぶなり。
阿野津より尾張の熱田まで馬にのせまいらせたる人も、神とあらわれ、其の馬の形岩尾山にうつりて、駒形とて今里と云所に、とねりも馬も一所に立たもう。 白専馬太明神と申なり。 本地十一面也。

福田晃「神道集説話の成立」

第三編 児持山縁起の成立

第四章 児持山縁起の成立

児持山の中世は、およそ天台密教系の僧侶の管掌するものであったと決し得るが、全く天台で常に統一されていたとも断じ得ないのである。 それというのは、右の『子持山大神紀』には、右の「尊海伝」に先立って、「弘法大師登山伝」が掲げられており、その大師に導かれて、当山における本地仏如意輪観音信仰のおこる由が叙されているからである。 すなわち、それは、弘法大師が東国巡遊の折、当白衣の邑に至り、児持山の奥の院まで分け入るとき、激しい雷鳴豪雨におそわれたが、岩屋に籠り子持姫神を祈念して、これをしのぐことができたという。 されば、
其後窟に入て、結跏趺坐し、念誦真言怠らず、窟の内ニ閉籠り、七日不断の護摩の修法、弘法大師護摩壇の岩屋是なり、 式は観音大士を信し、七星如意輪供ノ秘法ヲ修行有ル、大師渡唐ノ御時ニ、海ノ底波風頓リに起て、渡船安からず、如意仏の利益を蒙り玉ふとかや、 [中略] 時に観世音菩薩岩屋ニ安置奉る
というのである。 そして、筆者は、 「当山本地仏、如意輪霊像歳相(天長元壬辰ヨリ安永戊戌迄九百五十有余年)積テ、末世の今日に至テ、仏勅むなしからず、霊験日日ニ新なり」 と結んでいる。 つまり、当山の本地仏なる如意輪像が弘法大師の安置されたるものとする古伝は、かつて当山に真言密教の一流の入り込んでいたことを示すことになる。

「社寺縁起伝説辞典」

子持神社(小林宣彦)

 『神道集』では、児持山大明神は天武天皇の御代、伊勢国度会郡から荒人神として上野国群馬郡白井保に現れたとし、その由来を伝えている。 阿野津の地頭阿野権守保明が、伊勢大神宮の示現によって児守明神に子授祈願をしたところ、美しい姫君を授かった。 姫君は児持御前と名付けられ大切に育てられる。 九歳の頃に母を亡くし継母を迎え、十六歳の頃にその継母の弟である加若次郎和理と夫婦となった。 児持御前夫婦が伊勢大神宮に参詣したとき、伊勢国司在間中将基成が児持御前に恋煩いをする。 国司の基成は阿野権守と和理に児持御前を差し出すように頼むが断られ、腹を立てて、父関白に両人の謀反を讒言する。 二人は獄に入れられてしまい、和理は下野国の無漏八島(=室の八島)に護送され責牢に入れられる。 和理が送った和歌を見た児持御前は、身重であったが、継母の甥である藤原成次が目代をつとめる上野国に向うことを決意する。 そのうちに「国司が兵を連れて阿野の館に押し寄せ和理の奥方を奪い取ろうとしている」という噂が流れたため、継母は、沢山のサモチを茅萱の中に巻き込んで焼き、大幕を引きまわして、人々を大勢集めて大きな声で念仏を唱えさせた。 国司が押し寄せてみると、人を焼く臭いと大声の念仏が聞こえる。 それが児持御前の葬式だと聞かされた国司と兵士達はあっけにとられ、「大神宮は仏事を嫌われる。そんな人に想いをかけるとは無駄なことをした」と帰って行った。 我が子の代わりにサモチ(=子の代)を焼いて助かったのである。 そして児持御前は乳母子の侍従局を供に東国に下った。 途中、尾張国の熱田神宮に到着し、鳥居の外の宿を借りて、熱田大明神を伏し拝んでお祈りをするとまもなくお産をして若君を産んだ。 さらに途中、二人の侍と連れ立って旅を続け上野国庁に到着したが、成次は山代庄の岩下という山里に移っていたので、一行はそちらを尋ねていった。 そして成次と二人の侍が連れ立って室の八島に和理を尋ねることになった。 和理は厳重に閉じこめられていたが、二人の侍が神通力を発揮して牢を破り、和理を連れ出した。 宇津宮(宇都宮)の河原崎で四十歳ほどの侍が現れ、二人の侍と相談し、それから山代庄に入った。 そこで和理と児持御前は、じつは二人の侍が熱田大明神と諏訪大明神、河原崎で現れた侍は宇都宮大明神であることを知らされ、神道の法として『大仲臣経』を伝授され、利益を施す神の身となる。 児持御前は群馬の白井保にある武部山に住み、山も児持山と名を改められた。 侍従局は大鳥山の北の峠に半手木の鎮守となり、若君は愛東宮となって岩下の鎮守となり、和理は見付山の峠に和理大明神となって現れた。 成次は山代大明神となり、山代庄は吾妻と名を変える。 阿野津から熱田まで児持御前を馬に乗せた人は岩尾山の駒形神となり、舎人と馬は白専女大明神となった。 児持御前は如意輪観音、侍従局は文殊菩薩、愛東宮は請観音、和理大明神は十一面観音がそれぞれの本地とされる。
 児持大明神を祀る児持山をとりまくように縁の深い神々が祀られており、児持山大明神・半手木鎮守・愛東宮・山代大明神・駒形神・白専女大明神は、吾妻七社として児持山をとりまく信仰圏を形成している。
名称比定社本地仏鎮座地
児持大明神子持神社如意輪観音渋川市中郷
半手木鎮守中山神社文殊菩薩吾妻郡高山村中山
愛東宮鳥頭神社聖観音吾妻郡東吾妻町矢倉
和理大明神吾妻神社十一面観音吾妻郡中之条町横尾
山代大明神山代神社(吾妻神社に合祀)十一面観音(*)吾妻郡高山村尻高
笹尾(*)篠尾神社(*)聖観音(*)沼田市屋形原町
駒形駒形神社(伊勢宮に合祀) 吾妻郡中之条町青山
白専馬大明神白鳥神社十一面観音(*)吾妻郡中之条町市城
(*) 「子持山縁起」による