2002.5.12
より好ましい刺激を求めて脳は旅する

 音楽というものを物理現象として捉えると、宇宙に満ちる、音楽とは呼ばない諸々の音と同じく振動現象であることに変わりは無い。そして音楽を聴いた時の「気持ちいい曲だなあ」とか、「胸に迫るなあ」という快感なり感動は、その振動が身体を介して脳に伝わったことで引き起こされた生理的な活動の結果と考えることができる。
そうした見方をすると音楽を聴いた時の脳の活動は、美味しいものを食べた時の反応となんら差がないのではないかと思える。
地球上の人間の交流が現代ほど盛んでなかった時代の食文化というのは、海辺に生まれた者は魚介類を食し、極地の近くに生まれた者は鯨を食し、草原に生まれた者は牛やヤギの乳を食する等々、地域的に特色のあるものだったろうことは容易に想像できる。
同じように歌や楽器も地域的に特色のあるものであったろう。
時代が進み、人間の移動、交流が進むと人々は世の中には自分達が今まで食べて来たものよりもっと美味しいものがあることを知り、そうしたものをこれからも永続的に食べたいと願ったであろう。歌や楽器も同じように世の中にはもっといい歌があり、もっといい響きの楽器があることを知る。
そういうものを追い求める行動は、脳がより好ましい刺激を得たいという飽くことない自然な欲求の為せる業なのであろう。そのような欲求は人類共通の基本的なものであるように思う。
民族料理や民族音楽というと、なにかその民族固有のものと考えがちだが、根っこのところは同じように思える。料理や音楽に国境は無いと感じるのはそういう根っこに触れた時なのであろう。
 お国自慢や博覧会というのはより好ましい刺激を探す楽しい場である。仕事で米国はロスアンジェルスに滞在していた時、週末に聴きに行ったライブコンサート会場で、その地域の人達の家庭料理自慢なる催しがあった。参加した家族には一本のビーチパラソルがあてがわれ、その下で家族総出でチリビーンと呼ばれる煮豆を作るのである。コンサートに来た観客はそれぞれのビーチパラソルを廻って味を確かめ、自分の一番気に入った味付けを人気投票するというものである。日本でやるなら○○町内味噌汁競べといったところだろうか。ビジターとしての私は、ロスアンジェルスの地元住民の家庭の味を味わうことができる偶然にとてもほのぼのとした気持ちになったものだ。
ちなみに、コンサートの方はDESERT ROSE BANDが料理するカントリーロック味でありました。

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