2005.2.19
1969年という節目 ジム・メッシーナのこと

 'We haven't had that spirit here since nineteen sixty nine'
「69年以来、スピリッツ(蒸留酒)は置いてございません」

とはイーグルスのホテル・カリフォルニアの歌詞に登場するホテルの支配人が応えた有名な一節である。
この曲がヒットしたのは1976年。「ロックスピリッツは69年で失せてしまって久しい」という隠喩は見事だった。
69年というのは社会的にもアポロ11号月面着陸や日本では学生運動の安田講堂事件等、いろいろな事件で節目であったし、ロックの世界でもウッドストックフェスティバルを頂点として、後々の音楽シーンに多大な影響を及ぼすアーティストが多数登場した年であった。
さて、自分にとって最も印象深かったのは、当時のロックミュージックのサウンドに、69年と70年を境にはっきりとした変革が見られたことである。
それはバスドラムとベースギターのリズムを重ね、ステレオのセンターに固定するミキシング手法が現れたことである。
今ではポピュラーミュージックのサウンドづくりの定石になっているが、自分が持っているCDやレコードを聴いた限りではこの手法が現れるのは70年に年が変わってからである。 69年まではドラム類とベースギターは別々にパンが振り分けられるか、重なっていたとしてもリズムがぴったり重なっていなかったりして、聴いた感じとしてピントが定まらず、ぼんやりした印象であった。
ところが、70年から登場したこの手法では、ベースのアタック感がバスドラムで増強され、重厚でピシっと締まった感じに聴こえるのである。
いったい誰が最初にこの手法を実行したのだろうか? (業界では名前がついているかもしれないが、不案内なのでここではバスドラベースミックスと呼びましょう)
自分が持っているCDやレコードのジャケットに記載されている情報を見る限りは、どうもアメリカは西海岸あたりが発信地のような気がする。
このバスドラベースミックス手法が実に決まっていて、私のお気に入りなのは、ポコの2枚目のアルバム"POCO"である。プロデューサーはポコのメンバーでもあるジム・メッシーナ、エンジニアはTerry Donovanとジャケットに記されている。 前年の69年にリリースされたデビューアルバムと同じコンビであるにもかかわらず、70年にリリースされたこのアルバムから、バスドラベースミックス手法に切り替わっているのである。下表参照

リリース年 アルバム プロデューサー エンジニア
1969
PICKIN' UP THE PIECES
Jim Messina Terry Donovan
1970
POCO
Jim Messina Terry Donovan

わたしは、このバスドラベースミックスの仕掛人はジム・メッシーナではないか?と踏んでいるのだが、どんなものであろうか。
彼はポコに参加してからはギタリストとしても達者な人だが、聞くところによると17歳ころからレコーディングエンジニアを振り出しに、ポコの前身であるバッファロー スプリングフィールドのレコーディングエンジニアを任されつつ、途中からベーシストとして参加している。そして名字からするとイタリア系であるところが気になる。ジム・メッシーナ自身は自分が暖めていたいろいろなサウンドアイデアを試してみたくてうずうずしていて、ポコのデビューアルバムでプロデュースを買って出たのじゃあないかと思うのである。デビューアルバムをメンバーが自己プロデュースしてしまうというのはかなり稀であるが、ジム・メッシーナが在籍した頃のポコのサウンドは歯切れの良さを狙っていたことがうかがえる。
アルバム"POCO"でベースを弾いているのは初代のランディ・マイズナーに代わってティモシー・シュミットになり、ドラムのジョージ・グランサムとのリズムはぴったりで、こんなレコーディング風景を想像してしまう。

ジム・メッシーナ:ねえティム、ジョージのバスドラムのリズムにぴったり重ねてベースを弾いてみてくれないかい?
ジョージがソロでドラムをドン、ドドッドンと流しているところに
ティモシー・シュミット:こんなふうにかい? ボン、ボボッボン
ジム:おっ!いいねえ、息がぴったりだね。よし、これでいってみよう、ティム、ジョージのバスドラムをよく聴いてベースラインを付け直してくれないか。次のテイクはこいつでやってみよう!
ティモシー:よしわかった!ちょっと難しけどベースのアタック感が随分よくなるね。このアイデア、よその誰かがもうやっているかな?
ジム:さあね。一番乗りと行きたいところだね。

なお、その後ジム・メッシーナはポコを抜けると、ケニー・ロギンスをプロデュースしようとして、途中からロギンス&メッシーナというデュオとして再デビューしてしまう。どうも凝り性な人らしい。

関連エッセイ:
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後日談:
2008年5月にわたしがMySpaceに登録、参加した際にジム・メッシーナ にメッセージを送って、上記の件について「バスドラベースミックスはあなたがパイオニアですか?」と訪ねてみたところ、こんな返信があった。
『たぶんね』、『2ndアルバムの方が気にいってるって? 同感だね。ずっといい機材を使えたからね』
だそうだ。
以上、2008.12.13加筆

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