日々是平穏
2001/12 後半

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12月31日 月曜日 

 10時過ぎ、目が覚める。アルコール量が思ったより過ぎていなかった為か、二日酔いの不快感もなくすっきりしているし、ゆっくり眠れたお陰で疲れも取れていて心地よい。「さて、酔っぱらってさっさと寝てしまって昨夜読めなかった同人誌を心ゆくまでゆっくり読んで、今年最後の一日を楽しく、有意義に(?)過ごそう」……と思っていると、お母んがやってきて「このクソ忙しい年末にロクに家事を手伝わなかったんだから風呂ぐらい洗え。昼前に始めろ」と宣うので、この寒い中Tシャツにトランクスだけで風呂掃除。嫌だ嫌だと言いながらも、掃除を始めてしまうと熱中してしまうもので、塩素系の薬剤を浴びて黒のTシャツがまだら柄になったりしながらも、丸々2時間風呂場に籠もってあちこちクスリを掛けては擦っていた。この熱心さが自分の部屋に発揮される事を祈るばかりである>多分無理です

 風呂掃除が終わったので、何かを言いつけられないようさっさと部屋に戻って同人誌を読み耽……ろうと思うと、中学からの友人から、毎年恒例の二年参りをしようと電話が入る。昨年は冬コミで貰ってきた風邪でダウンして不参加だったので、久しく会っていない友人もいる。快諾したのは良かったのだが、例年ベースキャンプにしている友人の家が、今年は都合が悪くて使えないということで、私の部屋に集まる事になってしまう。本読みもそこそこに、修羅場で散らかったままの部屋を片付けるハメに。しかも、例によって全然片付かず、途中で面倒になって放棄>やっぱり駄目でした 開き直って同人誌を読んで過ごしていると、続々と面子が集合してきた……一様に部屋の汚さと、置いてあるものの偏り具合に呆れていたようであった。23時過ぎまで部屋の漫画を読んだり、持ち寄ったDVDを鑑賞したりして過ごした後、地元の名刹、聖天山へ。不景気で近場で済ませてしまおうと思っているからか、はたまたその不景気を仏頼みで乗り切りたいという気持ちからか、今年は例年以上の人で賑わっていたが、それでも警察が出て整理をしていたお陰で非常にスムーズに参拝出来た……本当は、我々が自己責任で行動して、これくらいにスムーズに動けなければならないのだろうが。
 参拝が終わった後はさっさと戻って、酒を飲みつつ再びDVD鑑賞やらゲームやらをしながら、色々と積もる話をして過ごす。久々にゆっくりと話が出来てとても楽しかった。私がうとうとし始めた5時頃お開きとなり、日の出前の寒空の下、皆家へと帰っていった。静かになった部屋を最低限の範囲で片付けて、布団に滑り込んで、楽しかった一日を終えた。

追記:皆様、今年も一年、色々とお世話になりまくりで、本当に有り難うございました。来年も本年同様、何卒宜しくお願い致します……そう簡単に成長するとも思われませんので(笑)


12月30日 日曜日 

 ……さて、決戦の日の夜は明け……明ける前から起動し、シャワーを浴びてから支度。「本当に忘れ物はないだろうなぁ……」という不安にさいなまれながら、重たいカートを牽いて、5時ちょっと過ぎの東海道線に乗る。京葉線、りんかい線と乗り継いで、現地に着いた頃に漸く日が差してきた。サークル参加であるから、本当はこんなに早く着かなくても良いのだが……習い性というものは怖い。
 どっちがサークル主宰者か解らなくなる位の藤原のサポートを受け、会場を設営。「設営をお手伝いさせて貰っている」という風ですらある。店頭に張り出すポップ(PIさん御製)以外は全部藤原が普段使っているものを借りる始末である。藤原の手際の良さに、あっという間に準備は終了。入場時間が早かったこともあって、開場1時間前には、すべきことがまるでなくなる。暇を利用してお友達のあまつさえさんのところに御挨拶には行ったものの、それすら早々に終わってしまって、本格派の暇人になってしまった。ブースの中でCDを聴いたり、経絡の暗記をしたり。

 10時、開場。買い物のほとんどを龍さんにお願いして、ずっとブースに張り付いている。こういうジャンルの内容であるから、何か質問をされた時、本人が居ないと勝負にならないからである。
 流石に最初の1時間はみんな、すぐ売り切れてしまうような人気サークルさんのところを優先して回るのだが、昼前辺りからぼちぼちと人が集まり始める。特にポップの印象度は抜群で、これを見て吹き出してから、興味を持って立ち寄って下さった方も多かった。ほんのやりとり以外にも、色々と質問されたり、鍼灸について話したりも出来た。鍼灸師になろうと考えていると仰有っていた方から、「学校の実情が伝わってきて良い」とお褒め頂いたのが本当に嬉しかった。

──余談。鍼灸師の方も何人かいらっしゃったのだが、その内のお一人に「クイックマッサージでもやればいいのに。みんな疲れてるから、お金になるわよ」と言われた。カチンと来たと言ったら言い過ぎだが、正直、それは私の求める所ではなかった。それでお金を儲けたい位なら、ハナからここには来ていないのだ(苦笑) クイックには勿論効果はあるが、受ける側にとっては「慰安」の域を出ないし、我々がどれだけ頑張っても慰安以上の効果を出すことも難しい。10分のクイックで得られた快感はすぐに消え、忘れられてしまうだろうが、拙いながらも本という形で自分の持っている物を提供出来れば、僅かでも何らかのものを読む人達に与えられると信じたいし、それこそがこの場だから出来ることで、この場でしか出来ないことだと思うからである──長い余談終了。

 開場後3時間、13時ちょっと過ぎには30部以上持ち込んだ「一二漢方」が、15時前には「経絡経穴概論」が共に完売する。……確かに「ワン&オンリー」を狙って作った本ではあるし、冊数自体も大して用意出来なかったのだが、それでもこんなに早く捌けるとは思わなかった。後者に至っては、単価が\1200の上、医家以外には何が書いてあるかもほとんど解らないほどの代物であるにも関わらず、である。本気でびっくりすると共に、漢方や経絡に対する興味を持っている人は少なからず居るのだな、と次回に向けての励みにもなった(「これは秘孔が載ってますか?」って本気で訊いてこられた方も居られたが。載ってないと答えたら残念そうに帰って行かれた……)。
 お越し下さった皆様方、本当に、本当に有り難うございました。

 ……と、綺麗に纏まって終わればいいのだが、全てが終わったという開放感からか、打ち上げではっちゃけすぎる。男四人(藤原、碧海氏、龍氏、私)で神田の和民(わたみ)に行ったのだが、揃って激しくお腹を空かせていた為か、出てくるメニュー出てくるメニュー、あっという間に食べ尽くしてしまう。皿を持ってきた店員にすぐその皿を渡さんとするくらいの勢いで(曰く「ピラニア一杯の川に投げ込まれた牛。出来れば男塾風味で」)、90分足らずで\15000分を食い尽くす……恐らく、私一人で\5000前後は飲み食いしていたろうが、割り勘で済まして貰う。が、余りにも調子に乗って飲み食いして、極限まで食い物を腹に詰め込んだ為に、恐ろしく気持ちが悪くなる。10年来のつきあいの藤原ですら「飯食ってこんなに辛そうにしてるお前を見るのは初めてだ」と宣う。それでも何とか立ち上がり、藤原達と別れた後、龍さんの助けを借りて上野駅までは戻ることが出来たが、このまま電車に乗って無事に帰ることは不可能と判断し、観念してトイレで デビル リバース>大人は北斗ネタを頻用しない。そもそもこういう汚いネタを日記にしない 今までボーダーラインぎりぎりのところにいて、余力の全てをソレに耐えることに使っていたので、途端に楽になる。やはり、無闇な我慢はするべきではない、ということであろう。何とか帰宅できて、今年最後の大イベントの一日は、最後の最後までみんなに心配を掛けて幕を閉じたのであった。

追伸:この場を借りて。だらしない主宰者を叱咤激励し、製本・サークル参加を全力でバックアップしてくれた藤原、本当に有難う。お前さんトコも次こそ受かると良いなぁ>2回連続で落選


12月29日 土曜日 

 起きると既に8時半。そろそろ冬コミに出発する準備を整えなければならない。初日にも参加している藤原達は割と早くに上がってくると言っていたので、それに合わせてとないで待ち合わせが出来るよう、昼前には家を出なければならない。昨晩藤原から受けたアドバイスを元に色々準備を進めていると、またしても年賀状業務に動員される。しかもこれが引っ張りに引っ張って、籠原駅に着けたのは結局14時過ぎであった。(「そもそも貴様がきちんと準備をしていれば良かったんじゃないか」というツッコミは断固無視) 彼らはとっくに会場から上がっていて、待ち合わせ場所も都内から、大船に変更された(藤原と私の共通の友人でサークル参加の碧海智:あおみさとし氏の御尊居がある為)。怪我の功名か、いいタイミングで湘南新宿ラインがホームに滑り込んできたので、新刊をカートに乗せて乗り込む。最初の方こそ経絡の暗記に費やしていたが、流石に飽きて眠ってしまう。……が、目が覚めてもまだ神奈川にすら入っていなかった。2時間ずっと座りっぱなしで、背筋に違和感を覚えながら着。彼らは彼らで原稿作業をしているので、誰も駅まで迎えに来てくれないし。

 碧海氏の原稿が一段落付いたので、すかいらーくで晩飯。「チョットだけ風邪っぽいから栄養を付けなきゃ」という理由で、一人で3500円も喰らう……量という点ではまだ食い足りなかったのだが、これ以上喰うと明日買える本が減ってしまうという危惧から断念。明日私が使う設営の道具を持ってきてくれる藤原を駅まで送った後、交代で風呂を使い、明日に備えてさっさと寝た。


12月28日 金曜日 

 二人揃って朝早く起き出す。ネットにも繋がず早く寝付いた為に、睡眠も十分で快適な目覚めである。寝起きに、昨日録画予約しておいたココロ図書館(最終回)を見るべく、ビデオの電源を入れて、30分分巻き戻す。わくわくしながら再生ボタンを押す……と、そこに映っていたのはココロ図書館のOPではなく、颯爽と駆け抜ける車と、それについて楽しげに語るパネリスト。ココロ図書館の前の枠でやっている「三軒茶屋モータークラブ」であった。年末進行でずれた放映時間に阻まれて、最終回を見逃すという大失態を犯す。おのれ、年末進行。おのれ、三軒茶屋モータークラブ。この恨み、晴らさでおくべきか>そういうのを逆恨みと言います

 ガックリしていても仕方無いので、30日分のカタログチェックやら、結局昨日やらずじまいの施術を済ませる。龍さんの疲れは相当なもので、頸から肩胛接合部、腰、大腿にかけて、施灸刺鍼にあん摩・指圧・マッサージと、かなり強めの刺激でがりがりと進める。本当は出来るだけ小さな刺激で凝りを解せるのが良いのだが、私の経験ではまだそこまでは不可能である。施術が効いたか、眠気を催した龍さんにはしばしお休み頂いて、私も休憩。CDを聴いたり、漫画を読んだりしてのんびりとした時間を過ごした後、会社に寄られる龍さんの時間に合わせて東松山までお見送り。帰宅してからは、明日以降出来なくなるであろう、家族の年賀状の準備にこき使われまくり、更にあん摩までさせられて、あっという間に時間が過ぎる。

 深夜、明日の打ち合わせをすべく藤原に電話を掛けてみると「ガムテープは持ったか?新刊の案内表示とかはどうするんだ?ディスプレイの準備は出来てるか?」などと質問の嵐。この期に及んで色々と準備が出来ていないことに気付かされる。経験者(お前もだろうと言うツッコミは不許可の方向で)の指示を仰ぎながら、必要と思われるものを片っ端から付箋紙に書き殴り、ディスプレイのフレームに魚鱗のように貼りまくる。遠足の前の日に準備がなっていなくて、親に叱られながら準備する子供そのものである。人間、何年経ってもなかなか進歩をしないものらしい。
 準備と並行してネットを徘徊していると、今日取り逃がしたココロ図書館を、CSのAT-Xで曜日をずらして放送しているという情報が目に入った。「……と待て。AT-XならPIさんが加入してなかったかっ!?」と思いだし、すぐさま電話を掛け録画をお願いする。突然のお電話で、しかもそろそろお休みになるお時間であったにも関わらず、PIさんはご快諾下さった。感謝感激である。

追記:29日午後から冬の戦いに向けた合宿に入りますので、次の更新は恐らくは31日の夜前後になると思われます。サボってるんじゃないんですよ。


12月27日 木曜日 

 今日は、昼から東松山へ移動。龍さんが、この所仕事が休みなく続いてお疲れなので、冬コミ前にオーバーホールを兼ねて 木人形 練習台になって下さるのと、橘屋ブランドのPCのチェックをする為にお越し下さるからである。本当は10時に集合だったのだが、いつも通りお互い寝坊をかまして、集合時間が2時間半ほどずれたのは御愛嬌としておこう。お互い朝飯すら喰っていないので、詩知里屋で腹拵え。
 龍さんのご要望に添ってユニクロに寄った後、プリンタヘッド購入の為にヤマダ電器まで出張る。……が、現在使用中の機種では、ヘッドの交換自体は今まで通り簡単に出来るものの、肝腎のそのヘッドを店で売っていないので、メーカーにお願いしないと治らないのだそうな。騙された。 修理が上がるのを待っていたら松の内すら明けてしまいそうなので、やむなく今使っている奴の後継機種を購入。締まり屋の親父がいい顔をしないであろうが、取り敢えずは「私が新型機を購入して、それを家族に貸している」とすれば良いだろう。「新型プリンタ買ういい口実が出来たぜへっへー」などとは思っていない。思っていないんだってば。

 帰宅後、龍さんにみちケンさんのPCのチェックをお願いしつつ、新しいプリンタを姉貴のPCに繋ぎ、年賀状の印刷を開始。やはり問題はプリンタ由来であったようで、非常にすんなりと印刷がされていく。橘屋ブランドPCの方も、問題点は大方洗い上がった模様。みちケンさんと相談の上、パーツの交換なり、修理なりを行う方向。 そうこう作業をしている内に夕方になってしまったので、治療を始める前に晩飯を食べに行くことにする。鐘庵は定休日なので、同じく太田市内のパスタハウス、「ボストン」へ。ここは、値段の割に量の多いパスタと、石窯で焼かれるピザがとても美味しい店である。季節限定メニューのパスタとピザに大満足。

 日頃の疲れに作業疲れが相まって、お腹が一杯になると、二人とも眠くて堪らない。寝ぼけた状態で治療をする訳にも行かないので、帰宅後、取り敢えず仮眠を取ることにしたのだが、結局仮眠が本眠になってしまう。二人とも目が覚めたのは翌日の朝であった……まぁ、疲れが取れるのは良いことなのだが。

追記:原稿修羅場の最後の3日間で更新をサボったせいか、「日記をこまめに書いてアップする癖」が抜けつつあるようだ。非常に眠かったこともあって、更新をすっかり忘れてしまっていた。習慣づけと、その習慣を継続して行っていくことが如何に難しいことであるかを再認識する。


12月26日 水曜日 

 昼頃目が覚め、のそのそと起き出すと、年賀状作成の仕事が手ぐすね引いて待っていた。一日かけて両親の年賀状と弟夫婦の年賀状と姉貴の年賀状(要は家族全員)を造らされる羽目に陥る。曖昧な要求に苦労しつつ、何とか全ての年賀状の図案は完成したまでは良かったが、プリンタの調子が悪くて印刷が出来ない。先日問題が発生した姉貴のプリンタは、私のパソコンに接続しても同じような異常な発色をした。問題は、やはりPCではなくてプリンタ本体、恐らくヘッドにあると思われる。幸いにも、キャノンのプリンタのヘッドは、普通に店に行けば売っている交換用を買えば、簡単に交換が出来るので有り難い。刷れない状態で放っておく訳にも行かないが、取り敢えず今日はもう疲れたので(というか温泉旅行に行ってる人の為にそこまで苦労してやる義理はないので)、明日にでもヤマダ電機に買いに行こうと思う。今日の作業は終了。

 ……そういえば、家族の年賀状ばかり手がけさせられていて、自分の年賀状に全然手を着けていない。まぁ、今年も最低限の枚数だけ出して、後はネットにhtmlでアップしておけばいいだろう……昨年は作りかけのまま、最後までアップしなかったというのはナイショの方向で。更に、去年の作りかけを巧いこと加工してアップすればいいだろうと思っていることも。


12月25日 火曜日 

 昼過ぎ、大変心地よく目が覚める。ゆっくり寝られた為だけではなく、仕事をやり遂げた満足感も大きく寄与しているのであろう。下に降りていって冷たい水で顔を洗って更にいい気持ち……棚の上に置いた眼鏡を手で弾き飛ばしててしまい、手探りで探す羽目に陥る。ここ数日ディスプレイを凝視していて目が疲れているらしく、ただでさえ低い視力が更に落ちていて一苦労。気分は横山のやっさんである。
 アレだけ肉を喰らった翌日ではあったが、鍼灸でのケアが効を奏したか、食欲が回復したので朝飯兼昼飯……こんな日に限っておかずがフライドチキン。流石に胸焼けした。食後は、音楽を聴きながら、資料やメモが山積する修羅場の後かたづけ。さなか、ふっと思いついて原稿の文字数を調べてみると約20000字(原稿用紙50枚分)もあった。ちょっとした卒論並みの文字数である。大学の頃だってこんな真面目にものを書いたことがない……そりゃ疲れる訳だ。
 夕方、パートに行っていたお母んが帰ってきた。伯母から伝言、コピー代その他の代金は相場よりかなりの安値(具体額はひみつの方向で)でよいとのこと。貧乏学生街道まっしぐらの今の私には、最良のクリスマスプレゼントであった。ほくほくしながら部屋に戻ろうとすると、お母んからクリアファイルを手渡された。コピー機の中に原稿を置き忘れていたワナ。よりによって親戚の家の、である。エロ漫画などでなかったことが不幸中の幸いであったと言えよう。一番最初に気付いたのがお母んだったのが救い……なのだろうか。


12月24日 月曜日 振替休日

 結局、徹夜。泣きながら原稿を書き続けていると、山形のみちケンさんからクリスマスプレゼントが届く。中身はパソコン。今年の夏、拙宅で組んでお送りした橘屋ブランド(プランを立ててくれたのも組んでくれたのは99%龍さんです)が起動しなくなってしまったので、帰省で山形を空ける間を利用して、拙宅で問題を解決することになったためである……お互いの日程に余裕さえあれば、修理の口実の下、東北旅行としゃれ込めたのだが。取り敢えず部屋に運び込んでおく。年末〜正月休み中、龍さんの日程が合う日にチェックをする方向。

 15時、遂に、遂に原稿完成……原稿というものは、アレだけ切羽詰まっていても、どうにか出来上がってしまうものであるらしい。姉貴のプリンタを部屋に運び込んで、コピー用の原稿を印刷。校正して再び印刷してから、伯母夫婦の営む工務店(ウチのお母んのパート先でもある)にお邪魔して、コピーをさせて貰う。疲労がピークを越えて久しい私は、まともに脳味噌が働かなくなっていて、コピー機の「スタート」ボタンを押す以外のことが困難な状態だった。藤原が八面六臂の活躍を見せ、無事に刷り上がる(勿論、この為に昼過ぎまでぐっすり寝ていて貰ったのだが)。眠い目をごしごしと擦りながら車を駆って家に持ち帰り、部屋に持ち込んだこたつに対面で座って、二人でごりごり折り、ホッチキスで留めて製本する。全てが終わったのは19時過ぎであった。

 明日も仕事の藤原を送りがてら、熊谷市内の韓国焼肉チェーン「セナラ」で打ち上げ焼肉。今日の会計は、「ボーナスが出たばかりだから」ということで全て藤原持ちである。「親友に飯をおごって貰うなんて申し訳ない、気が引ける」などとは微塵も思わず、遠慮せず食べることにした。それが相手の好意に答える最良の方法だと信じるからである。「国民の皆様の血税を、畜産農家救済に投下する」という大変崇高な目的の為、二人して和牛を中心にガンガンオーダー。「レバーが美味しく感じるのは歳取ったからだよなぁ」などとぼやきつつ、箸を走らせ続けた。
 追加の皿が来るまで一息吐く。ふと、窓の外を見ると、対面のレッドロブスターのクリスマス電飾が大層華やかであった……そう、原稿に追われてすっかり忘れていたが、今日は社会的にはクリスマスイブ。泣きながらコミケ合わせの新刊をPCに向かって書き続けるクリスマスイブ。野郎二人で焼き肉を腹一杯に食いまくるクリスマスイブ。……色々な想いが頭の中を駆けめぐるが、あまり深く考えると不幸になるのでそこで思考停止し、焼き肉を貪り食うことに集中した。
 焼肉の締め、雑炊とデザートに行く前に「これも畜産農家を救う為であることよ」と言い訳して、
1皿6切れで\2200の特上和牛カルビを注文する。この店には子供の頃から何度も来ているが、こんな高級品を頼んだのは初めてである。人の金だと思ってやりたい放題>さっきの神妙さは何処に行きましたか

橘屋:……これ一枚で300円よりするんだぜぇ……」
藤原:……これ一枚で吉野屋の牛丼が食えるのか……」

 何か別次元の食べ物を食しているようであった。美味すぎ。
 車だったのでアルコールは一切頼まなかったのに、結局二人で\14000以上喰ってしまった。本当にやりたい放題もいいところである。食後、明日も仕事の藤原を送る為、眠気と焼肉の煙でショボショボする眼を何とか見開いて車を駆る。脳味噌が極度に疲労している上に、これでもかと焼肉を詰め込まれた胃袋が、その対価として強烈な勢いで血液を持って行ってしまう。藤原がいる内はお喋りをしていられるのでまだ良かったが、奴を籠原駅まで降ろしてしまってからは、眠気との文字通り命を賭けたガチンコ勝負であった。辛うじて勝利、21時半頃帰宅。

 うとうとして溺れかけた風呂から上がって部屋に戻ると、こたつの上に新刊が積み上げられている。しみじみと眺めてしまう。さっきまで感じていた、内容に対する不満とかそういうものは皆吹き飛んで、安堵感と満足感、幸福感が私の中を満たしていくのだった。幸せな気分で布団に潜り、更に幸福感を味わっているうちに、意識は深い井戸の中に落ちていき、本当に長かった一日と、サークル代表者としての義務を果たす為の意地の戦いは終わったのであった。


12月23日 日曜日 天皇誕生日  原稿。

 朝まで原稿。いい加減疲れて集中力が続かなくなってきている。気が付けば8時を回っているので、テレビを付けてアギト→どれみで息抜きを図る。おジャ魔女どれみで 久しぶりにゆき先生が一杯出てきて大満足 深く感動。2週連続、日曜の朝から、思わずしんみりしてしまった。「おっとりしているが為にクラスに居づらくなり、保健室学習を続けている女の子が、みんなとの友情に助けられながら、勇気を振り絞って、お互いの誤解やすれ違い、問題を一つずつ解決し、遂に教室に戻る」と、今週もかなり社会派なスジ(先週はリストラ父ちゃんと娘の絆を、離婚した奥さんも絡めつつ描いていた)。カット割りの工夫や、一寸した動作描写を通しての細かい心情描写も良く出来ていたし、「いじめっ子悪い、いじめられっ子は無条件で助けなきゃ」のような一方的な展開でもない(その子自身も自分の中にある問題を解決していく)し、主人公達が、人間としての感情の発露として、自分たちの意志でその子を助けていく展開が、ありがちな教訓臭さをうまくうち消していたと思う。これはもう既に、単純な「子供向けアニメ」ではなく、社会教育・人権教育の一つの形であった。それでいて「コマーシャリズムに乗ったアニメ」としての役割も、「おおきいおともだち」が観て喜べるという条件もしっかり満たしている。観る側、作らせる側、双方を満足させられる……しかも良心的な内容で。こういうのを「プロの仕事」というのだろうなぁ、と舌を巻かされた。これだけの良い子供向け番組を作れる人がいる内は、色々な意味で安心である。

 感動の余韻に浸って原稿を進める。少しキリのいいところまで進んだので、マシンをノートンでデフラグに掛けつつ、泊まりに来る藤原の寝るスペースを作るために部屋の掃除を始め……るや否や、こういう日に限って、姉貴のプリンタの調子が悪く、動員させられる。後回しにしたくて仕方無かったのだが、聞けば、年賀状の元旦着の締め切りである25日辺り、友達と一緒に北海道で温泉巡りをしているそうなので、今の内に印刷しちゃいたいと。結局丸々3時間も拘束されてしまった……このクソ忙しいのに。片付け途中で放っておく訳にもいかず、泣きながら部屋を片付けて、原稿に戻れたのは夕方近くなってからであった。お陰で、原稿の追い込みに大いに支障が発生する……この事態も、結局は今までの進行の遅れが招いた報いであるのだが。藤原に使って貰う布団はお母んに運んでおいてもらい、ずっとPCに向かっていた。
 23時過ぎ、連絡を受け、藤原を出迎えに籠原駅まで。友達に会いに大宮に出掛けていた姉貴も一緒に回収して帰宅。

藤原:進み具合はどうなんよ?」
橘屋:もうすぐ上がる。もうすぐ」
藤原:お前の『もうすぐ』はいい加減聞き飽きたわい」

 藤子不二夫も良く描いていた「せんせー、まだですかぁ?印刷所待たせてあるんスよ?」を一年ぶりに経験。初サークル参加の去年と全く変わらないのは、人間の愚かさ故か。読みたがっていた漫画も読んでしまってやることが無くなったらしく、藤原も3時過ぎには寝てしまった。気分転換にカットに使おうと思っている画像をいじったりしながら、こりこりと原稿を進める。

今日の原稿:本当に明日の午後までに仕上がるのか。


12月22日 土曜日 原稿。

 朝まで原稿、昼過ぎまで休んでからまた原稿。起伏が無くなってきていて、それが原稿の効率を落としているようにすら感じる。夜、お友達のPI(ぴーわん)さんが、30日に委託販売する本を持ってきて下さったのを幸いと、太田市街に出て、パソコンのパーツを見たり、鐘庵で飯を食ったり、本屋を回ったり。大変良い気分転換をすることが出来た。気分転換も栄養補給もばっちり済んだので、再び原稿に向かった。

今日の原稿:適度に停滞。印刷予定の24日までに上がる可能性も程々に。
 朝までPCに向かうも、例によって原稿は進まない。いい加減辛くなってきたので布団に潜って昼まで休む。休養が取れたのはいいのだが、余程変な寝相で寝ていたせいか、利き手はびりびりと痺れているし、頸も寝違え気味でとても辛い。辛いのだが、それで締め切りが待ってくれる訳でもないので、残り物で朝飯兼昼飯を掻き込み、自分で自分に鍼灸治療を施して、何はともあれPCに向かう。
 宵の口には藤原から電話。「本当に大丈夫なんだろうな、俺が行く23日夜までにせめて校正位は出来るようにしておけ」と非常に心配そうに語っていたので、泣きながら原稿に向かう。書いたり、消したり、止まったり、ゆっくりながらも多少は進めることが出来た模様。時たま息抜きに読んでいるJOJOが、いつの間にか第4部まで進んでいるのは気のせいということで>4部まで読み進めてるのか

今日の原稿:それなりに進捗。印刷予定の24日までに上がる可能性もそれなりに。


12月20日 木曜日 終業式

 遂に待ちに待った終業式……これの後に原稿の追い込みが待っているので単純に喜んでいる訳にも行かないのだが。つつがなく終了し、皆に挨拶をしてから、いつもより1時間速い電車で籠原まで戻る。
 いい感じで腹が空いていたので、「トンカツでも食って帰ろうか」と駅前行きつけのトンカツ屋「とんふみ」に顔を出すと、玄関の外まで人が溢れる程の大混雑だった。カツは諦めてそのまま車で熊谷市街へ。どうせ先生の所に今学期無事終了の挨拶をしに行こうと思っていたので、鍼灸院に近い、私や藤原達熊谷高校卒業生の魂のふるさと詩知里屋(しちりや:ネットで検索したら90%は我等の後輩が作ったページだったのは流石というか)で大盛りカルボナーラを喰らって満足。
 お腹が一杯になったので先生の所へ。御挨拶もそこそこに、先生の質問に色々と答えたり、必要なソフトをアップデートしたりしている内に夕方となる。今日も眠気でふわふわしながら帰宅、良く無事に(以下略)。起きているのもかったるくなったので、さっさと着替えて横になる。

今日の原稿:順調に進まず。

おまけ:詩知里屋で検索かけたら出てきました。笑える人だけ笑うように。


12月19日 水曜日 授業 1:生理学 2:あん摩マッサージ指圧理論 3:マッサージ実技

 今学期最後の授業日……だが、こういう日に限ってWHITESTONE生理学が。早出していつも以上に丁寧に黒板掃除をした甲斐があり、気持ちよく授業に臨んで頂けた模様。今日は珍しく、特別な身構えもなしにまともに授業を受けることが出来た。ナカヤマ先生の魔力にすら抗い得たというのは奇跡に等しい。やはり「原稿が進まないのに無理して起きていることはない」と早めに寝たのが良かったのだろう>少しは焦れ
 放課後だと電車の時間がやや心許ないので、昼休みに学校を出てカンティプールへ。今年最後になるマトンカレーを美味しく食す。お店のおじちゃんやお姉さんに「また来年も宜しく」と挨拶。

 全授業を無事に終わり、ロッカーの中の荷物を纏める。冬に委託頒布する小冊子を預かったこともあり、一杯ありすぎて今日一日では持ち帰れそうにないので、半分はロッカーに戻して明日持って帰ることにする。最後まで起き通しで授業を受けた反動か、ひたすら眠い。電車の中での睡眠では足りず、ふわふわしながら運転。良く無事に戻れたものだ。

今日の原稿:順調に進まず。


12月18日 火曜日 授業 1:鍼実技 2:解剖学

 原稿書きモード、速攻で停滞。しかも、あろう事か「切羽詰まった時に漫画を読みたくなる病」が発症。図版資料を探してJOJOと北斗の拳を読み始めたのがいけなかったようだ。ただ、この病気が出た時は大抵いい結果が出ているので(今の学校に受かった時も、教採に通った時も発症)、これは吉兆だということで前向きに>現実逃避です。そんなことを言ってる暇があったら書きなさい


12月17日 月曜日 授業 1:法学 2:臨床医学総論 3:あん摩実技

 原稿モードのスイッチが入ったせいか、さもなくば紅茶を飲み過ぎたせいか、神経が昂ぶり過ぎて、暫くナリを潜めていた過敏性(神経性)大腸炎が発動。余りに活発に大腸が動いて回る為にガスが異常発生してお腹が張ることこの上なく、今日は一日さながら歩くガスタンクであった。漢方的にはこころの働きはからだの働きと表裏一体であるのを自分の身体で実感する。
 あん摩実技でそこそこ良い感触を掴み、満足して帰宅しようとして、駅までの道に「イエローサブマリン」(模型店)を発見してしまう。またしても散財の要素が……。籠原までぐっすり寝て戻り、ふわふわする意識のまま車で帰宅。晩飯もぶっちぎってぐっすりと休み、原稿に向かうのだった。


12月16日 日曜日

 原稿粗案と格闘している内に朝になってしまった。リフレッシュにパワーパフガールズ→ガオレンジャー→アギト→おジャ魔女どれみ(ATOK14は一発変換しました。色々な意味で凄い)をはしご。おジャ魔女どれみが思いの外にええ話で感動、満足して布団に潜り込む。夕方起き出して、資料漁りをしていると弟がやってきた。甥っ子2号の為に、部屋に新しいファンヒーターを導入したいとのこと。一緒にヤマダ電器まで出張ってよさげな機体を見繕った後、飯を食いながら無駄なお喋りに興じる。

 ここに来て漸く、やっと、何とか原稿書きの「スイッチ」が入ったようだ>今頃か 風呂から上がってパソコンに向かうと、今までの停滞具合が嘘の様に手が動く。切羽詰まらないと文章が書けないのは相変わらずであるらしい。……ただ、手は動いて文字数だけは増えていくものの、どうにもとりとめが付かない。取捨選択が全く出来ておらず、推敲以前の状態である。これで本当に仕上がる物か、見物ですらある。


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