8月第2週分(8/9〜8/15)
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8月15日
さて、決戦の朝です。久々にコミケ当日にゆっくり寝ることが出来ました。
4時前には起床、交代でシャワーを浴びたり着替えをしたりで、5時には藤原宅を出立しました。
流石はヨコハマ、大都会。和田町の駅から、早くも同業者と思われる人々が数多くいます。
横浜駅にて、F幡師ことさっとまんさん、さっとまん氏の友人でBNLや覚醒夜でもご一緒したあじさん
(〈註〉普及委員会のあじさんとは別の方です)と、大阪から出ていらしているN田さんと落ち合い、
いよいよ有明を目指して進んでいきます。時間が時間だけに、現地に近づけば近づくほど
道中のヲタク占有率は目に目に増えていきます。TWRなどはほぼ100%だったのではないかと(笑)
余りの人の多さに、危うくあじさん達とはぐれそうになったり。

6時半過ぎに現着しました。今回はいつもの西口ではなく東口から入場するべく、
国際展示場駅から東口駐車場までてくてくてくてく歩いていきます。
いつもはとろとろ歩く藤原がキリキリ歩いていくのが非常に印象的でした。
夏の朝の日差しが容赦なく照り付ける広大な駐車場には、既に人で埋め尽くされていました。
もっと早く来なくちゃいけないのか…………(嘆息)
昨日の雨で所々濡れたり泥まみれになったりしている駐車場に、レジャーシートを敷いて腰掛けて、
4時間近く先の入場を待ちます(開場は10時だけど入れるまでに時間が掛かる)。
こう暇だと無駄話に花が咲きます。類が友を呼んでいるだけあって話は盛り上がります。
無駄話のついでにサークルのチェックをしていると、いつの間にか分担購入のシンジケートが出来ていたり。
こういう意味でも、やっぱり出来るだけ大人数で来た方が楽しいですし、色々役に立ちます。
チェックも終わり、無駄話の種が尽きてしまうと、皆一様にじっとしています。暑いからです。
段々と高くなる陽、しかもそれを遮るモノなど全く存在しない中で、
数万という人々が入場を待つ姿は一般人にはなかなか理解しがたいモノなのだろうなぁ、と
暑さにのぼせつつあった頭で考えたりしたのでした。

さて、10時の開場時間になりましたけれど、当分列の方は動く気配がありません。
余りに人数が一杯いるので、先頭の列からバシバシ捌いても、
我々の列が動けるまでにはまだ時間が掛かるからです。遥か遠くで、列が動くのは辛うじて見えています。
結局、我々のいた列が動き出したのが10時30分頃。
会場には入れたのは更に遅く、そろそろ11時になろうかという頃合い。
互いの武運(?)を祈りつつ、それぞれの分担したサークルへと散っていったのでした。

好天に恵まれたせいか、会場内は例年通りの暑さ。
10万人以上の人が一つの建物の中にいれば暑くなって当然なのですが……。
人の間を縫うように会場内を歩いていきました。
私の分担は一サークルだけで「大分楽させて貰えるなぁ」と思っていたら、
そこはいわゆる「壁」だったもんですから、行列の最後尾(と言うより列のほとんど)が屋外で、
列の隣り合った人と談笑したりしながら、丸々40分ほど屋外で照り焼きになっていました。
頼まれていたモノの一つが目前で完売するというハメに遭ったりしながらも、その他のブツに関しては無事購入。
再び会場の中に戻り、予め用意しておいたエネルゲンのボトルと粉末を駆使して水分補給をしつつ、
チェックしたマップを片手にさまよい歩いたのでした。中小のイベントにも出向くようになって、
ジャンルによっては本当に欲しいもの以外は見ないで済むようにはなっていたものの、
イベントの雰囲気というか、「ここでしか買えないんだろうなぁ」という思いに駆られたというか、
結局いつものように、持ち金の限界に挑戦するが如く本やら何やらを買っていました。
初日にあじっぱさん(今度は委員会の方)に頼んで買って置いてもらったモノを引き取るため
会場内で落ち合ってブツの引き渡し。と、あじさんが、前から欲しかった本を買っておいてくれて、
分けていただくことが出来ました。本当に嬉しかったです。あじさん有り難う。

そんなこんなで4時の閉会時刻。朝のメンバーと合流すると、いずれも疲れ切った顔でした。
今回はゆっくりサークルチェックできなかったので、正直そんなに収穫はないだろうと思っていましたが
ここまで積んだ経験の賜物か、それなりにいいものを見つけることが出来まして、
実りのある夏コミとなったと思います。大規模なイベントにしかない良さを感じると共に、
そこから中小のイベントの良さも実感できたのが最大の収穫だったかも知れません。
お互いで依頼し合っていたブツを交換・精算し、家路に着くべく国際展示場駅へと歩いていきます。
一同(特に3日間全参の藤原とさっとまん氏)大分疲れているようで、
朝のあのキビキビとした動きがウソのようにだれだれのそのそと歩いていきます。
展示場駅前が無慈悲な混み方をしているので、切符を買ってあるのを良いことに一同芝生にへたれ込みました。
へたれたついでで「この人波が収まるまで休みましょうよぉ」てな事になり、
夕方の涼しい潮風の吹く中、1時間近く無駄話に花を咲かせたり、何時間かぶりにニコチンを補給したり。
有楽町で解散する前に全員で吉牛で晩飯。今日一日ほとんど水分しか摂っていなかったこともあって、
みな普段より食べていたようです。私も特盛りだけでは足りずに並を追加したり、
他のメンツが喰いきらなかった分を片づけたり。吉牛で1200円也。費用対効果の悪い胃袋だ……
膨れた腹と、それ以上に膨れたカバンを抱えつつ、冬での再会を期して別れました。

ウチに帰ると、お父んが退院していました。取り敢えず今週いっぱいは仕事を休ませて貰うとのこと。
相変わらず元気そうでしたけど、取り敢えずウチに帰ってこられてよかったなぁ、と思います。

8月14日 朝からざぶざぶざぶざぶ〈中略〉ざぶざぶ雨が降っています。 それでも明日、夏コミ最終日に参戦するために、今日中にヨコハマ藤原宅に移動しなければなりません。 8時前にRando-kさんをバス停まで送り届けた後は、お盆の親戚周り。 あちこちで人が流されただの崖が崩れただのというニュースを聞きながら、 雨の中、お母んと二人で線香を立てに廻りました。 最後に寄った叔父の家(母方の実家)で、叔母と、教頭試験を受けんとする叔父と、 今年の採用試験の問題から始まって、色々な話題で語り合いました。 やっぱりベテランの現役に話を聞くことが出来るというのは良いことです。 夕方にはこちらを出なければならないので、昼前には家に戻りました。 で、すぐ支度を始めるかと思えば、相変わらずだらだらとしています。 それでも普段よりは早く準備を始めたのですが、 ご当地で配る名刺を刷りたいのにプリンタが死んでいて動きません。 そうこうしているウチに、出発するべき時間はどんどん迫ってきます。 仕方が無いので他の支度を並行させて、様子を見ぃ見ぃ色々試してみたのですが結局ダメ。 予定の出発時刻から30分ほども遅れて、漸く出発したのでした。 出発が30分遅れたために、きっちり待ち合わせ時刻にも30分遅れて渋谷到着。 ハチ公前でT中と落ち合った後、東急東横線でヨコハマまで向かいました。 和田町に着くと、眠そうな顔をしながら、今日もコミケに行ってきた藤原が出迎えに来ていました。 「サマータイム」ならぬ「コミケタイム」に体が慣れちゃっているんだそうで。 帰りしなのコンビニで夜食やら明日の朝食や昼食やらの買い込み。 戻ってからはカタログのチェックなどは最低限に留めて、 すぱっと出掛けられるようにきちんと支度を整えた上で、早めに寝ました。 どうしてこれが採用試験のときにできないかなぁ……(笑)
8月13日 今日から3日間都内某所は気温以上に暑く、イヤ熱くなっているはずです。 昨晩のチャットで打ち合わせた購入目録を藤原に送りつけて一休みした後、叩き起こされました。 私は入院中のお父んの名代として、お盆的行事を片づけなければならないからです。 まずは蔵を開けて、盆棚と呼ばれるお盆専用の祭壇を組み上げます。 ここに、普段仏壇に上がっている位牌やら何やらを置いて、お盆中お祀りするわけです。 朝から暑い中、空気の沈滞した蔵の中から一人で盆棚の部品を運び出し、組み上げていきます。 途中、弟とお母んの応援が入って大分楽になりましたが、 昨日の雨でむしむししているところで力仕事(なかなか上手く組めない)なものですから どうにもこうにも汗がだらだら垂れてきて困ります。 四苦八苦の末どうにか組み上がり、位牌その他仏具を移動。 準備万端整えて、午後、暑さが幾分落ち着いてからお墓のあるお寺までお迎えに行って来ました。 本堂の方でお茶を頂いたり、お墓を軽く掃除したりしているとまたしても雲行きが悪くなってきました。 急いでウチに戻ると、またしてもタッチの差で雨と雷が。昨日に比べて雷は幾分弱かったのですが 雨の方は留まることを知らず、バケツをひっくり返したような勢いで降ってきます。 そんな中、今日は富山から夏コミに全参するべく出て来ていらっしゃっている 委員会のお友達のRando-kさん(「らんどけい」さんと読みます)をお泊めすることになっていますので、 雨の中、カローラで熊谷駅まで迎えに出ました。MDとカセットデッキを接続するアダプタは弟に貸してるし、 ラジオは雷の影響で雑音は入りまくりだしで、道中、車体を叩く雨の音をBGMに駅まで迎えに行きました。 薄暗くて今ひとつ不安だったので、一人なのをいいことに、歌をがなりながら車を走らせました。 熊谷駅の辺りは大変な豪雨でした。100円駐車場に車を停めてコンコースまでダッシュ。 予定の時間通りにRando-kさんはいらっしゃいました。やや痩せ身の好青年。私の肉を貰って欲しいモノです(笑) 夜ウチでつまむお菓子やらドリンクやらを買った後、「晩飯何食べましょうか」という話になりました。 北海道やら博多やらの様に、ご当地ならではの珍しい食い物があるわけでもありませんので、 「この辺にしかないモノで、Rando-kさんにも喜んでいただける店やモノは何か無いか……」 と悩みながら財布を開いてみたところ、突如名案が浮かびました。 埼玉近辺にしかなく、美味しく、安く、しかもRando-kさんにも喜んでいただけるところ。 そう、約束の地馬車道です。財布の中に1000円割引出来るスタンプカードがあったのです。 Rando-kさんも大喜びで賛成して下さいましたので、 豪雨と雷の中を衝いて、橘屋カローラは馬車道へと向かったのでした。 お盆中ではありましたが、この雨と雷の所為か、案外お客は少なく、待たずに入ることが出来、 オーダーもスムーズに出て来ました。Rando-kさんには非常にお喜び頂けたようです。 これでまた1人馬車道教徒が増えた、と……(笑) 初コミケ、しかも前日が徹夜オフだった(汗)Rando-kさんはお疲れの様子でしたので、 チャットを始めるまでの間、わたしの部屋で仮眠を取っていただくことにして、 その間に風呂に入ったり、溜まった日記を姉貴パソで書いたり。 いざチャットを始めんとテレホタイムに部屋に戻ると、 Rando-kさんは仮眠どころではなく完全に熟睡してらっしゃいました。 起こすのも可哀想なので、丞相閣下から「ランドさん起こしてあげて下さい(笑)」と言われるまでは そのまま寝ていて頂きました。その後、二人で交代でチャットに参加したり、明日の計画を立てたり。 「10時に秋葉原に着いていられればよい」との仰せだったので、 8時前のバスに乗って出ていただくことにして、少し早めに寝ました。
8月12日 さて、教採2次試験第2日目の朝がやって来ました。 結局、5時まで起きっぱなしでピアノを休み休み弾いていました。 至極当然の事ながら、特に良化した様子もありません。 「まぁ、歌と水泳でフォローすりゃいいか」と開き直って試験会場に向かうことにしました。 ……最初ッから開き直っておくか、さもなくばもっと早くに練習を始めりゃよかろうに、というツッコミは不可です。 今日も浦和駅で同業者(笑)と相乗りして、7時半過ぎに会場入り。 開場して真っ先に今日の日程を確認。午前がピアノ&歌、午後イチで水泳。 で、自分等のグループ(昨日の集団面接の面子)にピアノと歌の順番がいつ回ってくるかを調べてみると…… 一番じゃんか。朝の諸注意が終わったら10分もなく移動という罠。 我々には最後の悪足掻きをすることすら許されていないようです。 市場に売られていく子牛の如く、試験を受ける教室に移動。試験官は優しそうな音楽の先生でした。 一人一人教室に入って、ギャラリー無しで試験を受けられたのは不幸中の幸いだったかも知れません。 ピアノは案の定最悪の出来。「リピートはしても構いません」との仰せだったのですが とてもじゃないですけれど、リピートをしている余裕など有りませんで、 一回り目を弾き終わった時点で、自分でやめました。まぁ、去年はリピートしようとしたら 「あ、もう弾かなくても良いですから」って言われたことを考えればナンボかマシかも知れません。 ともあれ、これを引きずっていては声まで縮み上がってしまうので、 すぱっと切り替えて大きな声で課題曲を歌ってきました。こっちはそれなりによい手応えです。 歌を歌って上がってきますと、後は水泳まで何もすることがないのですが、 水泳のための集合が13時近いのです。都合3時間以上手持ちぶさたです。 面接やら論文やらがあるならば何かしようが在ろうというところですが 正真正銘水泳だけですので、暇なことこの上ありません。しかも風もほとんどなく蒸し暑いです。 仕方ないので音楽を聴いたり、廊下のはじっこの方に行って体を動かしたり、 水泳するのにお腹が痛くなったなんて言ったらシャレにならないので早めに飯を食ったり。 さんざ待って漸く13時。既に着替えは済んでいます。アップも廊下で出来る程度のことはやっておきました。 説明と全体での準備運動のために集められた体育館は、折からの強烈な日差しのお陰で 大変暖かくなっていました、って言うかサウナです。水泳も1番目の組だったのは幸いでした。 あちらさんの打ち合わせが不徹底で、コロコロ変わる指示に戸惑いながらも水慣れまで済ませ、 遂に教採2次最後の砦の50m泳(平泳ぎ→クロール)、「60秒以内で戻ってきて下さい」という条件付きです。 これはやりすぎると御味噌がまともに動かなくなっちゃうからちょっと注意なんですけれど、 ブレストによるロスを避け、スタートダッシュのキレを増すために、 若干過呼吸気味になるように深呼吸を繰り返して(ハイパーベンチレーションというそうな)スタートに臨みます。 小学校6年間ずっと水泳をやっていましたので、普通に泳いでも60秒は余裕で切れる筈なんですが 「チョットでもええとこ見せとかなくちゃなぁ」と全力で泳いできました。 10秒以上の余裕を持ってゴールです。他の人が泳ぎ着く様子を、壁にもたれかかりながら見ていました。 去年も感じたんですけど、案外60秒で泳げるって人は少ないんですね。 「これくらいのピアノが弾けない奴も一杯いるんだなぁ」という目で見られているんでしょうけどね、私も。 危うく攣りそうになっている足をかばいながら、全身の水を拭き取って教室に戻りました。 階段登るのがとても怖かったです。いやもう、尋常じゃなく疲れました。 水泳が終わったら解散です。19日に健康診断と最終面接があるので、 そこで再び合うことを確認して、仲間達と別れました。 さて、居眠りをしないようにして熊谷駅まで戻ってきました。まだ3時前です。 「どっか遊びに行こうかなぁ」とか「疲れたからさっさと帰って昼寝するかぁ」などとも思いましたが 試験のドタバタでお父んの見舞に言ってないことを思い出したので、駅からタクシーで病院に向かいました。 お父んは今日も元気でした。ホントに入院患者なんかいな…… ゆっくり出来るのを良いことに、4冊セットで立方体になりそうな勢いの分厚い本を読んでいました。 見舞で貰った葡萄を食わせて貰ったり、高校野球観たりしているうちにお母んが戻ってきました。 お父んが読む本をリクエストしに、すぐそばの県立図書館に行っていたとか。まだ読むンかい。 この父在りてこの子在り、といったところでしょうか。 今回の試験を受けるに当たってお世話になった親戚のところにお礼を言いに行くために 病院を早めに上がることにしました。が、どうもお空の具合がよろしくありません。 お土産を仕入れて向かったのですが、移動の最中にもどんどん空の具合が悪くなっていきます。 「こりゃぐずぐずしてられないぞ」と、挨拶もそこそこにお土産だけ置いて帰ってきたのですが、 それが大正解。ウチに帰り着く前からぱらぱらとは来ていたのですが、 帰り着くや否や轟々たる雷と打ち付けるような雨が降り始めたのでした。 焦ってパソコンの電源引っこ抜いたり、テレビのアンテナ引っこ抜いたり。 あんまりに雷が酷いのでついにはブレーカーまで降ろしてしまいました。 これだけ凄まじい雷はホント久しぶりで、かなり遅い時間まで雷は落ち続けていました。 しばらく何もできない状態で、親子揃って雷ウォッチングなぞしていたり、 電源が使えなかった所為で、頼まれていたビデオが撮れないというハメに遭ったりなんだり。 流石に疲れましたので、チャットもそこそこに早寝したいところであったのですが、 明日からの夏コミに向けて、共同購入のシンジケートを組んでいるため その打ち合わせに追われてなかなかいい時間まで起きてしまいました。
8月11日 てな訳で、2次試験の当日となってしまった訳なのですが、 2時半からの居眠りが響いて、結局提出するべき「参考資料」が仕上がらないままでした。 しかも、埋まっていないのがよりによって教員を志望した動機だったり。 かといってこれ以上粘ってウチで書いていても仕方ないので、 5時を過ぎてからは支度に専念しました。受験票をの他の忘れ物がないことを確認して、 お母んの運転する車で熊谷駅へ。途中のコンビニで朝飯と昼飯を仕入れつつ移動。 早く出たお陰で、予定より余裕を持って駅に到着することが出来ました。 行きの電車の中で、一生懸命資料に書く文言を吟味。 8時〜8時20分までに集合のところ、7時半ちょっと前には浦和駅に到着してしまいました。 東口に降りて、タクシー乗り場の近くにいる「いかにも」な人を捕まえて 「教採の2次を受けられる方ですよね?宜しかったら会場まで相乗りしませんか?」 と、チョットでもタクシー代を安く上げようという貧乏根性丸出しで声を掛けてみたところ、 大変快く受け入れて頂けまして、涼しい車中色々とだべりながら会場に向かうことが出来ました。 現地に到着しますと、朝ッからクソ暑い中、既に多くの受験者が集まってきています。 日陰を探して荷物を降ろして、開場までの間も「志望動機」を一生懸命考えておりました。 教室に入るやいなやこりこりと5分で書き上げる始末。 さて、遂に試験開始の時間となりました。 本日の試験は教育問題に関する論文と、個人&集団面接です。で、午前中は論文。 設問(教育問題)に対しての返答を、根拠を数点順序立てて列挙して説明していけばよいタイプのモノです。 昨年の2次ではこの論文で大コケをカマしてしまって撃沈されたので、今回は大分気合いが入っています。 ……気合いが入っているだけで何ら勉強をしてきていないのですが。 こういう「短時間で文章をまとめる」為には集中力が不可欠なので 根拠はなくとも自信を持って、前向きに臨む事だけは忘れませんでした。 で、書き始めてみると……またしてもいい方向で拍子抜けです。 2回目の試験と言うことで大分落ち着けていたのかも知れませんし、 ネットに毎日上がっているウチに、多くの文章を短い時間に書く訓練が出来ていたのかも知れません。 いずれにせよ、程々によい感触を得ることが出来ました。 午後からの面接攻勢に備えて、いざというときに脳味噌が食休みしていないように、 論文後の待ち時間の早いウチに御飯を食べました。 それにしちゃおにぎり3個にパン3個は多かったか……。 午後になりまして、続いて個人面接です。最初の設問が 「あなたは5年生の担任で、最初の保護者会で保護者に向かって自己紹介をします。 30秒で考えた後、黒板に名前を書いて3分で自己紹介をしてみて下さい」でした。 「そういえば去年は『子どもへの4月8日の最初の自己紹介』だったなぁ」などと思いつつ、 自分の本名をダシに「明るくみんなが安心できるクラスになるように、子どもたちをサポートしていきたいです。 ついては、親御さん達のフォローが不可欠ですのでよろしくお願いします」な答えをしました。 以降、今の教育問題を訊かれてみたり、「生涯学習とは何ぞや」と訊かれてみたり、 質問への返答で「子どもの頃にいじめを受けた」なんて事を言ったら その内容やら、担任としてのいじめへの対応方法やらを訊かれてみたり。 「今は何らかのアルバイトをしているのか」と訊かれて、 「パソコンを使ったアルバイト(要は例のアンケート)をしている」「ホームページも作れる」などと、 マルチメディアに弱いおじさま達に訴えかける返答をしてみたり。 ……ウソはついてないですよ、ウソは(笑) 結構どぎまぎしていたので、しっかりした内容で答えられた自信は余りありませんが、 少なくともはきはきと相手の目を見て答えられたから良かったかなぁ、と。 あんまりはきはき簡潔に答えていたせいか、残り時間10分くらいで あちらさんの用意していた質問がネタ切れを起こしたようで、 去年に比べて大分バラエティーに富んだ質問を受けました。 答える方も脳味噌の働かせ甲斐があって楽しかったです。 最後に受けた質問が「あなたは教員となってやっていけると思いますか?」でした。 「はい!」 ……そんなに躊躇せずにこの設問に答えられる筈じゃないんですがねぇ………… 少し間を置いて、今度は集団面接です。「面接」とはいっても、受験者6〜7人の集団で、 上から与えられた命題について討論をし、試験管はそれを観察するという形式で、 あちらから色々と質問が降りて来るって訳ではありません。 姉貴からは「まとめ役に廻ると良いが、出しゃばって仕切りに掛かるのは逆効果だ」と聴いていましたが、 現場に臨むとそういう明鏡止水な心境を見出すことはなかなか難しく、 他の方が先陣を切って発言されると、「ああオレも何か言わなきゃ」と焦ってしまう始末。 が、最初から上手く発言の波に乗りきれなかったことが却って功を奏しまして、 途中から大分吹っ切れて、「自分からどんどん発言をしなきゃ」という焦りが無くなりました。 落ち着いて他のメンツの発言を聴くことが出来、そのお陰で要所でコメントを出せ、 上手いこと出しゃばらずに、それでいて話をまとめる方向に持っていくことが出来ました。 ともあれ、今日の試験は無事に(?)終了しました。 集団面接が一緒で仲良くなった面子と一緒に浦和駅までのバス停まで。 2次試験経験者ということもあって、明日の試験についてなどの話を色々と聞かれたり、 今日の試験についてお互いで反省したり。 浦和駅西口でバスを降りるも、須原屋には寄らず、 体力を回復させんとさっさと高崎線に乗って帰りました。 なのに。疲労の余り実家へのバスで寝過ごして終点(町内だけど)まで連れて行かれる罠。 「いやぁ、降りるバス停分かってりゃ起こしてあげたんだけどさぁ、あはははは」と バスの運ちゃんは言うのでした。無茶言うない。 しかも、ウチの方に戻るバスはその後30分しないと出ない罠。 追い打ちを掛けるように、バス停から半径500メートル以内には公衆電話がない罠。 やむなくバスの来た道を、クソ暑い中、半分寝ぼけた脳味噌で歩いていきました。 漸く公衆電話のあるところまで戻れたので、家で留守番している弟を呼び出し、 ヘトヘトになりながらウチに帰り着くことが出来たのでした。 帰って、明日の支度を完全に済ませてからは、明日の鬼門であるピアノの練習。 これも結局今日までろくな練習が出来ていません。 去年弾いた曲と同じ曲を弾くので、体が幾分覚えているのが救いといえば救いなのですが、 如何せんそもそもがきちんと弾けないので、それでどうにかごまかせるわけでもありません。 合間にチャットで休憩を入れながら、朝になるまでずっとピアノと格闘してしまいました。 チャットをしながら、いつものチャンネルでお友達のRando-kさんとコミケの話になりまして、 「全参するために友達の所に泊めて貰うつもりなのだが、確実でない」と恐ろしいこと(笑)を仰います。 天気が怪しいようなことを言っていて、なおかつコミケの期間中ですから、 万一の場合飛び込みで泊まれるところは少ないような気がしましたし、 何より、多少場数を踏んでいる者としては出来るだけ体力は温存して貰いたいと思い、 私が夜家にいる13日だけですけれど、うちに泊まっていただくことにしました。 こう言うのを、直前になって簡単に決めることが出来るってだけでも、 「インターネットって使いようによっては便利なのだなぁ」と思ったのでした。
8月10日 遂に何もしていないままに試験前日となってしまいました。 かといって何をするでもなく起きて、飯喰って、ゴロゴロして。 この期に及んで焦って落ち着きをなくすより、悠然と構えて集中力を高めたい、というのが 理由ではあるのですが、自分でもそれが本心なのか判らなくなってきた今日この頃なのです(汗) 今日はカウンセリングルームで試験前最後の打ち合わせ。 「試験直前に何でそんなコトするんだアンタは」的なお叱りを家族から受けないでもありませんでしたが、 試験やらお盆やらで、しばらくアンケート用紙の受け取りやら 話し合いやらが出来ないことがはっきりしているので、その辺は振り切って出て来ました。 金ちゃん車で一路学校まで。今日はずっと喋りながら道中行けたので、 いつもよりはペイロード度が低くて迷惑掛けずに済みました。 途中ちょっと道が混んでて「学務(郵便局)が閉まっちゃったらどうしよう……」と冷や冷やしながらも 何とか3時前には到着。急いで学務に行って書類を貰いました。 郵便局で書類の送付を済ませた金ちゃんと共に、宮原の先生のところまで移動。 道中金ちゃんとPSの話になりまして、そこから突如PS買い換えを大決定。 2が出るとかでないとか、そういう話は全く眼中にありません。 旧機を金ちゃんに無償で譲り渡すことを条件に融資を引き出し、 先生のところでアンケートの到着分を受け取って簡単に打ち合わせを済ませた後、 大宮駅前に戻って祖父地図でPS本体を買いました。 急いでウチに帰って、金ちゃんに旧機を渡しつつ新型機を動かしてみました。 「は、速い……(感激)」 嬉しさにむせび泣きそうになりました。さすが、1000番台と9000番台は違いますねぇ。 新型機のスペックに感激した後は、明日の試験のための準備。 ……と言っても、勉強ではなく道具やら受験票やらを忘れないように用意するだけだったのですが。 準備をしようとしていると、北海道に旅行に行っている姉貴からの手紙を、お母んが私に渡してくれました。 「色々悩んでるとは思うけど、今は他の人に失礼にならないようにガンバっておいで」てな内容です。 振っ切ったつもりでいても、やっぱり不安を持ったままでいた私にはとても嬉しかったです。 何だかんだでこうやって周りの人に支えられているんだなぁ、と感慨深かったことでした。 11時過ぎに、これも明日提出しなければならない、志望動機や特技その他を書く「参考資料」という まんまの名前の書類を書いていないことに気付いて書き始めるという失態。 まぁ、去年これ書き始めたの当日の1時過ぎだったことを考えれば、多少は改善していると言うことか……(笑)
8月9日 さて、眠れないまま作業しつつチャットなどをしていたところ。 行きつけのチャンネルに何やら日本語の通じない方々がいらっしゃいました。 綴りの中に垣間見られる独特の冠詞から、どうやらドイツ人らしいと言うところまでは判ったのですが 如何せんドイツ語が判る訳じゃないですから、どうにもコミュニケーションが取れません。 何とか英語で応対しようと悪戦苦闘しているウチに、 連中「英語とドイツ語の判る奴だけ来やがれ」などと言い出しまして、我々を追い出しに掛かりました。 かつての同盟国同士である日独間(のごくごく一部)で仁義無き戦いが勃発。 パソコン歴20年以上という大ベテランの丞相閣下を中心に、 追い出したり追い出されたり、パスワードを設定してみたり。1時間ほどそんなこんなで費やしました。 さて。連中との戦いが一段落して一息ついてみると、一人見慣れない人がチャンネルの中にいます。 プロパティから判断するに、ヨーロッパの人らしきことは分かりました。 さっきの例もありますし、コンタクトを慎重に取りたいと思うのですが、 何を語りかけたらいいのかなんて分かりません。と、よく見てみると彼のハンドルが「Ryoga」となっているのです。 「Ryoga」とは恐らく「りょうが」、則ち高橋留美子の「らんま1/2」の「響 良牙」 (黒い豚になる彼ですね。CV:山寺宏一)ではないか、と。 ご存じの方はご存じでしょうが、ヨーロッパでは日本のアニメはかなり前から大変人気のあるプログラムで、 吹き替え直して放映すると視聴率4050は当たり前で叩き出すんだそうです。 かのセーラームーンがフランス国鉄のイメージキャラになってみたり。 ……もしやこいつ日本アニメのヲタクなんではないか……と目星をつけた我々は それとなくらんまやらちょっと前の日本のアニメの話題を振ってみるとこれが大当たり。 あちらさん、ドイツはデュッセルドルフに住む19歳のアニオタ青年(少年?)なんだそうで。 思いも寄らぬところで、思いも寄らぬ相手に、古アニメ(彼らにとってはさほど古くないらしい)肴に 思いっきり話し込んで日独の友好を深めたのでした。 「日本のアニメを楽しむためには是非日本語を勉強するべきだ」などと言ってみると 「勉強してるが難しい、特に漢字が」なんて返してきましたので 「大丈夫!仮名さえ覚えれば何とかなる。3歳児だって読めるんだ、大人の君に出来ないことはない」と 励ましてみたり、やる気を引き出すためにコミケの情報を教えてあげたり。 結局、彼との心暖まる会話が終わったのが朝の8時ちょっと前。 他にこうやって「共通の話題」となれるモノがそうそう現代日本の文化としてあるだろうか、と 日本のアニメ文化の偉大さに感動してみたり、英語の便利さを痛感したり。 流石にヘロヘロに疲れたので、朝飯も食わずに泥のように眠りました。 昼過ぎに金ちゃんが来て、例のアンケートについての打ち合わせをしました。 ウチだと暑いので金ちゃんちで。打ち合わせもそこそこに、メーラーやらなんやらの設定を見たりいじったり、 私の持ち込んだお笑いMP3を聴いたり、パワプロ対戦してみたり。 明日、カウンセリングルームまで出向く打ち合わせをしているうちに、 明後日の試験に必要な書類をまだ学校にもらいに行っていないことに気付きました。 金ちゃんは金ちゃんで、明日〆切の書類を、やはり学校に取りに行く予定らしいです。 ルームでの打ち合わせのついでに学校に行き、書類を貰ってくる事にしました。 二人揃ってなぁ…………(苦笑)

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