9月第5週&10月第1週分(9/27〜10/3)
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10月3日
そんな訳で、今日も朝から稲刈りです。昨日と同じく頭を振りながらツナギに着替えます。
今日頑張って稲刈りを全部片付けてしまえば、今年の大仕事は籾摺りを残すのみ。
この後の遊びやら遊びやら遊びやら卒論やらに専念できるというモノです。
朝のウチに昨日の刈り残しを片付け、メインイベントとも言える43アールの一枚田
(言うは易し。95×45のウチで一番でかい田んぼです)に取りかかれたのは10時過ぎ。
経験値を積ませたいと言うお父んの意向に従い、今回はここを私一人で刈り取ることになりました。
私がコンバインで刈り取り、お母んがトラックで輸送(この辺の手順は下記の特別解説をご覧下さい)、
お父んが乾燥機周りの保守管理と綺麗に役割分担できまして、それぞれがそれぞれの作業に没頭します。
そうでなくとも農業労働は単純作業の繰り返しになりがちなので、
やってるウチにどんどんマシーンになっていきます。そうでないと辛いとも言いますが……(笑)
マシーンになれたら後はコッチのもの、するする作業が片付いていきます。
正確には「時間の感覚が薄れてきて、長時間の作業が苦にならなくなるだけ」とも言います。

で、田んぼの半分以上を刈り終わった2時頃。突然「んびぃーーーーーーーーーーっ!!」とブザーが鳴って、
それっきりコンバインが前にも後ろにも進まなくなりました。
何が起こったのかと思って、座席を兼ねているボンネットを上げてみたら「ぷしゅぅ〜〜」と白い湯気が。
オーバーヒート直前でした。
熱湯が吹き出さないように細心の注意を払ってラジエターキャップを開けてみりゃ、
半分以上水が無くなっていたワナ。そりゃ過熱するなぁ……。
よくよく思い出してみれば、昨日のばあちゃんちの田んぼでも、不凍液で良い色に染まった水が
ぽたぽた垂れていたような気がします。トラックに乗せてあった水を補給します。
3リットル近い水を飲み込んで、ようやくラジエターは一杯になりました。
ボンネットを暫く開け放ってエンジン本体からの放熱も促して、ついでに人間も休憩摂って、
15分くらいで元通りに動くようになりました。いやぁ、びっくりした(笑)

オーバーヒートから回復してからは、またマシーン化してごりごり稲を刈っていました。
1時間半は刈り続けたでしょうか。後2往復くらいで終わりそうなところでお母んに呼び止められました。
「橘母:あ、そこで今日は上がりにしちゃって〜〜」
「橘屋:おいおい、ちょっと待てって、まだ残ってるのに何で止めるのさ?」
聞けば2台ある乾燥機(どちらも旧式・しかも片方貰い物)が両方とも満杯になっていて、
これ以上刈っても乾燥のさせようがないとのこと。これだから設備に金の掛けられない兼業農家はよぉ……(苦笑)
中途半端に残しておくのは良くないので、取り敢えず、この田んぼの残りは刈り取ってしまいました。
幸いなことに、既に乾燥機に掛かっていた籾が、水分が飛んで目減りしていたお陰で、
何とか刈り取った残りの分も乾燥機に収まることが出来ました。余分な仕事を残さないで良かったです。
とは言え、後1枚田んぼが残った状態での「仮出獄」です。まだまだこれから労役が続く……(嘆息)

一日コンバイン相手に仕事をしていて、大分カラダの方が疲れていたようです。
9時頃ベッドの上で横になったが最後、結局朝になるまで目が覚めませんでした。

〈特別解説〉今どきの稲刈り
かつて稲刈りは、全て手作業の農民にとって一大行事であると同時に、一大労働でした。
(今だって一大行事で一大労働であることに変わりはありませんが)
家族はもちろん親戚一同総出で(近所から助けが出たり、街からアルバイトが来たりしたそうな)
鎌を片手にザクザクと「刈り取り」、この後ある程度乾燥をさせた上で、穂から実を採る「脱穀」
(千歯こき、更に古くはを箸で扱き取ったらしいです)、脱穀の後天日に干して本格的に「乾燥」、
程良く乾いたら、唐箕・唐竿等を使っての殻を除く「籾摺り」を行います。
(籾殻は打撃等の圧力で簡単に割れて、中の玄米が露出します。現在の機械式脱穀もこの原理を応用しています)。
これでようやく「玄米」と呼べる状態になって、俵に詰めて完成、となったそうです。
この辺の手順は地域によって割とバラエティーがあるようです。

ちなみに、今どきの中規模農家での稲刈りは、コンバインによって一度に脱穀までの作業を済ませてしまいます。
脱穀まで済まされた籾は、コンバイン内のタンクから、トラックに積まれたタンクに転載され、
更に各農家にある乾燥機に移されます。乾燥機に入れた後は暫くの間(数日間)送風して乾燥させます。
乾燥を促進させる為に、送風口で灯油を焚いて温度を高めることもあります。
また、昔ながらに天日で乾燥をする場合も時にあります。
程良い水分まで乾燥できたら、籾摺機に掛けて玄米にした後、袋詰めして完成。

以上、お判り頂けるように多くの作業が機械化された為、兼業で稲作を続けることが比較的容易になってきたのです。
本州の多くの農家の作付面積の広さと減反のきつさを考えれば、
機械化があって兼業が出来、兼業をすることで生活が出来ているのです。
米作専業農家も、大規模の面積を片付けるのに機械化は不可欠だし、
野菜もやっている農家だったりしたら、ソッチが忙しくて稲作の手間は省いていきたいモノなのです。
簡単に「手作りの米が良い」だの「天日干し乾燥しろ」だの「完全無農薬にしろ」だの
「農家は自分のところの米だけ真面目に作って狡い」だの言う人は試しにおひとりでやってみて下さい。
で、出来てから文句言って下さい。真面目にこれを人手でやろうってんなら人が何人いても足りません。
日本の産業を支える第2・第3次産業の人材は払底して、産業自体が壊滅することは想像に難くありません。
今から産めよ殖やせよやりますか?世界人口の抑制が叫ばれてる中、大変ナンセンスです。
そうでなくても機械化を中心にした農業の効率化が多くの農家の生きる道である現代において
そんなノスタルジックなことぶーたれてる奴が社会の先生なんて〈以下略〉

<この解説を書いたのはこれを言いたかったかららしいです。
大学の社会の先生が、授業中何気なくそんなことを言ったのに大人気なく腹を立てています。
「ウチは農家と契約して、きちんと天日干しにして貰った米を買っているから美味いんだよ」って、
ソレはあなたのお家が経済的に余裕があるからでしょうよ、きっと<貧乏人の僻み

10月2日 朝からだる目です。それでも何とか起きます。 明日、池袋でこないだに引き続きイベントがあります(行く面子もこないだと同じ)ので、 「明日に備えて色々準備するかぁ……」と思って、頭を振りながら下に降りていくと お母んが「ああ、今日明日天気よさげだから稲刈りね。宜しく」と曰います。 そうだ、そうだよ、この季節これがあるのを忘れてた………… そんな訳で、イベントも休息も何もかもすっ飛ばして稲刈りに従事することになりました。 今日は婆ちゃんちの稲刈りです。本体は教員をしている叔父上&叔母上が作業の中心となる筈なのですが あいにく今日は第1土曜。ガッコがあるのでまず戦力としては期待できません。 だからといって「めんどくせぇから手伝いたくないよぉ」などと言おうモノなら、 兼業農家は親戚一同、もしくは知り合い一同で機械を使うので (1軒で兼業農家をする為だけに、年に2日くらいしか使わない機械を買うのは馬鹿げてるんですね) ウチにコンバインが廻ってきません。即ち、今日明日ウチの稲が刈れず、来週以降も稲刈りが続くハメに陥ります。 そうでなくとも膝の悪い婆ちゃんと、農業は素人同然の爺ちゃんに任せっきりにする事なぞ出来やしません。 そんな訳で、両親と一緒に、朝からツナギを着て作業と相成ったわけです。 元より余り広く作付をしていない婆ちゃんちで、しかも半分は終わっているとのこと。 「サクッと片付けてとっととウチの田んぼも刈るかぁ……」などと思っておりましたら よりにもよって残った田んぼが狭いところばかり(=機械の運用に手間&時間が掛かる)で コンバインが通ったり旋回したりするスペースを確保する為に、 昔ながらの稲刈り鎌ではじっこの稲をざくざくと刈っていったり、 脱穀が終わって破砕された藁屑を熊手でガリガリ避けて、コンバインを掛けやすくしたり。 10月とは思えない陽がジリジリ〈中略〉ジリジリと照り付ける中の作業は相当に辛いです。 コンバインに乗っているのがウチのお父ん(=せっかち)であるという止めが刺さって、 へろっている我々に構わずどんどん作業が進んでいってしまいます。 「熱い(既に「暑い」ですらない)よ〜、喉が渇いたよ〜」とぼやいて作業が長引くのも面白くありません。 体温が上がる余り「うわぁ、熱痙攣だぁ☆(虚笑)」なんて事になったりしながら 熊手と鎌を持って田んぼの中を駆け回っていました。父ちゃん、遠慮なさすぎるよ…… 1時をかなり廻ってから、ようやく叔父上が手伝いに来てくれましたが、殆ど終わっているところで事実上足しにならず。 実際、叔父夫婦は先述の理由で農作業が辛い爺様婆様&ウチの両親+私にこの手の作業を任せる傾向が強いので、 はっきり言って当てにはしていませんでしたが、こうもいい加減だとちょっと腹が立たないでもありません。 私等がどうこうよりも、殆ど一人で作業をしなければならない婆様が可哀想です。 「自分も教員になったらこうなっちゃうのかなぁ……」と暗澹たる気持ちになりました。 ソレはさておいて、一通りの作業は3時前に終了。溶けるかと思いました、いや本気で。 で、婆ちゃんちの稲刈りが終了した上は、コンバインをウチに運んでウチの稲刈りです。 コンバインって奴は基本的に公道を走り廻るようには作られていないので、 一旦ウチに戻ってトラクターにトレーラーを接続し、また婆ちゃんちまで出向いてコンバインを回収します。 で、トラクターも、コンバインよりはマシとはいえ、公道を普通の車のように走り廻るようには造られていません。 況や、後ろにはトレーラー+コンバインがくっついています。 大特免許のない私は、お父んの運転でとろとろ走るコンバインの後ろを、 追突防止のためのハザード出しながら、普段の4倍近い時間を掛けて婆ちゃんちから帰ってきました。 将来的には取らなきゃダメかな、大型…… そんなこんなで4時過ぎて、ようやくウチの田んぼの稲刈りが始まりました。 最初に手を着けたのがウチでは一番狭い田んぼ(13アールしかないらしい)なモノだから、 昼間と同じような作業が我々を待っています。婆ちゃんが手伝いに来てくれたのはとても有り難かったです。 相も変わらず容赦なく作業を進めるお父んにくっついて、熊手と鎌を持って田んぼの中を走り回りました。 夕方で大分涼しくなっていて、それなりに楽にはなっていましたが、 昼間無理した所為もあって、なかなかカラダが思うように動いてくれません。 結局、日が暮れてこれ以上作業が続けられないところまで作業は続きました。 それでもこの田んぼ終わらなかったし……明日もいっぱい仕事が出来そうです。
10月1日 取り敢えず臨界は終息したというニュースを見届けてから仮眠を取り、 書類の提出のため学校に向かいます。今日の1冊は、ネタネタだけに『元素111の新知識』。 眠い目を擦りながら国語科事務室に行き、無事に書類を提出することが出来ました。 後はこれからの2週間で授業の登録を済ませて、卒業のために単位を掻き集めるだけです。 題目提出記念で大宮祖父地図に行ったりまんがの森に行ったり。で、みたび発動奥義「漫画大人買い」。 28日に2萬5千円有ったはずの財布の中の残弾が、気が付けば3000円になっています。困ったものだ…… さて、昨日の今日でニュースは東海村関連で持ちきりです。 中日の優勝も中共国家樹立50周年式典も放射能の霧の前に霞んでしまっています。 現地の住民の健康がどうだとか、情報の伝達の体制がどうだとか色々問題が取り沙汰されています。 農作物への影響も話題になり始めています。現地では収穫前の作物の出荷を諦めざるを得ないようです。 「まぁ、仕方ないですよね」と力無げに微笑む農家の小父さんを見ていると、 兼業とはいえ同じ農家としては胸が詰まる想いです。 「放射性物質が飛び散りましたからここのモノ出荷しちゃいけません」 下手をすると「ここで農作物を作っちゃいけません」なんて、どうして簡単に言う事が出来るのでしょうか。 (勿論、消費者の健康を考えれば出荷するべきではないのですが) モノをつくる人になら分かって貰えると思うのですが、農家にとって作物は単なる「商品」ではありません。 その作物を育ててくれる「土地」も単なる「商品を生産する場所」ではないのです。 人によっては「血のつながり」そのものだったりするのです。 単に所有物をどうこうされたという以上の想いがそこには有ります。 古くさいと思われるかも知れませんが、農業に厳しい今の世にあって、 多くの農家がどうにかして農業を続けようとしている大きな理由に 「御先祖様から受け継いだ土地だから、農業をして護って行かなくてはならない」と言う気持ちが どこかにあるからだと言えると思います。 農業を辞める人辞めない人、殆どが「自分の代で辞めちゃうのは御先祖様に申し訳が立たない」と言います。 そこにセシウム137やらストロンチウム90やら、半減期が30年位有るような凶悪な放射性物質が降り注ぐわけです。 (況や、「半減期が短い元素なので……」なんて言う人もいるらしいです。30年は短いんですか?) 減反ですら辛い(下手すると田んぼの4割強しか作付出来ないんですよ!)のですから、 このような事態になってしまった現地の農家の無念はさぞや、と思うのです。 そうでなくとも、農業で喰っていけるだけの土地を得るには相当の額のお金が必要です。 大きな企業ならともかく、個人経営の農家にとってその負担は余りにも大き過ぎます。 古くなった道具でも捨てるかのように、ホイホイその場からどこかへ行って、 別の土地で農業が出来るとでも思われているのでしょうか。 こういう環境問題が起きる度に「結局街住まいの人には分かって貰えないんだな」と切なくなってしまうのです。 結局、既に少数派になってしまっている農家の言い分なんて聞いて貰えないのですかね……
9月30日 今日が書類提出の〆切となっています。今日もブルーバックスを1冊もって学校に向かいます。 今日の1冊は「エンジンのABC」。で、勢い込んで国語科事務に行ってみると 「あ、明日先生に見て貰った上で提出して下さい。先生からも『そういうことでいいよぉ』って伝言を貰ってます」 事実上の無駄足。大いに時間が余ってしまいました。暇です。 「こないだ頼まれた本、秋葉原になかったんだから池袋まで探しに行くかぁ…………」 気が付いたら池袋の虎穴におりました。で、再び奥義「漫画大人買い」が炸裂。 しかも、肝腎の頼まれた漫画は結局見つからなかったワナ。 やっぱり財布の中身に余裕のあるときに漫画屋に行っちゃいけません。 我慢できない私に一番問題が有るんですが……(苦笑) 今日は所属する某FCの開設1周年(10/1)記念チャットが23時から開催されました。 キャラの誕生日って訳でもなかったので集まりは今ひとつでしたが、(委員会が集まり過ぎなのか……) 普段いらしていない方とも会話が出来たのは楽しかったです。 そんな記念チャットでも、持ちきりの話題はやはり「東海村」でした。 どうやら「漏れている」だけじゃなくて臨界しちゃって中性子がぴゅんぴゅん飛んでいるみたいです。 茨城県人は勿論のこと、栃木の人や千葉の人はかなり不安そうでした。もちろん埼玉県人も不安です。 友達から送られてくるサイクル機構HPのリアルタイム放射線計測を見て 「うひゃぁ、何か『ドギャーン』と上がってるよ数値が……」とうろたえてみたり、 気象庁のリアルタイム風向表示を見て「コッチ来ないだろうなぁ…………」と焦ってみたり。 「これで農業出来なくなっちゃったらどうするんだろう……」と本気で不安になってしまうのでした。 結局完徹に近い状態でニュースを見ていました。
9月29日 明日が書類提出の最終日ですので、流石に今日コンタクトが取れなかったらやばいです。 書類の文案を頭の中で戦わせながら、今日も昼に着けるように学校に行きます。今日の1冊は「楽器の科学」。 新調したMDでご機嫌に音楽を聴きながら学校に向かいます。 で、学校に行ったらやっぱり先生はいらっしゃらないワナ。 学務やら学科の事務室やら駆け回ってみたのですが、やっぱり居られません。 仕方が無いので学務でT田先生の連絡先だけ聞いて、 ご迷惑にならない時間に電話できるようにする為にサクッと帰ることにしました。 その割にはなかなか踏ん切りが付かないで、電話が出来たのは19時過ぎてからでしたが…… 精神的に切羽詰まりまくっていた為にもの凄く要領を得ない説明の上に、 ギリギリのところに来てのお願いにも関わらず、T田先生は非常に快く受け入れて下さいました。 後は明日書類を出してくるだけです。肩の荷が下りました……。
9月28日 朝起きてみたら、やっぱり親犬は亡くなっていました。 お父んとお母んが畑まで埋めに行きました。寂しいです。 卒論の題目変更(兼移籍届け)を出しに行かなければなりません。火曜日だから、今日なら先生も学校にいる筈です。 しかも3時以降に大宮で献血をしてくれという依頼まで入っています。 へろへろしてるだけな訳にも行かないので、学校に行ってみることにします。 昼に着けるよう支度をしていると、郵便でバイト代の入金を確認するはがきが届きました。これで色々買える…… 移動等の空き時間を見越して、ブルーバックス「気象学入門」を1冊持っていくことにしました。 で、学校に行きがてら、お母んに金借りて、故障してしまったウォークマンを買い換えました。 バイト代で買って、2年使ったソニーの再生専用。爆走旅行の共として活躍したこの機には愛着があります。 修理したかったのですが、その修理に掛かる代金の高さに諦めました。2年落ちなら買った方が安いってのは…… 結局今度もソニーの再生専用です。新型だけあって、外付の単3と組み合わせれば42時間の再生が出来ます。 再生時間なら他メーカーのものもほぼ同時間を叩き出しているし、もっと安い機種もありました。 ついでに言えば、私は基本的にケンウッドerなのです。それでもやっぱり携帯音源はソニーが一番かなぁ、と。 ソニーのMDウォークマンの何が良いって充電のしやすさです。 かつてのウォークマンにも使われていたガムタイプの薄型電池をそのまま採用しているので、 汎用性は高いし、大きな電気屋に行けば必ず手に入るから、複数用意しておくこともできます。 また、この充電地の小ささが機体の小ささにも繋がり、携帯性を高めているのです。 充電器も小型だから携帯にも便利で、出先(学校他)での充電が簡単です。 ケンウッドのソレ(姉貴には買わせた。極悪人)は最新型でも充電池そのものがでかいし(故に本体もちとでかい) コード付きのアダプタを本体に接続する形式で、正直出先での充電には向きません。 実際、ウチの1代目の録再型はケンウッドの旧式だったので、充電池は単2電池よりでかく、 再生可能時間も無茶苦茶短くて充電しまくらなきゃならないのに、その充電に必要なアダプタがかさばり、 なおかつ外付けのバッテリーケースには単3を6本も入れなきゃならないと言う始末。 双方合わせると800ページの文庫本にも相当するサイズで携帯にほとほと向かないその機体は、 現在はCDからのディジタル録音と、PCのスピーカーに直結してのBGMの演奏に忙しく働いています。 結局MDという音源で、しかもイヤホン式のスピーカーを使っている時点で、 MDウォークマンは、ある程度音質の方は無視しなければならない面がありますから、運用面を重視すべきだと思うのです。 そう言う意味でソニーが一番かなぁ、と思います。パナソニックやパイオニアも、その面ではそこそこ良い線なのですが、 堂々と「ウォークマン使っています」って言えるってはでかいんです(笑) で。学校に着くと先生はいませんでした。為すことなく校内を彷徨っているうちに、 抜け忍師に或る漫画を都内で探してきておいて欲しいと言われていたこと、 自分でもあるソフトが欲しいから秋葉原行きたいなぁ、と考えていたことを思い出しました。 時計を見るとまだ1時半です。ちょっと悩みましたが「学校はまた明日くりゃ良いかぁ……」ということで そのまま秋葉原に向かいました。何とか急いで往復すりゃ、成分受付締切の4時ギリギリで献血には間に合いそうです。 が、師に頼まれた目的のブツが何軒漫画屋廻っても見つかりません。私が欲しいと思っていたソフトも見つかりません。 それでも橘流奥義「漫画大人買い」をぶちかましてきてしまいましたが…… 予想以上に秋葉原が長引いて、気が付くとかなり時間が厳しいです。 京浜東北何ぞにちんたら乗っていて間に合う時間じゃありません。 山手線/京浜東北線のホームに上がると、丁度電車は出てしまったあと。次が来るのが3分後です。 残り時間は40分を切っています。シャレになっていません。 「上手いこと上野でアーバンが掴まえられたら良し、ダメなら新幹線か……」などと思いつつ上野に着くと、 素晴らしいタイミングでアーバンがホームにおりました。 お陰で、何とか3時57分には大宮東ルームに入って受付することが出来ました。 やっぱり余裕を持った日程組まなきゃダメですね……(苦笑)
9月27日 朝からへろへろしています。 研究室の移籍届けの最終受理が30日だからちょっとはその辺も進めなければならないのですが、どうにも。 どっちにしろ、今日は先生が学校に来ていない日の筈なので、ウチでへろへろしていました。 「こんなんじゃいけないなぁ」と思いつつも、自律神経失調気味なカラダはだるくて、何かをしようという気持ちになりません。 暗示に掛かりやすい性質だけに、自律神経失調症に関する様々な知識があるから、 それが原因でそれらの症状を(無意識的に)引き出しているのかも知れません。 学校やら就職やらの物事から逃げ出したいという気持ちも、それに拍車を掛けているのだと思います。 「ちょっとくらい周りの人に頼ってみても良いんじゃないか」と思ってみたり 「1年留年していて今更何を甘えようって?」と思ってみたり、 そんな「精神的に弱い」自分に甘えてしまう自分に対して、どうしようもない憤りを覚えてしまったり 自分のことなのに割と冷静に分析できてしまう自分が嫌になったり。 どんどん内側に向かって螺旋状に撞着していくような感覚です。 悩んでたって何かしらの答えが出てくるわけでもなし、あれこれ考えることでよけいドツボに填ってるのであれば、 今自分に必要なのは逃避ではない開き直りなのかも知れないなぁ、と思いつつきっかけが掴めずにドロドロしています。 夕方過ぎて表に出てみると、お母んと姉貴が何やら相談をしています。何事かと思いきや、 飼い犬の内、母犬の方がどうにも明日まで保たなそうだというのです。 確かにここのところ体調が良くなさそうでしたが、今日の足どりはふらふらしているなんてモノではなく、 寒くないようにと敷いてあげた段ボールに乗るのも難儀していましたし、 大好きだったジャーキーを呉れても、最初ちょっと噛むだけで食べられません。 多分この様子だと、明日の晩は迎えられなそうです。 12年、子犬の頃から飼い続けてきた犬だけに、何とかしてやりたいという気持ちはあるのですが、 老衰で弱っている以上、どうにも出来ませんし、無闇な延命は余計に残酷です。 何もできない自分に無力感を覚えながら、せめて最期は寒くないように、と 段ボールを敷いてやったり、衝立を付けて風を防いでやったりしました。

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