「風邪」

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 「今年の風邪は悪い風邪だって毎年言うのさ〜」と歌っていたのは嘉門達夫である。私はここ数年このフレーズが頭に残っていて、人が「今年の風邪は」という科白を言うたびに今年は去年と比較してどうだっただろうかと考えてしまうのである。
 基本的には去年以前という「過去」のことは、現在の状態よりは過ぎてしまった分辛さを感じないのだろう。しかし、ここ数年の風邪はなにかしらセールスポイントを持って出てくる新製品のようである。なにかしら「今年の方が凄いぞ」と思わせる何かを用意して登場する。
 ここ1、2年のキャッチフレーズは「インフルエンザ」のようである。特に去年は豚から発生したインフルエンザにかかると死んでしまうということで、大量な死者が出るような話が出ていたように記憶している。実際はそれは流行らなかったようだが、それでもそれなりに悪性の風邪だった気がする。
 今年、1999年の風邪はなかなか治らないということらしいが、あまり良く分からない。私は流行には少し疎いたちなものでそういう情報もあまり収集出来ていないのだ。
 そんな風邪のキャッチフレーズとは違って、別に大きな異変のあまり感じられないような気がする風邪薬業界だが、今年度は新しいタイプの風邪薬が出ていた。お湯で溶かして飲むタイプの風邪薬である。
 これが以前からあったかどうか実際のことは知らないのだが、私自身が知ったのは今年度であるし、一般大衆にも普及したのは今年であるということにすればきっと問題はないだろう。
 で、そのお湯で溶かして飲む風邪薬、商品名を「ドリスタン」というこの風邪薬だが、お湯に溶かすことによって水分の補給と熱源の補充を兼ねるという、風邪の際に有効な対処療法を同時に行えるのである。さらに、ビタミンCの補給も行ううえに飲むと眠くなるというのであるから効用としては抜けもない。もう布団に入って寝れば後は何も必要でないという、全くいたせりつくせりな薬である。
 しかし、その効き目よりも何よりも重要なのは、この「ドリスタン」が美味であるということであろう。
 これを私に紹介したあるロックバンドのボーカルは自身のエッセイの中で、「食費を削ってまで購入して飲んだが、うまい。あまりに美味くてついクッキーを食べながら2杯目まで飲んでしまい、至福の一時であった」と語っている。ある研究機関の所長O氏も「確かに美味いです。眠くなりますけど」と保証していた気がする。
 そんなに美味いのであれば、風邪薬は会社の薬箱にあるやつで十分、を心情としている私でも心が動く。飲んでみたい。ぜひ。

 そして、苦労の挙げ句ついにこのドリスタンを飲むことに成功した。といっても実はなにも苦労はしていない。旅行から帰って普通に睡眠時間をちょっと削って生活していたら、きっちり風邪を引いてしまったのである。親に頼んで買ってきてもらったドリスタンは確かに美味かった。普段だと作業的に行う「風邪薬を飲む」という行為が楽しみになる。飲み忘れることもない。なんといっても美味いのだ。
 もちろん、薬を飲んだ後は家で大人しく寝ているしかない。会社は当然休んでいる訳だが、有給もそれほど使っていなかったし仕事も今はそんなに忙しくない。休みが1日や2日で済まなかろうが、なにも問題はない。

 それより、ただ風邪薬を飲みたいからというだけで風邪を引いてしまう自分の身体が一番問題な気がする。そして、そのよく効く筈のドリスタンを3日間飲み続けていても眠くもならず風邪の治らない自分の身体が。

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