「明日に向かって進め」

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 第1回深夜湾岸ヒッチハイクコンテスト〜、と軽快な掛け声が流れる。売れてないお笑い芸人達がどこかで聞いたことのあるBGMに乗せて仕方なしに盛り上げる。夜中に良くある番組の一シーンだ。場所は深夜の国道357号線。湾岸道路とも言われる、東京―千葉間の一番海側を走る幹線道路。荷物を積んだトラックや、家に帰るのだろう乗用車がひたすら飛ばして走っている。当然,、止まる気配などは微塵も感じられない。
 季節はもう春とはいえ、まだ肌寒い。深夜なので気温もかなり下がっている。それは上着を取られ上半身はTシャツ1枚の姿で寒そうにしている聞いたことも無い芸人の姿を見れば明らかだ。このままその辺で寝てしまったならば、次の日は風邪を引いて寝込むことは間違いないだろう。いや寝ないまでもあんな格好で一晩過ごせば、身体が丈夫な人間でなければ立派な風邪っ引きになれるだろう。もしかしたら、立派じゃない風邪っ引きになってしまうかもしれないが。
 あまりよく見ていなかったのだが、きっとゴールはお台場辺りなのだろう。それくらいの距離なら、気合があれば歩いたり走ったりすれば着くのは確実である。だが、そこは売れない芸人の集まりということでそんな体力のある奴はおらず、進行方向へ向かってとぼとぼと歩きながら飛ばしていくトラックに向かって手を上げては降ろすという、何をやっているか分かってる人でないと謎な行動を繰り返している。カメラの前なので、自分の一発芸を披露したりする元気はあるようだが、そんな芸ではやっぱり売れないよ、君達。

 と、自分の部屋のテレビで見ていれば気にも留めなかっただろう深夜の光景だが、世間はそんなに甘くなかった。私はその当事者だったのだ。気がつくと、深夜の湾岸357号線と思しき道路を歩いていたのだ。
 慌ててカメラさんを探すが、周りには誰も居なかった。時速80km以上は出ていそうなトラックや乗用車が横を走り去るだけである。とてもヒッチハイクなどは出来そうにない。歩くのは辛いなぁ。今日は結構冷え込んでるし。だいたいなんで俺がこんなことをしないといけないんだ、などと呟いてしまう。
 ということで、こうなった経緯を推察してみることにした。えっと、今日は平日だ。確か火曜日だ。時計を見ると夜中の1時半だ。そういえば、飲み会があったんだよな。それに参加して、うん、確か11時過ぎくらいに店を出たはずだ。で、電車が同じ方面の人と話しながら東京駅で降りて、確か缶ビールを買ったな、それで京葉線に乗って座って……。
 残念ながらここまでしか私の記憶では判明しなかった。それでは問題は解決しない。ここは一つ人間の特徴の一つでもある想像力を駆使してその後の経過を推理してみよう。と思ったが、これは誰がどう考えても飲んで潰れて寝過ごした、としか考えられない。誰かに一服盛られて寝ている隙に護衛していたお忍びの王女を誘拐されてしまったのだった、などと考えているようではちょっと困る。というか危ない人だ。だいたいお忍びの王女なんて使い古されたネタ過ぎる。リアリティーもないし。

 ということで実際にこんな企画はなく、そんなシチュエーションが想定されそうな場面に私がいたのであった。それはそうだ、こんな企画本当にあるかどうかといえばないだろう。ネタとしてはヒッチハイク自体2番煎じどころではないし、インパクトも薄い。第1回とは言っているが、まず2回目はないだろう。って1回目もないのだけど。
 気が付いた時は、この速度だと車は止まってはくれなさそうだなぁ、とか考えていた気がする。なんでこんなとこを歩いているのだろう。きっとこれは夢の中なんだろうなぁ。という思考ルーチンを経由してやっと現在の自分の状態に気が付いたのであった。
 しっかりした意識の無い酔っ払いから酔いが抜けきってない酔っ払いに進化した私は、理知的に判断した。現在の状況を考察して次の行動を決めるのだ。まず、このままずっと歩いて帰るのは、寒さと体力的に無理が多い。明日も会社であるし、睡眠時間も確保したい。これは、どこかで電話を探してタクシーを呼ぶしかないだろう。うむ、現実に即した賢明な判断である。さすがであるといいたいところだが、意識が飛ぶまで飲んだ後だけに説得力はかけらも見当たらない。
 少し歩くと交番の赤いランプが見えた。自分が運転中以外の警察は、24時間営業のコンビニエンスな存在であるので、さっそく向かってタクシーを呼ぶべく電話を借りる。タクシーを待つ間、お巡りさんと呼ばれる交番勤務の警察官である沢田巡査長(仮名)さんに説教されたりはしたが、無事タクシーは交番の前に着き一路自宅を目指すのだった。
 帰りのタクシーのメーターが上がっていくのを眺めながら、財布の中身を思い出しつつ、「もう帰りの電車では寝ないぞ」と誓うのだった。1週間前の出来事であった。

 それなのに。それなのに。
 気が付くと、私はまた国道357号線らしい道路を歩いているのだった。この前乗り過ごしてから1週間も経っていないというのに。財布の中身を思い起こすが、先週支払ったタクシー代の金額には程遠い額しか入っていない。
 第2回深夜湾岸ヒッチハイクコンテスト〜、と題字が映し出される。いや、だから第1回もやってないのだけど。



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