「旅往きて」

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 「人生は旅をしているようなものだ」という文句がある。文句の知名度の割には、これを言ったのがどこぞの作家だったか詩人だったか絵描きだったか政治家だったか雑文書きだったかはよくわからない。何度も耳にした今となっては、そんなにひねりのある台詞ではないような気もする。もしかしたら、いろんな人間が言っていたのかもしれない。
 そんな人生とも比較されてしまう旅・旅行の類を、私はこよなく好んでいる。みんなでわいわいと出かける旅行も、一人で長期の旅に出るのも同じように好きなのだ。
 みんなと一緒に出かける旅行は、残り時間を気にせずに遊べる。泊りがけなので飲んで潰れても帰りの電車や時間を気にする必要もない。みんなが持ちよった色んな物を食ったり遊んだり、と楽しいこと三昧である。
 一人っきりの旅だって、悪くない。行く先をその日の気分で決められる身軽さは、一人旅ならではである。その土地の名物を食い歩くのも楽しい。旅先での見知らぬ人との出会いで思いもよらぬ人間関係も広がるし、普段逢えないような遠方の友人とゆっくりだらだら遊ぶなんていうのは最大の贅沢かもしれない。
 趣味を聞かれても大抵は旅行と答える私だ。旅行好きを名乗っても誉められこそすれ罰が当たることはないだろう。

 そんな楽しい旅行の中で、私が一番苦手としているのは「土産」である。といっても土産を買うこと自体は、別に苦にならない。むしろ、どちらかといえば好きなくらいである。
 こんな珍しい物があったから、これは誰それに渡してみよう。あいつはこういうのが好きそうだから、これを渡したら喜んでくれるだろうか。これは見せるだけでも受けそうだな。こんなことを考えながら土産物屋で物色をするのは楽しい。
 苦手なのは、「土産を渡すこと」なのだ。

 例えば会社を休んで旅行に行ったりした場合は、一応社会人の端くれとして会社の同僚達に土産を買って行く。今の職場では、習慣的に土産物は各自に配るということになっている。大抵の場合は菓子を買って行くのであるが、これを各人の机ないし職場に持っていって各個に配達しないといけないのだ。仕事中の間食になるような菓子を配るだけに、その配達時間にも気を使う。始業すぐや就業前といった時間に配られるのでは邪魔臭い。昼休みの前後も、食事時間と近いだけにあまり飲み食いをするのには適していない。席を外している人間には机に置いていくのだが、それが多いのもいきなりみんなの机の上に菓子が乗っているという自体になってしまい、配布という本来の意味合いは薄れていく。その辺のタイミングを計りつつ、旅行に関する小ネタを話しながら土産物を配るという作業は、非常に気遣いが多く精神的に辛い作業になるのである。
 会社でなく、友人に買っていった場合にも別の問題がある。私のよく遊ぶ面子の構成に一番の問題があるのだが、普段良く遊ぶのが地元に住んでいるメンバーとは限らないのである。しかも、会わない期間がかなり不定期になっている。一週間に数回会って遊ぶこともあれば、2ヶ月もしくはそれ以上も会わないこともあるのだ。
 土産を期待している奴はまだ楽である。リクエストを出してくれるのであればさらに簡単だ。何を買って行くか考えないでもいい上に、後は都合を付けて本人に手渡すだけだ。土産を手渡すという名目があるから、受け渡しをするのにも連絡が取り易く簡単に当人に土産を渡すことが出来る。
 土産のリクエストがない場合、しかも旅行に行ったことすら知らなかったりする場合が難しい。旅行者的には土産物を買っていくのだけれど、手渡す時間を作るのが難しい。それに加えて、手渡すタイミングというのもある。他の知人とも会うのに、全員分が無かったりすると気まずい思いをする。後から誰か合流するのであればその人が来てからの方がよいし、お菓子の類であれば居酒屋での飲み会の真っ最中に出す訳にもいかない。全てタイミングを図る必要があるのだ。
 そのタイミングを計り損ねたりして、土産を渡し損ねることもある。そうするとその集団向けに買っていった土産は鞄から出されることもなく家に持ち帰るはめになる。
 渡す当人と会うと思っていなかった場合なども、その土産自体は自宅に置かれたままになってしまう。
 土産を渡すという行為はそれほどまでに難しいのだ。

 そしてその、家に置かれ続けたままの食い物の土産には、さらに賞味期限という関門が待っている。せっかく食品として生まれ、店先で選ばれ、長い距離を経て自宅に辿り着いた食材を、日数が過ぎたからといってそのまま廃棄出来るような人間であれば苦労はしないのだろうけど、そんな人間はこんな苦悩を抱えることもないだろう。

 かくして、今日も家に残った賞味期限が切れたばかりの食い物を消費すべく苦心しているのだった。1ヶ月ちょい前に行った名古屋で買った「ういろう」に味噌煮込みうどんのセットと長野で買った蕎麦まんじゅう。3ヶ月くらい前に行った沖縄土産の豚足加工品と紅芋のケーキに「ちんすこう」。これは長期間保つだろうということで去年行った長野で買った、りんごキャラメルと馬刺しの薫製。部屋の片付けをしたせいで発掘されたり冷蔵庫で眠り続けていたりしたそんな土産物を、まだ今なら食べられるということでなんとか胃袋に流し込む。少し苦手な甘い物との戦いが明日も続くと思うと、この胸焼けも収まる気がしない。
 やっぱり土産なんて嫌いだ。うぷ。

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