「歩いた先に」

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 ぐるぐる。うろうろ。
 今日も今日とて、スーパーの店内を歩きまわっているのだった。

 思うところがあって、一人暮らしを始めた。思うところといっても、その理由にはそんなに深い意味やら面白い理由などはない。
 実は、もうしばらくすると父親が単身赴任から帰って来ることになっているのだった。戻ってくるということは、行く時に買い揃えた家財道具一式は余剰品になってしまうということである。そんなに年数が経って老朽化している訳でもないし、せっかく一式そのままあるのに廃棄処分してしまうのも、もったいない。
 なまじ実家が首都圏だった為にずっと親元で生活してきてさしたる不便もなかったのだが、何か機会がないとこのままずっとこのままである可能性もある。それならば、そろそろ家を出てみるのも悪くないかと思っただけのことなのだ。
 どうせ家を出るのであれば、荷物が来る前に生活環境を移してしまった方が楽である。候補地として会社の近くを考えていたため、通勤時間の大幅な短縮も見込める。いいこと尽くめだ。善は急げ。何か途中で目的が変化した気はしなくもないが、とにかく不動産屋巡りをして、なんとか無事に部屋を借りた。最低限必要そうな生活用品やら雑貨を運び込むと、家財道具は少ないもののなんとか居住できるくらいにはなった。本格的な生活にはまだまだ物が足りないとはいえ、晴れて一人暮らしがスタートしたのであった。

 ということで始まった一人暮らしであるが、今までの親元での生活と大きく変わったことの一つは、食事である。実家と違って、部屋に帰っても食事の用意が出来ていることはない。自分で食う物を用意しないと、飢え死にしないとも限らないのである。
 外食という選択肢もあることにはあるが、バランスの取れた栄養補給という名目とあまり金銭的にも余裕が無いという実状によって、試す間もなく消え去った。ミュージシャンでもない私には、食事を取らないという選択肢を選ぶ程に気合も入っていない。手料理を作ってくれるような知り合いのお姉ちゃんもいない。飯を食って生きていくためには、料理の腕前が上手かろうが下手だろうが、自分で作るしかないのであった。

 こうして始めた自炊生活であるが、自分で全ての準備をすることになって気付いたことが一つある。買い物は楽しい。
 いや、買い物欲という言葉も世間にはあるくらいだし、それが面白くないとも思ってはいなかった。しかし、こんなにも楽しいものだとは予想もしていなかったのだ。
 考えてみれば、普段から実用というより趣味の一環として、安い電気製品やPCの部品の掘り出し物などを探して秋葉原を歩く、という行為をしていた。
 買い物に臨む前に、まずその商品のスペックや発売時期などの知識を仕入れ、各々の店の品揃えや安売りの傾向などを把握する。その日の特売品としてなにがあるかをチェックして、場合によっては保留ということも視野に入れる必要性がある。
 こういった労力をかけてまで買い物をするのは、安く買ったことによって得られる差額よりも、お得な買い物をしたという充実感を求めているからであると言っても過言ではないのかもしれない。
 これは、食材の購入でも同様であった。まず、自分の行動圏内に何軒のスーパーなり八百屋なり肉屋なり酒屋なりといった店があるのかを確認する。それから、何がいくらで売られているのかのだいたいの相場を覚える。どこの店だと何の品ぞろえがいいだとか、安いとかそういった傾向も掴んでおく必要がある。
 しかも、そんなに必要なものばかりでもない秋葉原での買い物に比べて、食材の買い物は非常に購入頻度が高い。CPUとかメモリが安いからといって、その度に買い込んでしまうような人はまずいない。いや実際にそういう人もいたりするのだけれど、とても一般的であるとは言えないので考えないでおくことにする。
 さらに、食品や日常生活品は、単価も安く必要なものが多い。スーパーの特売で安い食品があれば、それにあわせて献立を考えればいいし、日持ちがしないもの以外は安いうちに買い込んでおけばいい。
 実際に消費生活に密着している分だけ、購買意欲につながるものが非常に多いのだ。

 かくして、今日もスーパーのはしごをしながら特売品を探して店内を歩きまわっているのだった。
 今日は仕事も早く終わったので、心行くまでスーパーで物色が出来る。献立を考えながら、特売品のチラシを眺める。料理のレパートリーが豊富であるとはいえない現実は、献立を決める際にも大きく影響する。一人暮らしであるから、冷蔵庫に残っている食材も傷む前に使い切る必要性もある。この辺のバランスを取るのが難しいところでもあり、面白かったりするところなのだ。
 部屋に残っている野菜は、じゃがいも、にんじん、タマネギ、レタス、プチトマトにブロッコリーの煮たもの。卵とハムもまだあったはずだ。歩き回りながら朝食も視野に入れつつ献立と買うべき食材を考える。
 今日はカレーにしよう。やはり、若い一人暮らしの雑文書きの献立として、やっぱりカレーは基本だろう。一回作れば2、3日は持つから、仕事が忙しくてもすぐ食べることが出来る。
 延々とスーパーを歩き回って厳選したかごの中身は、本日の特売品というシールの豚肉に半額のシールが貼られたコロッケと牛乳と食パン。
 3日前に作った料理もカレーだったとか、5日前もカレーだったとか、自炊といいつつカレーばっかり作っているだとかいうことはない。ないんだったら。

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