私はまだ生まれていない。

だから、この頃のことは、父母から聞いたこと、祖母や親戚や母の兄弟姉妹や友人、そしてその他の周りの人から聞いたことを組み立てながら書くしかない。
本当か嘘か、私には分からない。
けれど私は、聞いたことを全て整理し、考え、分析して、今のところ真実として受け止めている。
ただ、これは私が体験した事実ではなく伝聞であるから、周囲の思い込みや捻じ曲げと、私の思い込みと捻じ曲げで歪んでいるかもしれない。
けれど、あえて、私が生まれてからずっと感じ、考えてきたことを残しておきたいので書いておく。

父と母は、今から31年前出会う。

その前に、母の生い立ちを少し。

母は、台湾省宜蘭県宜蘭市に六人兄弟姉妹の一番上に生まれる。
父親は、母が小学生の時に他界。
それから母は、一家の大黒柱としてずっと働いていた。
学校にも行けず、住み込みで台北市内にある、観光客相手の土産物屋に働いていた。
母は、かなり頭の切れる人だが、彼女の最終学歴は小学校だ。
家の財政事情が彼女の進学を許さなかった。
幼い子供を5人も母娘で食べさせていかなければならないのだ。彼らに教育も受けさせねばならない。
彼女は「長女」であり、しかも「女」であるということからも、進学は許されなかった。
その店は、母の両親のどちらかの親戚筋の人がやっていた店らしく、母はコネで入ったのだが、全く期待されておらず、お荷物として扱われ、常に雑用しか与えられなかった。
同僚や、後輩はどんどん出世していくのに、自分はいつも雑用ばかり。
やればできるのに、何もさせてもらえない。
他の従業員は皆、日本語や英語の家庭教師をつけてもらい、日々勉強をできる環境を与えられていた。
でも、そんなすばらしい環境を与えられているにも関わらず、皆はあまり真剣に勉強していない。
しかし、他の従業員の給料はどんどん上がって行くのに対し、自分の給料は当初から全く変わることはなかった。
その全てが母には腹立たしかった。
ものすごく悔しかったと今でも私に、よくこの頃のことを話す。

母は、そこでひとつの決意をした。
独学で他の従業員を超えてやろう。
そして、伯母の度肝を抜いて、自分の存在を認めざるを得なくしようと。

そして誰よりも負けず嫌いな母は、決意どおり、独学で語学を習得し、売上ナンバーワンまでのし上がり、伯母も周囲の人間も母のことを認めざるを得なくなった。
そして、母はその店でかなりの給料をもらうまでになった。
当時の台湾のサラリーマン(男)の給料の4倍ほどに値する給料だ。
その給料袋を封を切らずに母親に渡していた母には、もちろん遊ぶお金も、服やアクセサリーを買うお金もない。
同僚たちが自分の働いたお金で着飾り、遊びに出かけていくのをうらやましく思っていた。
当時、母は18歳。一番おしゃれしたくて遊びたい年頃だ。

そんな頃、母と父は出会った。

父は、当時大学生だった。
父の父親(私の祖父)は高校生の時に脳卒中で倒れ、父は高校に通いながらも家業を手伝い、家から程近大学に入学し、働きながら通っていた。
父の家は、父の父親が倒れるまでは農家一本だったが、私の祖父が倒れたことをきっかけに相続税等のことを考え、商売を始めた。
銭湯だ。
当時、父は毎日薪を積む軽トラックでねじり鉢巻で学校に通っていた。学校に行く前後に薪を取りに行ったりしていた。
苦労していると言えばしているかもしれない。けれど、父は結構この状況を楽しんでいたと今は言う。
父は自分の父親が寝たきりになっているため、父親の変わりに働き、それに見合う以上の給料を自分で設定し、スポーツカーを乗り回して遊んでもいた。
当時のサラリーマン(男)の給料の2倍に値する給料を手にしていた。
当時、父は20歳。やっぱり一番おしゃれしたくて遊びたい年頃だ。

その頃、台湾にある炭鉱掘りのバイトというのを知人に紹介され、父は軽い気持ちでそのバイトの話を受けた。
「バイトでお金もらえて外国にも行けるなんてラッキー。」
と思っていたそうだ。

そして、出会う。
ラッキーだったのかアンラッキーだったのか。
のちに私が生まれることになるのだから、ラッキーだと思いたいけれど、これが不幸の始まりとも言える。

台北市内を歩いていた父は、土産物屋で働いている母に偶然道を聞いた。
そこで一目ぼれしたのかどうかは、二人とも教えてくれないが、何かしら感じるものがあったのだろう。
なぜか、そこで2人はお茶を飲みに行き、連絡先を教えあい、残りの滞在期間中は、毎日デートをした。

遠距離恋愛の始まりだ。

週に何通も手紙を書き、文通を重ねた。
丸4年。
その間、3〜4回は会いに行ったと父は言っている。

ある時、この子しかいない、と思い立ち、どうにかなるだろ、とプロポーズした。
母はそれを受けた。

が。

ここから猛反対が始まる。






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りーどめっ