●--- 第2章:BOY MEETS GIRL ---


「・・・新型機、だって?」
「そうだ。俺たち、64th TFSが実験配備部隊となる」

半年前のことだ。突然、隊長が持ち込んできたニュースは、またたく間に部隊内を駆け巡った。
「高性能マルチロールファイターを先行導入」とあれば、いやがうえにも期待は盛り上がる。ここ数日、部隊はその話題で持ちきりだった。

・・・ただ、皆が気になっていたのは、今度の機体が複座型だ、ということだった。
64th TFSの現行機はF-22H。長年ソロでやってきた俺たちからすれば、新しい「相棒」がどんな相手か、自分の生命を預けるに足る奴なのか・・・期待とともに、一抹の不安は隠せない。

とはいえ、軍隊とは上意下達の組織だ。志願兵で構成されるUN軍は、モラルハザード対策や隊員の参画意識を高めるため、かつての徴兵制による軍隊ほど「がんじがらめ」ではない。・・・とはいっても、「命令厳守」の原則は代わるものではない。「複座機に乗れ」と命じられれば、乗るしかないのが俺たちだ。
それはそうだろう。いちいち部下の言うことを聞いていたら、軍は成り立たない。

ともあれ、もうすぐ新型機と新たな相棒が来る。それだけは、変わらない事実だった。


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2週間後。F-22より一回り大きい、ガルグレイに塗られたその機体は、格納庫に静かにたたずんでいた。

「・・・こいつが・・・」
「"MFA-17・MINX"。噂の最新鋭機さ・・・そして、こいつがお前の機、201だ、将臣」

ノーズから流れるようにつながるキャノピー。双発エンジン、軸間を離したブレンデッド・ウイングボディ。3次元推力偏向ノズル。エンジンの推力差までをも機動性向上に充てた、高機動性重視の設計思想が見て取れる。
機体前方にはカナード翼。水平尾翼はなく、代わりにフラットブラックに塗られた大きな2枚の垂直尾翼と腹部ベーン(安定翼)。その先端は、俺のパーソナルカラー、翡翠色に塗られている。

コクピットに潜りこみ、レバーに手を伸ばす。
MFDを中心に、シンプルにまとめられたコンソール。スティックから手を離さずにすべての戦闘操作が可能なように考えられた・・・いわゆるHOTASというやつだ・・・サイドスティックとスロットル。

しかし、スロットルからわずかに離れた場所に、球形を握りつぶしたような見慣れないグリップが配置されている。
そのグリップを見て確信した。こいつは・・・4DCV機だ。
あらためて機体を眺めれば、各部に設けられた姿勢制御スラスターのノズルが、その確信を確かなものとする。

「こりゃぁ・・・難物そうだな」

姿勢制御スラスターによって、強制的に横滑りや機首振りといった挙動を起こすことができる、新時代の高機動飛行体「4DCV」。
UN航空開発局の「目玉商品」だ。数年来研究が進んでいる、とは聞いていたし、俺もかつて、試験機に乗ったことがある。
・・・が、正直なところそれは、人間の制御できる限界を超えた代物だった。

「AIか何かでサポートでもしてくれれば楽なんだが・・・ん?」

後席に目をやり、・・・ふと、おかしなことに気づく。
シートがあり、航法と火器管制用のコンソールがある。そして最小限の操縦装置。それ自体は別段おかしいことではない。
ただ・・・すべてが大人の手には小さすぎるのだ。

「・・・そうだ、あとでパートナーが挨拶に来るはずだ・・・まぁ、うまくやってくれや」
そういい残し、隊長はハンガーを後にする。・・・あとには、俺だけが残った。


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そのパートナーは、だしぬけに現れた。
隊員食堂の一角、リフレッシュルーム。いつものテーブルに、腰を落ち着けようとしたその時。

「・・・見いつけたっ!・・・あなたが201のパイロットね?」
「?」

不意に声をかけられる。振り返るが、誰もいない。

「もー、どこ見てるのよー。下よ、下!」

視線を下へ落とす。
・・・そこには、少女が立っていた。

「あたしが201のナビゲーターだよ!・・・えへっ、よろしくね!」
「ナビゲーター?君が?」

「201のナビゲーター」と名乗るその少女は・・・少女というだけでも十分不自然なのに、戦闘機とは到底縁のなさそうな姿をしていた。
長く青い髪は左右で束ねられ、それを大きなモザイク迷彩柄のリボンで結わえている。そしてゆったりとした、エプロン風のドレス。
しかし、足元には無骨な戦闘機用の安全靴。エプロンには確かに、「NAVIGATOR 201」の文字。

・・・そして、手首と足首には、服装に不似合いな大きなリングが嵌められていた。
あれは確か・・・"プロミスト・リング"。

「・・・あは、やっぱ気づいちゃった?」

ちょろっと舌を出して、

「そ、あたしはDOLL。MINXの電子装備を制御するためのね。・・・だから、そんなに気を使わないでいいよ☆」
「・・・信じられん・・・君がDOLL・・・ロボットだって?」

この時代、人間に似たアンドロイドはめずらしくはない。
・・・しかし、そうは言っても、目の前に立っている少女は、どこから見ても人間の少女だった。話しながらのまばたきも、口調や息づかいも。

「ベースは諜報用だからね。万一撃墜されてもできる限り戻ってくるのが任務だし、ぱっと見でDOLLだと敵にバレちゃわないように、ってことなんだって。」

髪をかきあげる。その仕草までもが人間と相違ない。

「あ・・・と、俺は雨龍、雨龍 将臣だ」
「うん、聞いてるよ。ていうか、プログラムされてる」
「・・・名前は、なんていうんだ?」
「ん、『さくら』。・・・さくらっていうんだ、あたし」

「・・・さくら、だって?」

一瞬、耳を疑った。
あいつと・・・同じ名前。


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UNAF隊員宿舎、俺の個室。時間は0時を回ろうとしている。

「さて、俺はそろそろ寝る・・・おまえも自分の部屋に帰」

振り返ったところに目に入ったのは、寝巻き姿のさくら。
髪を下ろしているので、ずいぶん雰囲気が変わって見える。

・・・いや待て、そういう問題じゃない。

「帰るって・・・あたしもここで寝るんだけど?」
「な、なに!?」
「ささ、明日も早いんだから、早く寝よっ☆」

考えるヒマを与えず、俺の背中を押しながら隣のベッドルームへ。

「ちょ、ちょっと待てっ!お前には、羞恥心とか警戒心ってもんがないのか!?」
「だって、ナビゲータは"女房役"、パイロットとナビは夫婦も同然なんでしょ?」

「・・・襲うぞ。」

一応、脅してはみた・・・が、あいにく俺には少女趣味はない。

「パイロットと一緒に寝るぐらいの根性がなきゃ、ナビゲーターやってけないのよ♪」

なにをかいわんや、である。

「・・・男同士の場合も、ナビとパイロットは一緒に寝るってのか?」
「・・・違うの?」

ダメだ・・・埒があかない。

「もういい、俺はソファーで寝る!」
「だめだよ!そんなことしたら、体調崩しちゃうんだぞ!」

しばしの腹の探り合い。・・・やがて、ふーっと息をついて。

「・・・わかった、あたしがソファーで寝るよ」
「お、おい・・・」
「おやふみ〜〜〜」

呑気な声を残し、さくらは隣の部屋へ消えた。


・・・・・・
ブラインド越しに、青白い月の光が壁に縞模様を作っている。
時計の音だけが響く中、とりとめもなく考える。

さくら、か・・・・・・

あれから3年・・・やっと思い出にできそうだった、その名前。
考えが混沌としてくる・・・・・・いつの間にか、眠りに落ちていく。


・・・翌朝。
予感は的中した。
いつの間に入ってきたのか。ベッドの中、俺の背中にくっつくように・・・さくらが寝ていた。


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それからまた、数日が経った。

「待ってよー、うにゅう!待ってったらぁ!」
「"うにゅう"と呼ぶなって言ってるだろ!・・・だいたい、なんでどこへでもついて来るんだっ?」

あの日以来、さくらは将臣にずっとつきまとっていた。訓練、任務、食事、生活・・・そして、寝るときさえも。
邪険にしても、つっけんどんにしても、柳に風である。

「えー、だって、女房役だもん♪」

・・・何か、勘違いしているとしか思えない。


ただ、将臣は気づいてはいなかったが・・・
彼が考え事をしていたり、自分の時間に浸りたい時。さくらはまるでそれを察したかのように、すっと彼から離れるのだった。

そして、一歩置いたところから、それとなく将臣を見守っている。愛おしそうに。


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UNAF宿舎は食堂完備である。昔から軍隊の食事と言えば「量優先、味は二の次」だったのだが、メンタルへルスの研究が進んだ今ではその重要性が考慮され、なかなか食えるものになっている。
健康管理の面から、カロリーや栄養分を熟慮されたメニューが提供され、非番の日以外、隊員が自炊することはない。

そして、今日がその非番の日だった。

「腹減ったな・・・飯でも食いに行くか」
「ん?うにゅう、何が食べたい?」
「お、さくらは、料理とかできるのか?」

え゛っ、と一瞬の間。・・・そして言いにくそうに、

「・・・う、うん・・・できるよ」
「例えば?」

「・・・キバヤシカレーとか」
「・・・それは凄いのか?」
「う・・・うん」

キバヤシカレー・・・
それが一体何なのかはわからない。・・・しかし、俺の本能が"警戒警報"を発していた。

「・・・やめとけ」
「・・・ぁぃ」


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・・・街は黄昏、窓の外は、降りしきる雨。
なにをするともなく、部屋の中。

「・・・ね、ずっと気になってたんだけど」
「ん?」

俺にもたれかかっていたさくらが、ふと立ち上がる。

「この椅子だけ、なんで埃まみれだっ・・・」

部屋の隅にあった、揺り椅子に手をかける。
・・・あいつの好きだった揺り椅子。俺の部屋に来たときは、いつも・・・


「それに触るな!!」

自分でも驚くほどの大声。鋭い拒絶だった。


「!?・・・あ・・・・・・え?」

おびえたような、戸惑ったような表情。引きつった笑い顔が・・・蒼ざめている。


「あ、いや、違うんだ、その・・・だな」

「・・・・っ!!」


乱暴に扉を開く音。外の雨音。そして、バタバタと走り去る足音。


・・・さくらが走り去った部屋の中。呆然と、その揺り椅子に手をかける。
見るとあいつを思い出すから、あえて目をそむけていた、その揺り椅子。
埃を払い、きれいに拭いた跡があった。・・・そして、涙の跡が一つ。

・・・跳ねるように立ち上がる。傘をつかみ、走り出る。降りしきる雨の中へ。
探すあてがあるわけじゃない。・・・それでも、居ても立ってもいられなかった。


・・・結局その日、さくらは、帰ってはこなかった。


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次の朝。
ほとんど寝付けないまま、俺はブリーフィングルームへの廊下を歩いていた。
アラート要員として、スクランブル待機任務。・・・しかし、傍らにさくらはいない。
さくらなしで、MINX201が飛べるのかはわからない。・・・・・・が、とにかく、行ってみようと思った。

交代までにはまだ少しある。時間つぶしに訪れた、隊員食堂の一角、リフレッシュルームのいつものテーブル。
愛用の両切りに火を点ける。頭の後ろに手を回し、背もたれにもたれかかる。

「・・・・・・」

ぼんやりと天井を見上げる。
煙が輪になり、空気清浄機に吸い込まれていく。


くわえていた煙草が、急に口元から消える。身を起こし、周囲を見渡す。

「・・・おはよ。」

そこに、煙草をつまんださくらがいた。
一見怒っている様子でもない、その無表情さがかえって怖い。

「・・・あー、その・・・なんだ・・・・・・」
謝りたい思いはあるのだが、言い出せない。気まずい雰囲気。目を合わせられない。

「・・・うにゅう。」
「え?」
「ちょっと、腰かがめて。」

席を立ち、両膝に掌を突いて腰をかがめる。中腰の姿勢。

・・・と。

「・・・えいっ!」

ぱかんっ!!
景気のいい音。視界に星が飛んだ。

「ぶほっ!?っ、痛(て)〜〜〜〜〜っ!」

「・・・ふーっ、すっきりしたっ、と。・・・ほら、いこっ!ブリーフィング始まるよっ!」
「お、お、おいっ!?」

さっぱりした顔で、俺の手を取って元気よくグイグイと引っ張っていく。ブリーフィングルームへ。

二人の去ったリフレッシュルーム。自動販売機の陰から、少女と大男の姿が現れる。

「はぁ〜・・・おネーちゃんもたいがい甘いのですよ〜」
「ま、あいつならとりあえずあんなもんだろ。あとは訓練でじっっっくりいたぶってやるさ」

 

・・・そしてその台詞の通り、その日、将臣には恐るべき訓練地獄が待っていたのであった。

 


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