●--- 第3章:ナイトメア ---


1500時。MINX-17・Phase2とPhase3の2小隊は攻撃目標に接近。作戦開始。
目標、ウサディア平原のレクテナ施設。敵軍の重要な電力補給拠点だ。

「301から201、俺たちゃ爆弾山積みで身重なんだ、きっちりお掃除しといてくれよ!」
「201から301、了解了解。まかせときな」

Phase2の任務は制空権確保。AAA(対空砲)やSAM(地対空ミサイル)、防衛隊の戦闘機を潰し、Phase3の爆撃をサポートする。
Phase3は身一杯に爆装、地上攻撃。次々と目標を破壊していく。


「303、ビンゴフューエル!補給のため一時帰投します!」
「001了解!猫の手も借りたいんだ、とっとと戻ってこいよ!」
「ほぇ?呼んだですか?」

「うわ!AAA多数出現っ!」
「多数じゃわからん!いくつだ!?」
「えっとえっと・・・たくさん!」

「AAM、キタ━━━━━━(゚Д゚)━━━━━━━!!」
「"キタ━━━"言うなっ!」


MINXに慣れ、相棒にも慣れたパイロット達。戦場だというのに生き生きとしている。
全制御施設、沈黙。アンテナ破壊率:85%。施設稼動効率は12%に低下。まさに楽勝だった。

 ・・・少なくとも、この時までは。


--------------------

『・・・ナインティナイン・エアクラフト!ナインティナイン・エアクラフト!AW-1より全機へ!』

短い警告音と共に、AW-1から緊急入電。・・・増援か?

『新たな敵機を確認、速度は・・・マッハ4.5!?』
「なんだって?・・・ミサイルか?」
『戦闘機と推測されます!この機体は・・・まさか、そんな!』

早期警戒機からの敵機情報が、MFDに表示される。

「201さくら、機体識別コード確認・・・『XFA-15/000x』・・・ま、マジですか!?」
「000x・・・だって?」
「・・・ペルソナ・・・・・・なんで?・・・なんで春菜がここにいるの!?」

遠距離映像が入る。揺らぐ陽炎の向こう、MINXに似たその機体は漆黒に塗られ、禍々しいその動翼類は悪魔を連想させる。
XFA-15・ペルソナ。MINXの試作機にあたる実験機。ナビゲーターDOLL「HARUNA」を搭載した、初の機体。
実験中の事故で爆散した、と公式記録には・・・

・・・その機体は、一直線にMINX-17を目指していた。

『AW-1より各機!000xからのIFF応答なし、友好信号、確認できません!』
「あわわわわ、ど、どうするのですか〜〜〜!?」
『AW-1より各機、交戦を許可します!』
「001、了解!・・・行くぞ野郎ども、お嬢さんの目を覚まさせてやろうぜ!」

 

速度を亜音速に落とし、一直線に飛行するペルソナ。まるでMINXを誘うかのように。

「201、バックを取った!・・・なんだ?スキだらけじゃないか・・・」
「001ねここから201・・・おネーちゃん、気をつけるのですよ〜・・・なんか、様子が変なのですよ〜」
「001より201、攻撃は待て・・・だが、油断はするなよ」
「201、了解」

背後を取らせたまま、悠然と飛行を続けるペルソナ。

・・・陸地が途切れ、海上に出た。


「000x、増速!」
「・・・くっ!全機、振り切られるな!!」

スロットルをゾーン5に叩き込む。フルアフターバーナー。
ペルソナ、MINXの加速を待ったかのようにエアブレーキ。急制動をかけながら右ロール、6Gで引き起こし。

「うわ、性悪っ!」
「各機散開!同士討ちするなよ!」

 

ペルソナは202を追っている。ジンキングで振り払おうとする202。しかしペルソナは追随する。まるで、その動きを予測しているかのように、離れない。

「201から202!フォローする!」

ペルソナの背後を狙う201。RDY AAM-09A。ロックオン、フォックス・トゥー。
左へ回避するペルソナ。しかしその先には001が先回りしている。アドリブでのオフェンシブ・スプリット(挟み撃ち)。
SSTPによって互いの位置を「直感」できる、MINXならではの連携プレイ。

「おっしゃ、もらった!」
「春菜おねえちゃん、ごめんなさいなのですよ〜!」

001はフォックス・トゥー。2連射。

・・・次の瞬間、ペルソナは信じられない行動に出た。
機首下部と後尾上側のスラスターを点火、機体重心を軸にして縦ロール。180°転回でガンアタック。熱源−ペルソナのエンジン−を狙い直進していたミサイルを撃ち落とす。

「な!?」
「はにゃっ!?」

そのまま縦ロールを続け、元の姿勢に戻ったペルソナに、201が後上方から襲いかかる。
ペルソナ、90°右ロール、8Gで引き起こし。ジンキングか、と思った瞬間。いきなり、その機首が201を向いた。
エンジンストールをも省みない、スラスターによる強引な機首振り。

「しまっ・・・!」
「な、なんですとー!?」

ロックオン警報が鳴り響いたのと、ペルソナからミサイルが放たれたのはほとんど同時だった。超高速ミサイル・HAM-99。
201、反射的に右へサイドスラスト。横っ飛びするように平行移動。

確信はあった。AM-90系は速度に比して小回りが利かない。距離が近かったのも幸いし、かろうじて直撃は回避。キャノピーをかすめるようにすれ違う。
しかしミサイルには、近接信管と時限信管がセットされている。・・・一瞬の閃光。


--------------------

・・・・・・

「・・・しろ201,応答しろ201・・・くそったれ、眼ぇさませ、将臣!」
「おネーちゃん、おネーちゃぁん!!返事するのですよおっ!!」

・・・スピーカーからは、001からの悲鳴にも似たコール。
しかし、ものすごい風の音にかき消されそうだ。


・・・風、だって?

口の中にぬるりとした感触。血の味。左の視界が赤黒い。

「・・・201から001、キャノピーをやられた。操縦系統は無事だ」
「001から201!000xは撤退した!」
「撤退?なぜだ?」
「理由(わけ)はわからんが、とにかく命拾いしたな・・・201、帰投できるか?」
「左瞼を切った、眼が開けられない・・・さくら、操縦を代行してくれ・・・さくら?」

後席からは反応がない。かすむ右の視界で、バックミラーをにらむ。

ぐったりと、コンソールにもたれかかるさくらの姿が目に飛び込んでくる。
エプロンドレスが赤く染まっている。血のような赤。
左肩から胸にかけて、ざっくりと開いた傷口。その中に、鈍く光る内部機構。

「!さくら!?」
「・・・へへ・・・ドジっちゃった・・・左腕、動かないや」
「食らったのか?」
「うん・・・キャノピーが・・・ね」
「・・・・・・」

・・・そういえば、あの時もそうだった。キャノピーの破片が・・・

「・・・やだなー、そんな顔しないでよ・・・」

どこか弱々しい笑い。"痛む"のだろうか。

「あたしは大丈夫。・・・とにかく、帰ろ?」
「眼をやられた。血糊でよく前が見えん・・・・・・仕方ない、着水させるぞ」

「・・・うにゅう、眼をつぶって」
「え?」
「いいから、あたしに任せて!」

強い物言いに、言われるまま眼を閉じる。・・・目眩にもにた感覚。

 

・・・眼を開くと、そこには日の落ちた暗い空があった。
前席には、パイロットシートと見慣れたヘルメット。
ここは・・・後席か?

(あたしの視界だから、視野のズレには気をつけてね・・・計器は見えるでしょ?)

直接頭の中に響くような、声ではない声。さくらの「思考」そのものが流れ込んでくる。

 

・・・それは奇妙な体験だった。
しかし、現実であれ幻覚であれ、今は基地に戻ることを考えるのが先だ。
現実ならば、受け入れるしかない。

傷だらけの201は、海上を滑るように基地を目指す。
さくらの視界とともに、彼女の「思い」が流れ込んでくるような気がした。
自分勝手で口はよくないが、いつもどこかで俺のことを想ってくれている・・・

・・・そうか、あいつに似ているんだ。


--------------------

『・・・ナインティナイン・エアクラフト、HQより全機。201が被弾、緊急着陸する。全機、着陸は待て。救護班・消防班は待機・・・』

1804時。201、ファーン基地へ着陸。救急車(アンビュランス)が駆け寄ってくる。
着陸とほぼ同時に、"さくらの視界"が揺らぎ、自分の視界が戻ってくる。ヘルメットを脱ぎ捨て、血糊を拭う。後席を振り返る。

「帰ってきたぜ、さくら・・・・・・さくら?」

返事はない。ハーネスを解くのももどかしく手を伸ばす。肩を掴み、揺する。
さくらの顔から、表情が消えていた。・・・まるで魂を失ったように。光を失った、生気のない瞳。

「さくら!どうした!おいっ!・・・さくら!」

あの悪夢が、脳裏に蘇る。愛する者を失った、あの悪夢の瞬間。


・・・ほんの数10秒が、永遠のように感じられた。

「・・・なーーーんちゃって☆」

突然、さくらが目を覚ました。いたずらっぽい顔で、にぱっ、と笑ってみせる。

「!?」
「大丈夫だってば〜・・・へへー。びっくりした?」
「・・・お・・・お前なぁっ!!」


--------------------

「羽龍二尉は・・・眼瞼部と側頭部裂傷、全治2週間だね」
「・・・・・・」
「さくらは・・・精密検査の結果次第だけど、オーバーホールになるかもしれないね。・・・最悪、半月ぐらい入院になると思ってくれ」
「そうか・・・いい機会だ、じっくり治したほうがいい」
「うん・・・ごめんね」
「謝るのは俺の方だな・・・報告に行ってくる」
「うん。じゃ、またあとでね」

かすかなモーター音とともに扉が閉まる。メディカルルームには、さくらとドクターだけが残された。
さくらは応急処置、包帯に包まれた細い肩。身を動かすたび、かすかな駆動ノイズが痛々しい。

「・・・EXAMだね?脳波リンクで視覚を共有したのか・・・」
「・・・うん」

EXAM。脳波リンクによってパイロットとのリンクを実現するシステム。
春菜に試験的に搭載されたシステムだが、問題も多く、開発は凍結されていた。

「確かに、初号機である君の体内(なか)には、EXAMシステムが残ってはいる・・・でも、インターフェイスもなしに、いったいどうやって?」
「うにゅうを助けたい、って思って・・・未使用のポートに最小限のプログラムして、EXAMを直接叩いたんだけど・・・」
「リアルタイム制御か・・・無茶をする・・・よくまぁ無事で・・・」
「・・・・・・」

「EXAMの制御には、大変なCPUパワーを必要とする。開発が凍結されたのもそのせいなんだ・・・
 ・・・下手をしたら、あのまま再起動できなかったかもしれないんだよ?」

父親が娘を諭すように、ドクター。

「うん、それはわかってる・・・わかってたけど・・・」

沈黙。空調装置の音だけが、部屋を支配する。


「どうして、羽龍二尉には冗談で通したんだい?」
「それは・・・」

 少し間を置いてから。

「また同じ思いをさせたくなかったから・・・かな」

「・・・思い?」

窓の外に、視線を泳がせる。

「・・・あたしだって、もうあんな思いしたくないもん。・・・あたしにも、わかるもん。」

 

窓の外には、宵闇。夜の帳が、下りていく。

 


↑Back to TOP
←Previous Chapter |◎Appendix |Next Chapter→