●--- 第4章:RETURN TO ZERO ---


ペルソナとのドッグファイトから数日後。分析班による情報解析の結果、ある事実が判明した。
パイロットシートは無人、ナビシートにはナビゲータDOLL、春菜の姿。
・・・ペルソナは、春菜一人によって操られていたのである。

交信記録の傍受から、ペルソナが敵部隊のリーダー格であることは明白であった。
・・・いや、むしろ彼女こそが敵部隊の頭脳、だと言ってもいい。
敵の全部隊は、春菜からの指示で行動していたのだ。

ペルソナに・・・春奈に文字通り「翻弄」されて以来、MINX-17の訓練はますます熱が入っていた。
最初は「後席の少女」に戸惑っていた隊員たちも、彼女達の能力を認めるにつれ、その認識が変わっていった。
「HArmonize RUling NAvigator(協調管理ナビゲータ)=HARUNA」。 その正式名称の通り、パイロットと彼女達との信頼が深まるにつれ、彼女達のサポートは的確なものとなっていく。 そしてパイロットもまた、彼女らを守るべく空戦技術に磨きをかけていく。
・・・ いつしか、MINX-17は「エースパイロット集団」と呼ばれるようになっていた。

あの日以来、時折り偵察機が飛来する程度で、戦況に大きな変化はなかった。
敵も・・・春菜も、戦力を蓄えているのだろうか。


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「・・・それにしても、解せんなぁ・・・」

草笛をくわえ、草むらに寝転がる隊長。
久しぶりの屋外訓練、休憩時間のMINX-17。滑走路の端の草原で、隊員たちが思い思いに休憩を取っている。

「・・・201(リーダー)のことですか?」

身を起こしたのは202のパイロット。黒羽 隆。その横には、彼のナビゲーター、まゆらがいる。

「んむ。」

帰投した時、201はひどい状況だった。羽龍ニ尉は片目が見えず、さくらは機能停止。・・・あの状態で、どうやって帰投してこられたのか、他の隊員にはわからなかった。
あれから10日。さくらはまだ、ラボから帰ってこない。

「・・・それもあるが・・・」

隊長は言葉を繋ぐ。

「試作機の行方不明、基地の無血掌握・・・・・・発端からして、妙なことが多すぎると思わんか?」

ペルソナの行方不明から、突然の蜂起までの1週間。大陸全土を監視できる防空監視網を持つはずのUNは、完全にペルソナを見失っていた。
そして、基地の無血掌握。突然システムがすべてのコントロールを受け付けなくなり、自動防衛機構が基地から人間を排除したのである。

「それと・・・あの、私が言うのもなんなんですけど〜・・・」

まゆらがおずおずと、口を開く。

「・・・どうして私たちは、心を持たせてもらえたんでしょう?」

「HARUNA」を開発するに当たり、軍首脳が出した要求は、「単機での作戦行動が可能なこと」と「戦闘には不要な人格機能の抑制」であった。
設計チームは反対したが受け入れられず、軍の要求どおりの仕様を追求した「HARUNA」・・・春奈は、オーバースペックな情報処理能力と、融通の利かない思考を持つDOLLになっていた。
・・一方その裏で、開発チームは独自に、パイロットの精神的サポートとコミュニケーションに主眼を置いた、「N.I.S.E.-HARUNA」の開発を進めていた。

そして、あの事件が起こった。ペルソナの行方不明と、突然の基地蜂起。

数日後、軍首脳は唐突に今までの主張を捨て、「N.I.S.E.-HARUNA」の正式な開発を承認したのである。
それは、あまりにも急な転換だった。

首脳部は、何かを隠している。
誰もがそう直感していたが、それ以上言及する者はいなかった。


・・・そして、そもそも人間を守るべき戦闘機械たちが、友軍を襲いだした原因は・・・やはり、謎に包まれたままであった。


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地上では重い曇り空でも、その上に出てしまえば常に晴天だ。
201は雲海の上にいた。退屈な哨戒任務。

2週間が過ぎ、俺の傷は再飛行可能なまでに癒えたが、さくらはまだ帰ってこなかった。
さくらのいない201。時折、こうして他のDOLLと組んで飛んではみるが・・・やはり、何かしっくりとこない。


「・・・なぁ、双葉」
「はい?」

沈黙に耐え切れなくなって、ふと切り出す。他愛のない話。

「あいつを"タダキチさん"と呼ぶ癖、まだ治らないんだな」
「インプリンティングしちゃってますから。・・・なかなか、抜けないんです」

苦笑い。恥ずかしそうに。

"タダキチ"は渾名だ。由来はわからないが、みんな"タダキチ"と呼んでいる。本名は・・・


「・・・うにゅうさん?」
「なんだい?」

双葉まで「うにゅう」呼ばわりか・・・内心、苦笑しながら答える。

「・・・さくらさんとは、うまくいってるんですか?」

思わず、咳き込む。

「な、なんだよだしぬけに。 そりゃどうって・・・なぁ。」

ミラー越しに後席の双葉。・・・しかしその表情は、真剣だった。

「私が言うのもおせっかいだとは思うんですけど・・・さくらさん、なんだか気にしてたみたいで・・・」
「・・・・・・」
「自分が立ち入れない壁があるって・・・力になれないのが、淋しいって」


「・・・・・・俺、さ」
「はい?」
「将来を誓い合った相手がいたんだよな」
「え・・・」

「死んじまったけど・・・な」

ぽつりぽつりと、思い出話をはじめる。

   ・  ・  ・  ・  ・

俺はかつて、ユーキー基地の戦闘航空隊・61th TFSに所属していた。
任務は基地周辺の哨戒と防衛。愛機は、複座型のF-22HD。
そして、配属と同時に、俺の相棒・・・ナビゲータとなったのが、その女性・・・御影 桜だった。

「活発で、ちょっと口が悪いっつうか、毒舌なところがあってな・・・そりゃ、最初はなんてやつだと思ったよ」

だが、その奥に見え隠れする優しさに気づいた時・・・
俺たちはどちらからともなく惹かれあい、いつしか周囲公認の仲となっていた。

「けどな・・・」

そんな幸福は、長くは続かなかった。

基地の無血掌握。突然のメインシステム暴走により、ユーキー基地は、突如敵の手に落ちた。
哨戒任務中、基地からのエマージェンシーコールを受け、基地上空に戻った俺たちを待っていたものは・・・
味方だったはずの防空システムの迎撃、そしてAI戦闘機の容赦ない攻撃だった。


「せめて一矢報いようと、したんだよな・・・深追いしたのが間違いだったんだ」

防空システムがAI戦闘機を誤射。その破片が・・・俺たちのF-22に、襲いかかった。

「・・・64th TFSの援護を受けて、ファーン基地に着陸したときには・・・ナビシートは血まみれだった。
 ・・・もう、手遅れだったよ」
「・・・・・・」

「それからしばらくは・・・自分を責めて、他人に当たり散らして・・・散々だったな。
 そんな俺を、自分の部隊・・・64th TFSへ引き込んだのが、今の隊長ってわけだ」

「・・・そう、だったんですか・・・」

「すまん、つまらない話聞かせちまった」
「いえ、私こそ・・・・・・、ごめんなさい」

沈黙。

「・・・それでも・・・」
「?」
「さくらさんの気持ちも・・・汲み取ってあげてくれると、うれしいです。・・・あの子の気持ちも・・・・・・」


あとは、二人とも無言だった。

1730時、任務交代。空域に異常なし。401に任務を引き継ぎ、201は帰投コースへ。

 


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