●--- 第5章:絶対領域突破 ---


隊員食堂の一角、リフレッシュルーム。いつものテーブル。

3日前の、あの双葉との一件以来、どこか上の空の日々が続く。

「・・・『あの子の気持ち』、か・・・」

思わず口走り、あわてて周囲を見回す。・・・誰にも聞かれてないよな。


「・・・うーにゅうっ☆」

背後から懐かしい声。振り返ると、そこにさくらがいた。
腕を後ろに回し、少し上半身を傾けてポーズをとっている。

「・・・さくら!もういいのか?」
「ばっちりばっちり!・・・へへー、どう?似合う?」

その場でくるっ、と回ってみせる。

「・・・?」
「・・・わかんないの?衣装、変わったんだよ!?」

そう言われてよく見ると、彼女の衣装がちょっと凝ったデザインのものに変わっている。
ジグザグを基調にしたエプロンとスカート、そして赤い飾りボタンのアクセント。

「・・・ああ、そういえば確かに・・・」
「うーわー、ひどっ!せつなさ炸裂っ!」
「すまん。男ってのはそういうところが鈍感なんだ」
「・・・・・・ふーーーーん。」

ジト目。思わず目をそらす。

「・・・まぁいいや!これで基地のみんなもイチコロねっ!」

顔をそらしたまま、横目でさくらを見やる。
オーバーホールついでにバージョンアップしたのだろうか。心もち背が伸びた気がする。
「ナイチチ」をもって任じていた胸元も、ほんの少しだが・・・

・・・と、彼女の胸元に目が行く。二等空士の階級章。

「・・・お、階級、上がったのか?」
「ほー、そーゆーとこしか見てないわけね〜」

いたずらっぽく。

「・・・ぅぁ」

返す言葉もなかった。


--------------------

その夜、0320時。突然の警戒警報。総員に非常呼集発令。
緊急ブリーフィング開始。あわただしく状況説明が始まる。

「・・・まず0305時、ヨグレット基地からの連絡が途絶えた」

64th TFSの所属するファーン基地は、半島の中ほどにある。半島の根元には62nd,63rd TFSが所属する基地があり、64thを先端とする三角形の陣形を取っていた。
ホログラムスクリーン上、62nd TFSの基地に、赤い×印がつけられる。

「次に0318時、グンジーン基地が通信途絶・・・」赤い×印。


それは、ファーン基地の「孤立」を意味していた。


「・・・かかる状況を打開する方法はただ一つ・・・基地を放棄し、戦闘機隊を先頭に敵包囲網の強行中央突破を図る!」
「・・・うわー、最低だぁ・・・」
「こら、さくらっ!」

しかし正直なところ、それは部隊全員の本音ではあった。

「うむ・・・我々としても、もっとも取りたくはない最低の選択肢だ。・・・しかし、現状では取りうる策はこれしかない」

それもまた、全員がわかっていることだった。・・・もちろん、さくら自身にも。


「続いて、本作戦の概要を説明する。」基地司令が言葉を続ける。

ファーン基地の周辺図が拡大、人工衛星によって把握された敵軍の布陣がスーパーインポーズ。

作戦の概要はこうだ。
ファーン基地の西側から南、基地前方の海へ抜ける大河がある。
その河の向こう岸には、自走AAA部隊・コードネーム「プリーツ」が展開していた。
そして、基地の反対側には航空機部隊「ソックス」。ファランクス防空システムの射程圏には近づけずにいるが、基地から一歩出ればどうなるかはわからない。
両者の守備範囲の境界、大河上空を強行突破する。少なくとも対空砲は、味方の誤射を避けるために攻撃の手をゆるめざるを得なくなるはずだ・・・
というのが、本作戦の趣旨だった。

作戦本部が名づけたエリアコードは、「絶対領域」。
作戦決行は0500時。・・・時間がなかった。


--------------------

「・・・うにゅう、そろそろ行かないと・・・」
「ああ・・・わかってる」

私物を持っていく余裕はない。最小限の身の回り品だけをリュックに詰め込み、ぶら下げている。
目の前には、あの揺り椅子。あいつと・・・桜との思い出の品。

「・・・・・・」

隣には、無言のさくら。

「・・・行くぞ」
「・・・あ・・・うん」


扉を閉じる前、もう一度だけ振り返る。

・・・桜が、いたずらっぽく笑っているような気がした。
親指を立てたサイン。・・・「GOOD LUCK」。


思いを振り切って、扉を閉じた。


--------------------

朝日が乱反射し、光に満ちた水面すれすれを疾走する64th TFS、MINX-17。雁行編隊。彼方に、旋回する敵機が見える。
機密物資と基地職員を満載した輸送機部隊を引き連れているので、速度を上げて振り切るわけにはいかない。
輸送機部隊の左右には、ありったけの巡航ミサイル。
・・・敵を狙おうというのではない。信管をロックした巡航ミサイルを「盾」に使おうという魂胆だ。ほんの気休めにすぎない。

「・・・撃ってくるなよ・・・くるなよ・・・」

積めるだけのジャマーやデコイを積み、先行しながらばら撒く戦闘機隊。空間受動レーダーが実用化された今では、これもまたほとんど気休めだ。
電波探知方式のレーダーで見れば、光の帯のようになっているであろう脱出ルート。その「道幅」を一杯に使い、ランダムに進路を変えながらの脱出行。
全周波数帯域へ向けてのジャミングで、味方同士の通信すらおぼつかない。
味方の制空権に入るまでは・・・ひたすら耐えるだけだ。


・・・しかし、予想に反して、攻撃らしい攻撃はなかった。


基地から脱出した全機が、安全地帯まで退避した頃・・・ファーン基地は閃光に包まれ、火球へとその姿を変えた。自爆装置作動。
無言の将臣を、さくらがじっと見つめていた。

 


↑Back to TOP
←Previous Chapter |◎Appendix |Next Chapter→