●--- 第6章:天使の眠り、悪魔の顎 ---


絶対領域突破から3ヶ月後。哨戒任務を終え、MINX201帰投。
アレスティング・フックダウン。着艦。
タキシングする201の主翼に、「UNN TRIUMPHAL」の文字があった。

マルチロールファイター・・・多目的戦闘機であるMINXは、空母上での運用も難なくこなす。就役直後で部隊数に余裕があったこともあり、64th TFSは「UNN Triumphal」所属となっていた。・・・受け入れ先が決定するまでの間ではあるが。
空軍と海軍という所属の差こそあるものの、元々「混成軍」であるUNではそれほどの確執はない。DOLL達の人当たりのよさも「緩衝材」となり、彼らはごく自然に受け入れられていた。

敵戦闘機AIの、戦闘パターン把握および分析に成功したことにより、次々と基地は奪回されていった。
・・・ただ、それはどこか、まるで基地を自ら放棄していくようにも見えたのだが。


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UNF −UNAFとUNNの連合軍− は、敵軍中枢部に迫る。
残るは司令部、プラエス基地。プラエス渓谷内にある自然の要塞。

敵は「穴熊戦法」を取っていた。敵機の飛来は明らかに減り、守りに入っている。体勢を立て直す時間を稼ごうとしているのか。
敵が体勢を立て直す前に司令部を急襲、制圧する。長引く戦いを終わらせるには、これしかない。
UNF首脳陣は、「一点突破による司令部壊滅作戦」の決行を決断した。

・・・しかし、そこには最大の難関が待ち受けていた。
渓谷には、罠が仕掛けられていたのだ。


0625時、強行偵察任務を帯び渓谷に侵入した無人偵察機が、突如コントロールを失い墜落。
調査の結果、渓谷内には電磁波発生装置が仕掛けられ、磁気嵐が発生していることが判明した。
磁気嵐は電子機器を狂わせ、その制御を失わせる。FBW(フライバイワイヤ)システムによって人間を補正する近代戦闘機では、電子機器の障害は命取りになりかねない。当然、巡航ミサイルや無人機での遠隔攻撃は不可能。
突破できうるのは、人間と電子制御ではない旧式機だけ。・・・しかし、その先には、ペルソナが・・・春菜がいるのだ。

・・・取りうる作戦は、ただ一つだった。
MINXの電子機器をロック、電子制御なしで渓谷を飛び抜け、司令部に侵入する。


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MINX-17、プラエス渓谷に接近。いつにない緊張感が漂う。

「001より各機!まもなく電磁障壁だ!各機、FBWシステムをマニュアルホールド!DOLL各員はスリープ状態に入れ!」

人間並みの偽装がほどこされているとはいえ、DOLLも「電子機器」に変わりはない。
万一の機能異常やAI損傷・・・大事な「相棒」を、そんな危険な状態には置きたくはなかった。


「・・・うにゅう。」
「何だよ」
「岩壁、ぶつかったりしちゃヤだからね。ちゃんと戦闘空域まで連れてってよ!」
「わかってるよ!・・・ったく、信用ないなぁ」
「んじゃ、あとは任せたよ・・・」

瞳を閉じ、シートにもたれかかる。

「201さくら、システムスリープに入るね・・・えんいー・・・」

¥e、と終了コードを告げ、大きくふぅ、と息をついて、さくらは沈黙した。


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空戦性能を最重要視されたMINXは、故意に安定性をスポイルするような設計がなされている。高度な電子補正によって、高機動性と安定性を両立しているのだ。
その「電子の手綱」を失ったMINXは、暴れ馬と呼んでもいい。
動翼の大半は安定性重視モードでロックされているとはいえ、設計時点から安定性を考慮されていないその機体は、渓谷の乱流に揉まれ容易にバランスを崩す。
一瞬たりとも気が抜けない緊張感のなか、パイロット達の集中力が削られていく。
強烈な電磁波。それは電子機器のみならず、パイロットにも幻覚や不快感をもたらす。・・・人間も、長くは持たない。

揺らぐ視界。将臣は首を振り、前を睨み据える。
バックミラーに映る、さくらの寝顔が、桜とダブる。


"・・・将臣・・・"

ふと、声が聞こえたような気がした。

「・・・桜!?」

"・・・将臣・・・あたし、淋しいよ・・・"

「桜・・・か?・・・どこだ?・・・どこにいるんだ?」

"・・・ここだよ・・・"

白くぼやける視界の先に、懐かしい姿。ショートカットの髪。笑いかける、桜。
思わず、手を伸ばす。

"おいでよ・・・さあ・・・行こう・・・いっしょに・・・"

 

『・・・違うよ』
「!?」

背後から静かに、何かに包みこまれるような感覚。
姿は見えないが、わかる。

『それは、桜じゃないよ・・・あなたの後ろめたさが作り出した、桜の影・・・』

目の前で笑いかける、桜の影が揺らぎ、消えていく。

『あたしは、ここだよ。・・・・・・ここにいるよ・・・いつも・・・』
「・・・・・・」

『さぁ、もう時間がないよ・・・目を開けて』

ぼやける視界を振り払い、目を見開く。


・・・鳴り響く衝突警報。目の前に岩壁。岩肌のコントラストが、桜の姿に見えた。

「!!」

ラダーを蹴りスラスターON。緊急回避、右へ。
補正のかかっていない、急激な機動。側面衝突のような衝撃。
機体ギリギリに迫った岩壁に反響したエンジン音がゴゥッと唸り、そして遠ざかる。

「ふぅ・・・くそっ、目が覚めたぜ・・・」

後ろを振り返る。
さくらはシステムスリープのまま、人形のようにハーネスに縛り付けられていたが・・・
その口元は、かすかに微笑んでいた。


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『・・・た機体は、状況を報告し、DOLLを再起動してください!繰り返します、通信が回復した機体は・・・』

ノイズを奏でていた通信機から、AW-1の声が飛び込んでくる。

コンソールに急ごしらえで後付けされた、赤いボタン。「WAKE UP」と書かれたそれを、拳で叩く。

「・・・ん」

後席で、さくらが身じろぎする。・・・そして、大きくふぅ、と息をついて、目を開く。

「・・・お、渓谷を抜けたんだね!えらいえらい!」

「・・・さくら・・・・・・ありがとうな」
「ん?何?」
「いや、なんでもない・・・戦闘空域に到達、行くぜ!」
「?へんなの〜・・・」

怪訝そうに言いながらも、その手は反射的にコンソールの上を走る。
機体状況確認、全兵装チェック。オールグリーン。

渓谷を抜けたMINXは、地表すれすれまで高度を落とし雁行編隊。
互いに視認したAAAやSAMの位置情報をSSTPで交換しながら、対空網をかいくぐる。

・・・目指すは、最終攻撃目標・プラエス基地。

 


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