2014.2.2
ハーモニーボーカル回顧録 Phillip Everlyに捧ぐ

 2014年1月3日、エバリー・ブラザーズの弟、フィル・エバリーが亡くなった。1939年生まれの74歳であった。
日本の1960年代の黄金の洋楽時代、テレビのヒットパレードやシャボン玉ホリデーで覚えた曲は数えきれず、曲名や歌詞は判らなくともそらで歌えるほど耳に滲み込んでいたのが ”夢を見るだけ” という曲。坂本九と弘田三枝子と言ったように男女のデュエットで聴かせてくれることが多かったが、極めつけはザ・ピーナッツだった。双子の姉妹なので、声質が同じ2声ハーモニーに聴き惚れたものである。
 この原曲 ”All I Have To Do Is Dream” がエバリー・ブラザーズの曲だと知ったのは70年代、高校生になりたての頃であった。さすが兄弟デュオはとても滑らかなハーモニーだと思ったものである。
 もうひとつの特徴は、彼ら以前では殆ど見られなかった、全曲を通して3、または4度の関係をきっちり保つ、後々クローズハーモニーと呼ばれるアレンジにあった。戦前のカントリーミュージック創世期にブルースカイ・ボーイズなる、やはり兄弟デュオが居り、既にクローズハーモニーは実践されていたのだが、エバリー・ブラザースは2声ハーモニーが活きる一段とメロディアスでポップな楽曲に恵まれていたようである。
いつの時代にもハーモニーボーカルを得意とするグループにとって、兄弟や双子という要素は天からの授かり物。ありがたいものである。

 さて、エバリー・ブラザーズの滋養を吸収したアーティストと言えば、サイモン&ガーファンクル。
残念ながら彼らは同じ小学校に通う幼なじみであって兄弟では無かった。彼らもエバリー・ブラザーズのようにクローズハーモニーでハモルことは出来たようだが、お互いに声質が違うので滑らかさではかなわないと感じたか、あるところで一線を引いたようである。彼らはそこに対位法によるうまみを添えた。スカボロー・フェアはその典型的な例だと思う。*1
 しかしながら、ビートルズによって実践され始めた多重録音=マルチトラックレコーダーの登場は彼らに、”自分たちも兄弟デュオのような滑らかさを手に入れられるぞ” と思わせたのではないだろうか。私達は彼らの1969年の作品、" The Boxer" *2 のクライマックスのライラライ〜〜でそれが実行されたことを知ったのである。2人だけで重ねに重ねて出来上がったあのベルベットの如く分厚いバックコーラスには驚かされたものである。

 1969年は社会的にも節目の年であり、音楽的にも稀に見る収穫の年であった。クロスビー・スティルス&ナッシュ=CS&Nの登場は眼を見張ったものだ。
彼らが公言しているように、初めて3人が集ってなにげなく3声でハモってみたところ、とても良い具合で、お互いがすぐにベストパートナーと確信したとのこと。3人が以前に所属していたザ・バーズ、バッファロース・プリングフィールド、ホリーズのいずれのグループもハーモニーボーカルを特色としていたのだが、3人とも ”いまひとつ” を感じていた節がある。
 彼らのクローズハーモニーはより緻密かつ繊細で、デビューアルバム冒頭の ”SUIT:JUDY BLUE EYES”*3の最初のフレーズを聴く度にいつも鳥肌が立つ。そしてバッファロース・プリングフィールドの一員だったニール・ヤングを加えてリリースされた2ndアルバムのB面1曲目 ”DEJA VU”*4でその緻密さは極まった感がある。

 同じ年にバッファロー・スプリングフィールドが分裂してデビューしたポコ。
彼らもCS&Nと同じ事を考えていたように思える。3声のハーモニーなのだが、CS&Nとの違いは彼らよりキーが高いところではないだろうか。ボーカルのリッチー・フューレーしかり、一番上のハイパートを担当するジョージ・グランサムも驚くべきハイキーの持ち主である。残るランディ・マイズナーや彼の後釜のティモシー・シュミットも負けてはいない。当時のウェストコースト系アーティストのレコードジャケット裏を見ると、ハーモニーボーカル:ティモシー・シュミットの名前を頻繁に見つけ出すことができ、あちこちでひっぱりだこだったようである。
 声も楽器の音もキーが高くなる程、音色を左右する倍音成分が人間の耳で聴こえる範囲を越えて行くのでお互いの声質の差が小さくなってくる=兄弟のハモリに近くなってくるように思われる。CS&Nが3人3様の声の魅力がブレンドされたグループだとすると、ポコは意識的にハイキーを駆使したグループだったように思う。*5
 もうひとつ、CS&Nは終止クローズハーモニーを通すのだが、ポコはソロボーカルで始まり、サビの部分で2、または3声がかぶさり、更には多重録音により、AHHHH〜〜〜〜〜やWOOOOO〜〜〜〜というこれまた2、3声バックコーラスを添えるという贅沢三昧。むしろこちらの方がジャズやアカペラに見られた古典的なマナーかもしれない。

 ハーモニーボーカルがアメリカのウェストコースト音楽のシンボルと言っても過言でなくなってきた1972年、それまでのグループの特色をじっと見つめてきたかのようなグループが出て来た。イーグルスである。
4人のメンバー全員がボーカルをとれてクローズハーモニーが出来る。そしてハイキーのランディ・マイズナーが居り、甘い声質のグレン・フレイ、ハスキーでこれまたハイキーのドン・ヘンリー、色々な声質を使い分けるバーニー・レドンはソロ歌手として活躍できそうなほどである。4声ハーモニーが可能だし、4つの異なる個性が醸し出すこれまた希有のブレンドだったと思う。ホテル・カリフォルニアがグラミーアルバムをさらうと同時に “New Kid in Town” が最優秀男性コーラス部門をさらったのは大いに頷ける。*6
 そしてランディ・マイズナーが去った後、この妙なるブレンドを維持するために当時、ポコのティモシー・シュミットに白羽の矢が立ったのはまことに頷ける。

 フィル・エバリーの訃報を聞いてから、ハーモニーボーカルを楽しませてくれたアーティスト達が走馬灯のように頭の中を駆け抜けて行った次第である。
ハーモニーボーカルよ永遠に!
あらためて彼の冥福をお祈りする次第である。

"エバリー・ブラザーズ"

*1:"PARSLEY,SAGE,ROSEMARY AND THYME"1966

*2:"BRIDGE OVER TROUBLED WATER"1970

*3:"CS&N"1969

*4:"DEJA VU"1970

*5:"HEAD OVER HEELS"1975

*6:"HOTEL CALIFORNIA"1976

関連エッセイ:
アンサーアルバムに見る男と女
多重録音事始め
1969年という節目 ジム・メッシーナのこと

エッセイ目次に戻る