2017.2.11
さすらいのレコードハンター

 今からおよそ四半世紀前、1990年頃のある夏休みの一日。
高校の頃に買い逃してしまったレコード*を探しに中央線沿線の古レコード屋巡りをしたときの事である。
三鷹に住んでいる知人によると中央線沿線ならあるかもしれないとのこと。高円寺、阿佐ヶ谷、荻窪、吉祥寺と言った駅界隈を一駅ずつ探索したのであった。
 終戦後の焼け跡から復興した駅前商店街は東京のどこでも見られたものだが、中央線と言えば調布、立川、福生など米軍によって接収された飛行場や軍需工場が点在していたことから、米軍関係者やその家族の住居、通称 ”ハイツ” も点在し、メリケンの残り香が今でも漂っているような気がする。
 自分にとっては煙草や葉巻の煙が染み付いたようなブルース、カントリー、フォーク系のレコードジャケットが中央線路線図のアイコンになっていたように思う。
 阿佐ヶ谷だったか、商店街から住宅街に移ってゆく途中のとある路地にその店はあった。雑踏を抜けた静かな一画で、レコードを普通の音量で流すにはちょっと気が引けるような場所であった。
 コーヒー専科の喫茶店にあるような木製の扉を明けると、来客を知らせるチリンというベルが鳴ったような気がした。店の主人の風体で探しているレコードがありそうか、なんとなく判るものである。レコードジャケットの主のイメージがその主人に乗り移るものらしい。恐らく主人の方も扉を開けて入ってきた人物が探しているレコードが何か?同様の嗅覚が働くのであろう。
 狙いを付けたレコードラックの前に陣取り、一枚一枚、探し始める。午前中はゆっくり丁寧にジャケットをめくっていたのだが、午後にもなると慣れてきてペースが速くなる。
 5分ほど経っただろうか、もう一人の来客である。その男は私の向かい側のラックに陣取っておもむろにめくり始めたのだが.... 速い!!。
 そのジャケットめくりの手捌きと言ったらクリント・イーストウッドのガン捌きを彷彿とさせる。
めくりの速さを張り合ってもしょうがないのだが、まさか同じ獲物を探しているとしたら勝ち目は無い! 頼むから別の獲物を見つけて早く去って欲しい。そんな様子を伺う事3分ぐらいだったろうか。男は何事も無かったかのように扉をチリンと鳴らして出て行った。
 ターゲットのレコードは此処には無かったのだが.... 
 今どきのジャケットの無い音楽はどこか寂しい。

*:"KINDLING" by Gene Parsons 1973

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