2001.2.4
ブルーグラス回想

ブルーグラスは私が高校生の時に出会った音楽である。なによりもそれまでエレキギターの音に慣らされていた耳にはアコースティックギターやバンジョーのような生楽器の音色が交錯する様に魅了されてしまった。ギター、バンジョー、マンドリン、フィドル、ベースといった編成が一般的で、それにドブロギターが加わることもあった。そうした楽器の達人が織り成すドライブ感と様式美を耳にしていっぺんに虜になってしまった人は同世代に多かったようだ。ブルーグラスがどんな音楽かはそれぞれの熱い思いが語られたサイトが多くあるのでそちらに譲るとして・・・。
音楽自体の魅力が一通り判って暫くして、曲の題材が気になり出した。新しい曲もあるのだが、北米南部のアパラチアン山脈地域の伝承音楽、いわゆるマウンテンミュージックやオールドタイムミュージックが多く取り上げられていることを知った。それまたルーツを辿ればスコティッシュ、アイリッシュ系の移民が持ち込んだとのこと。
その中でも私が特に気になったのは実際の事件や伝説を題材としたものである。機関車事故、火事、洪水、殺人事件や心中事件等を、いつごろ、どこで、だれが、どうしたと歌ったものである。時代が19世紀から20世紀初頭なので妙に生なましいのである。鉄道や電話が登場していた時代とは言え、山の生活は決して楽ではなかったようで、楽しみと言えば粗末な楽器でルーツミュージックに興じることぐらいだったと思われる。いつ終わるとも知れない野良仕事や樵の日々の暮らしの中で、身近な事件を歌に記しておこうという動機はなんとなく判るような気がする。
丁度山歩きを始めた頃で奥多摩の山里の暮らしと重ね合わせてアパラチアンの山の暮らしに思いを巡らすことが多かった。陸の孤島のような土地で起こる事件は、ときに血生臭かったり、禍々しかったり・・・それは洋の東西を問わないようだと思ったものだ。好きな奥多摩を歩いていると地元の人から、「こんなことがあってねえ」とか聞かされる話がいくつかあって、自分はそこに生活しているわけではないのに、却ってそういう話をきちんと記しておきたいと思うようになった。そこですぐさま思い付いたのがマウンテンミュージックやオールドタイムミュージックの「事件もの」だったわけである。片や生活の中から生まれた音楽に対して、自分の音楽はよそ物がその土地を尋ねてできた紀行文=紀行音楽にしたかったわけである。

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