来生史雄 電脳書斎

ジュブナイルSFをこよなく愛する者の宴
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プロジェクト・エデン特別篇

「幸福が棲む谷」

 

    第一回「初秋の日に」

 

 澄み渡った青空をゆうゆうとトンボが舞っ

ている。薄い銀色の翅が穏やかな陽の光を受

けて、きらめいていた。

 淡い赤みを帯びたアキアカネ。

 かの童謡にも歌われた通称「アカトンボ」

と呼ばれているトンボである。夏の空を泳い

でいたナツアカネよりも小振りとなり、全体

的に赤みを増しているのが特徴であった。

 ナツアカネから、アキアカネへ…。

 彼の色づきの変化そのものが、季節の移り

変わりを表していた…。

 『初秋』

 この国が最も美しい季節である。

 日本人が最も愛してきた季節でもある。

 古来。人は歌に詠み、絵に残し、物語の舞

台としてきた。枯れ葉の舞い散る光景に無常

を、色づく峰に歓喜を、秋の夜長を歌う鈴虫

の声に哀切を映してきた。

 何が、そうさせるのだろうか…?

 厳しい冬を前に、生命が最後の輝きを見せ

る季節。その輝きは鮮やかであり、美しくも

あり、はかなげである…。

 だからこそ、人々はより一層の美しさを見

いだしてきたのかもしれない。

 秋という生命の残照の中に…。

 

 ギュウウゥゥゥン…!

 静かな山間に、凄まじい音が響いた。

 続いて、嵐を思わせる突風が押し寄せる。

 木々が左右へと激しく揺れ動き、美しく色

づいた葉がバラバラに吹き散らされる。

 色とりどりの紙吹雪のように舞う木の葉を

巻き上げながら、空を大きなシルエットが横

切っていった。

 ババババババババ……!

 高速で回転する4枚の羽が秋の陽に照らさ

れ、金属的な光を放つ。

 鋼鉄のトンボ、ヘリコプターであった。

 ホワイトをベースにした機体には、鮮やか

なブルーのラインが引かれている。そして底

の部分には、「消防庁山岳救助隊」という文

字がくっきりと書かれていた。

 「本部、応答せよ! 本部、応答せよ!」

 硬質ガラスで覆われたコクピットに、機体

と同じ白のヘルメットを着けたパイロットの

姿が見えている。

 「こちら、探索ヘリ3号。現在、妙神山か

ら臥龍渓谷の方向へと移動中。今までの範囲

では発見できなかった」

 ローターの轟音に負けないような大声で、

パイロットが無線にがなる。そうでもしない

と、相手に聞こえるはずもない。

 「了解。捜索範囲を広げてみてくれ」

 ヘルメットと一体型になったヘッドフォン

に指示が返ってくる。市街の方にある指令セ

ンターからであった。

 「了解」

 パイロットは短く答えて、操縦桿を右へと

動かす。それに伴って、白い機体が大きく右

へと旋回していった。

 フランスが開発したアエロエスパシアル・

ガゼルと呼ばれる多目的汎用ヘリコプターで

ある。軍用から警察用、救急用にもビジネス

用にも使われている人気の機体である。後部

ローターの形に特徴があり、かってはハリウ

ッド映画の「ブルーサンダー」で究極戦闘ヘ

リのモデルにもされた高性能の名機である。

 甲信地方の山岳救助隊は、この機体を合計

で4機保有している。その内の2機が捜索に

投入されていた。3号が妙神山方面、4号が

信玄岳方面へと捜索範囲を広げている。

 キュウウウウウウ…!

 探索ヘリ3号は甲高い駆動音と共に、紅葉

も鮮やかな山間を飛んでいく。

 「こんなに木が生い茂ってちゃ、見つかる

ものも見つからんな」

 眼下に広がる山渓を見ながら、パイロット

は軽く舌打ちした。

 「しかし、こんな場所で遭難するヤツの顔

が見たいよ…」

 ポツリと漏らした言葉が、パイロットの本

音であった。

 

 「ヘリもがんばってるなぁ…」

 頭上を通りすぎていくヘリコプターを見上

げながら、年輩の男が言った。紺色の制服は

地元の消防団員のものだ。

 「見つかりますかね?」

 後ろにいる若い消防団員が年輩に聞いた。

 「さあな…。これだけ木が繁ってると、難

しいかもしれんな」

 「ヘリコだけに任せておくわけにもいきま

せんね。こっちもがんばらないと…」

 「しかし、こんなのどかなハイキングコー

スで遭難する気がしれないな」

 奇しくもヘリコプターのパイロットと同じ

言葉を漏らしたのは、30歳ぐらいの消防団員

である。

 「まだ熊が出るには、早すぎますしねぇ」

 若手が辺りを見回すようにして答える。

 色づく木立は平穏そのもので、危険な匂い

は少しも感じられなかった。

 「東京のバカな大学生たちだろ? どうせ

どっかで酔いつぶれてんのさ」

 そう言って、年輩の消防団員は手にした鎌

で低い灌木をなぎはらった。

 「そうですね…」

 短く答えて、若い消防団員は息をついた。

 秋を迎えたとは言え、まだまだ気温は高い

方である。額には、うっすらと汗がにじんで

いた…。

 

 事の起こりは、1週間前に逆上る。

 4日間の予定でキャンプに向かった東京の

大学生サークル、8名が山に入ったまま帰っ

てこなくなったのである。5日目が過ぎ、6

日目も下山しないという状況になって、心配

した家族から捜索願いが出されたのである。

 男女4人づつで構成される「ハイランダー

ス」というワンダーホーゲルサークルであっ

た。ワンダーホーゲルと言っても、しっかり

と山歩きを重ねてもいない連中で、せいぜい

ハイキングやバーベキューを楽しむだけのも

のでしかない。

 そうであっても、普通なら家族連れが歩く

ようなハイキングコースであるにもかかわら

ず、体力も気力もある若者たちが遭難するな

んてことは考えられない。

 はっきり言えば、異常である。

 事実、この妙神山周辺で遭難者が出たこと

など、ハイキングコースが設置されてから一

度もなかった。東京から日帰りでも行ける紅

葉の名所として、いくつもの旅行雑誌で紹介

されているぐらいである。雑誌に出てからは

行楽客が捨てていく空き缶やゴミの問題が地

元の人々を悩ましている最たるものだ。

 かっては熊も多少は出たらしいが、林業に

よる伐採や開発のために減少の一途を辿り、

今では数年に一度しか見ることもない。

 …となれば、大学生たちはどこに消えてし

まったのか?

 何も連絡がないのは、どうしてなのか?

 何か事件に巻き込まれた可能性もあるとし

て、直ちに山狩りが開始された。

 だが、聞いての通り、山狩りをさせられて

いる消防団員たちにしてみれば、無軌道な若

者たちが遊びに夢中になって下山を延ばして

いるぐらいの思いしかない。

 誰の心にも「こんなハイキングコースで遭

難するわけがない」という常識が働いていた

からであった。

 

 ガサガサガサ…。

 まだ夏の余韻を感じさせる茂みを切り払い

ながら、紺色の一団が進んでいく。鎌の一払

いごとに、ムッと土の香がたちのぼる。

 そのグループからやや遅れた位置に、白い

ワイシャツ姿がヨロヨロと続いていた。

 「ヒィ…ヒィ…。なんで、俺がこんな目に

合わなきゃいけないんだ…」

 ワイシャツ姿の男が息も絶え絶えに喘ぐ。

 首もとのネクタイはヨレヨレにゆるめてお

り、第1ボタンはおろか、第2ボタンまでも

開けてしまっている。

 かなりバテている様子であった。

 「おーい、高沢さん。大丈夫かぁ?」

 先頭を歩いていた年配の消防団員が振り向

いて、声をかけてくる。

 「だ、大丈夫な訳ないだろ…」

 ボソボソとした声は、もちろん相手に聞こ

えないように言ったものである。だが、ナメ

クジが這うような速度で歩いている高沢の様

子を見れば、状況は一目瞭然だった。

 「おい、誰か手を貸してやれ!」

 年配の男、消防団のリーダーが面倒くさそ

うに指示を出す。ここで倒れられる訳にはい

かない。可愛い女の子を背負っていくのなら

ともかく、頭の薄くなったオッサンなんて最

悪である。そんな思いが、リーダーの言葉に

は滲み出ていた。

 ガサガサと音をたてて、消防団員の一人が

高沢の所へと戻っていく。

 「高沢さん、平気ですか?」

 先程、年配の消防団員と話していた若い消

防団員である。

 「あ、ああ…、平気、平気…」

 高沢は力ない笑顔で、精一杯のカラ元気を

見せる。

 「もう少しですよ。この先まで行けば、周

辺を見渡せる高台に出ますから…」

 若い消防団員が手を差し延べながら、高沢

を元気づけるように言う。

 「すまないね…」

 高沢は若手に引っ張られるようにして、斜

面を登り始めた。

 「しかし、新聞記者というのも大変なんで

すね」

 手を引きながら、若手が尋ねる。

 「あ…ああ、…いや、こんなことは滅多に

ないんだけどね」

 「そうなんですか?」

 「今回はたまたまなんだよ。それに俺は別

の地区の担当だし…」

 「他の地区?」

 「ここよりもっと北の方なんだけど、鹿間

村って言う小さな村があるんだよ。知ってる

かい?」

 「名前は聞いたことがありますが…」

 若手は記憶をたどるように答える。

 「ま、あんまり知らないだろうな。本当は

俺、そこの駐在記者なんだよ」

 高沢が「やっぱりなぁ」というような声で

笑う。これといった特徴もない小さな村のこ

とを『知ってろ』と言う方が無理なのだ。

 「じゃあ、何故この事件に?」

 若手が当然の疑問を口にする。

 「別に好きで関わってる訳じゃない」

 「え…?」

 「こっちの支局に書類を届けに来ただけな

んだが…。いざ帰ろうとしたら、デスクのヤ

ツに呼び止められちまって…」

 「それで…?」

 「この遭難事件のことを聞かされたのさ」

 「なるほど。その瞬間に記者としての勘が

働いて、この事件に興味を…」

 好奇心に目を輝かせる若者を見て、高沢は

思いっきりため息を吐いた。

 「違うよ…。単に人手不足だから、行けと

言われただけだよ」

 「……」

 「これだけ苦労してみたものの、実際に記

事になるかどうかも分からないよ」

 高沢はまるで他人事のように言う。納得で

きないのは、むしろ若い消防団員の方だ。

 「そ、そうなんですか?」

 「そりゃそうさ。大学生連中が単に遊んで

いただけなら、あっさりボツさ」

 「……」

 「新聞記者もサラリーマンだからね。上か

らの命令には従わにゃならん。ここがツラい

ところだね」

 「はあ…」

 若い消防団員は肩透かしを食わされたよう

に答えるしかなかった。新聞記者が同行を求

めたということで、この遭難事件に凄い秘密

が隠されているのではないかと期待していた

部分があったのだ。

 しかし、目の前の新聞記者はあっさりと希

望を打ち砕くようなことを言う。

 配属されたばかりの彼にとっては、初の大

仕事になるかもしれないという思いも強かっ

たのに…。

 「まったく、勘弁してほしいよ…」

 高沢がボヤく。

 (まったく、勘弁してほしいぜ)

 情けない高沢の様子に、若い消防団員は同

じ言葉を心の中でつぶやくのだった…。

 そうこうする内に、二人は待っている他の

消防団員の所へとたどり着いた。

 「最近の記者さんは、山歩きする体力もな

いのかい?」

 ヒィヒィ言っている高沢にかけられた第一

声は、リーダーのイヤミだった。

 「ハハハ…。デスクワークが長かったもん

ですから…」

 高沢が笑ってゴマかす。いちいちムッとす

るのも、体力のムダと思っているらしい。

 「あんたのためにペースを落とす訳にもい

かないんだ。しっかりしてくれよ」

 「ハイハイ。わかってますって」

 飄々とした高沢の応対に、リーダーである

年配の消防団員も続ける言葉がない。ムッと

した表情を浮かべたきりで、先へと歩きだす

のだった。

 「どうやら、嫌われたかな?」

 高沢は若手の消防団員にヒョイと肩をすく

めてみせた。

 「……」

 若手はプイと顔を背け、高沢を残したまま

で移動を始めてしまう。

 「ありゃ、こっちもかよ…」

 高沢は苦笑を浮かべてしまう。

 ついつい人を怒らせてしまうのは、いつも

の悪い癖であった。

 高沢堅吾は、全国展開する大新聞社である

大東新聞の記者である。かっては「大蔵省汚

職事件」や「新日本ファイナンス不正融資事

件」、「麻薬密輸・香港ルート」などの大型

スクープをいくつも手掛けた敏腕記者として

知られていた。しかし、皮肉屋な性格と酒癖

の悪さから上司と衝突。暴力事件を起こした

挙げ句に、中央から追い出されたのだった。

 今では、鹿間村という山梨県の小さな寒村

で駐在記者をしている。妻とは先年に離婚し

ており、小6の次女と一緒に暮らしている。

 これまで仕事中心で忘れかけていた家族と

いうものの暖かさや大切さを噛みしめつつ、

在京時代の慌ただしい日常とは違った呑気な

親父を満喫している高沢だった。

 そのはずが、こんな山奥を彷徨う羽目にな

るとは…。ボヤキたくなるのも当然である。

 「おーい、置いてくぞ!」

 急かすように消防団員が叫ぶ。

 「はいはい。今、行きますよ!」

 ヨッコラセと重い腰を上げ、仕方なく後を

追いかける高沢であった…。

 

 「どうやら、林道に出たみたいだな」

 携帯してきた地図をガサガサと広げつつ、

リーダーが確かめるように言った。

 言われなくても、先程までの茂みとは打っ

て変わった開けた場所に一行は出ていた。

 しっかりと整備されている訳ではないが、

それなりに木立を縫うように作られた林道の

一部であると判る。

 「地元の林業会社が使用している道ですけ

ど、今では年に十回も使われていないんじゃ

ないでしょうか」

 この道を知っているらしい一人が、そのよ

うに説明する。

 「ま、不況だからねぇ…」

 適当に答えた高沢は、辺りをゆっくりと見

回した。トラックが通っていた証拠に、道に

2本の溝がある。かっての轍の跡だろう。し

ばらく使われていないのは、轍の中に生えた

雑草の伸び具合を見れば明らかである。

 今ではエンジン音の代わりに、山鳥の囀り

が空間のBGMとなっていた。

 「とにかく、この道を辿っていこう。遭難

した連中も道を探すように動いているに違い

ない」

 リーダーが地図をたたみながら、言った。

 日没まで時間がない。無闇に山の中を彷徨

うよりは、その方が効率的であった。

 一行がゾロゾロと動きだした時、

 「ちょっと待った!」

 鋭い声が歩みを止める。高沢だった。

 「今度は何だ?」

 イラついたように振り返ったリーダーの顔

が一瞬にして、強張る。

 高沢の見つめている方向の木立から、何か

がヨロヨロと這いだしてきたからだ。

 「あ…、あれは…!」

 這いだしてきたのは、チェック柄のシャツ

を身に着けた女の子だった。精根尽き果てた

ように、道へとへたり込む。

 「大丈夫か!」

 真先に駆けだしたのは高沢だった。

 かっては天下の大新聞、大東新聞の敏腕記

者で鳴らした過去を持つ高沢である。緊急時

におけるフットワークは誰にも負けないもの

がある。体に流れる新聞記者の血だけは、地

方に追いやられても衰えなかったようだ。

 「おい、君!」

 呆気に取られている消防団員たちをよそに

高沢は倒れている少女を抱き起こした。

 完全に脱力しているらしく、腕にズシリと

重みがかかる。

 「しっかりしろ!」

 声をかけると、娘は虚ろげに眼を開いた。

 汚れてはいるが、かなりの美人である。年

齢は二十歳前後。遭難した大学生の一人に間

違いなかった。

 (真琴のやつと同じぐらいか…)

 東京に一人暮らしをしている長女のことを

ふと思い出す。ちょうど腕の中の女子大生と

同じくらいの年齢である。「歌手になる」と

大志を抱いて飛び出したものの、オーディシ

ョンに落ちまくっている毎日らしい…。

 「おい、聞こえてるか?」

 気を取り直して、高沢は娘を揺さぶる。

 見た感じ、一応の意識はあるようだった。

 しかし、まるで魂を抜かれたかのように反

応が鈍い。表情から、全く生気が感じられな

いのである。

 「他の連中はどうした?」

 高沢が必死に揺さぶる。だが、娘はボーッ

と虚空を見つめたままだった。

 「こりゃあ、一体…」

 高沢の背筋に悪寒が走る。

 (何かがおかしい)

 敏腕記者だった頃に麻薬中毒患者の取材を

したことがある。その時も同じような目をし

た少女を見たことはあった。だが、それとは

明らかに違う異様さを感じたのである。

 それは高沢が味わったことのない恐怖、潜

在意識に訴えかけてくる不安であった…。

 「辺りを探せ! 他にもいるはずだ!」

 立っている消防団員たちに、高沢が叫ぶ。

 その声に慌てて、消防団員たちが周辺の木

立へと駆け込んでいく。茂みを掻き分ける音

と、草を踏みしだく音が響く。

 「おーい! いたら、返事をしろぉ!」

 「助けに来たぞぉ!」

 いくつもの声が鬱蒼とした木立の中を駆け

めぐる。呼びかけは木霊となり、山の彼方へ

と吸い込まれていく。静かな林道は、急速に

緊迫した空気に包まれていった。

 木々に見え隠れする消防団員の紺色の制服

から、高沢は腕の中にいる娘へと目を戻す。

 (一体、何があったんだ?)

 焦点の合っていない瞳を覗き込みながら、

高沢は彼女の身に起こった出来事へと想像を

巡らせた。だが、いくら考えても、それに対

する明確な答えを見い出せはしなかった。

 「いたぞぉ!」

 木立の奥で、一際大きな声が上がった。

 さらに別の茂みでも、

 「ここもだ! 若い男が倒れてる!」

 発見を知らせる叫びが続く。

 ガサガサと茂みの中から、若い男を連れた

消防団員が出てくる。肩に担がれている男の

方は、完全にグッタリしてしまっていた。

 「しっかりしろ!」

 男を道端に下ろした消防団員が平手でその

頬をはたくが、反応はないようだ。

 (あっちも同じか…)

 恐らくは意識はあっても、反応がない。

 腕の中の少女と同じ症状を示しているに違

いないと高沢は確信していた。信じられない

何かが起きているのだ、という思いが心の中

で大きくなっていく。

 「こちら、山狩りチーム。こちら、山狩り

チーム。本部、応答願います!」

 無線機を手に、リーダーががなっている。

 「妙神山の西12キロの地点にて、要救助者

を発見。繰返す、要救助者を発見!」

 かなりリーダーも興奮している。その興奮

は発見に対する喜びではなく、発見者の異様

な状況に対する不安から来るものだろう。

 「付近に林道が通じています。至急に車を

回して下さい!」

 車を要請するものの、この道では救急車は

入ってこれない。ヘリコプターが着地するス

ペースもない。消防団のランドクルーザーを

回してもらう他ないだろう。

 無線機を手に応援を呼ぶリーダーを見なが

ら、高沢はそう考えていた。

 「どうなっちまってるんだ?」

 別の場所で、新しい少女を介抱していた消

防団員が困惑したように言う。声が心なしか

震えているようにも聞こえた。

 最初の発見地点を中心に、次々と発見され

ていく大学生たち。いずれもかなり擦り傷な

どを負っているが、命に別状はないようだ。

 ただし、あくまでも命だけは…。

 遭難したメンバーは、とにかく全員が見つ

かったようである。しかし、その誰もが奇怪

な無気力症状を示していた。

 「……」

 高沢は深いため息をつく。発見現場は重苦

しい沈黙に包まれていた。

 キュウウウウウン…!

 指令センターからの連絡を受けたのであろ

う、探索ヘリが頭上に現れた。風を切る金属

音と鈍いローター音を響かせながら、現場上

空にホバリングする。

 「探索ヘリ3号から、山狩りチームへ。何

か、必要なものはないか?」

 ゴウゴウと唸る風の音に、スピーカーから

呼びかける声がステレオとなる。上からは、

地上にいる一人一人の表情までは見えないよ

うである。もし見えていれば、それは異様な

光景であっただろう。

 発見という喜びに接していながら、その全

員の顔が蒼白になっているのだから…。

 無言で「必要なし」とリーダーが手で合図

を送った。実際、ヘリでは役に立たない。

 「了解、もうすぐ救援車両も到達する。今

少しがんばってくれ」

 スピーカーからパイロットの声が流れ、地

上のリーダーも了解の合図を返す。と同時に

ヘリは再び高空に舞い上がっていった。

 ヘリコプターが巻き起こす風に木の葉が舞

い散った。高沢の腕の中に横たわる少女の長

い黒髪も、強い風に乱れた。

 「……!」

 その瞬間、高沢の目が見開かれる。

 それは、靡く黒髪に見え隠れしていた。

 「……」

 高沢がゆっくりと手を延ばし、少女の髪を

かきあげる。それが見えたのは、髪に隠れた

白いうなじの部分だった。

 「これは…?」

 震える指がうなじを撫でる。指先に微かな

凹凸を感じ取った。

 そこにあったのは、きれいな三角形に並ん

だ黒いホクロであった。しかも大きい…。

 こんな幾何学的なホクロは、高沢も見たこ

とがない。それほどまでにきれいに並んでい

るのだった。元からあったものなのか…?

 「まさか…?」

 高沢は少女を地面に静かに下ろすと、一番

近くで介抱されている男子大学生の所へと駆

け寄った。

 「高沢さん?」

 只事ではない高沢の様子に、介抱していた

消防団員が問い掛ける。しかし、それには答

えずに高沢は乱暴に男子の首をあらためる。

 「!」

 やはり、そこには3つのホクロがあった。

 高沢はさらに別の女子大生へと向かう。

 やはり彼女にも3つのホクロがあった…!

 恐らく全員に同じようにホクロがあるに違

いない。それは余りにも奇妙な一致だった。

 (この山で何が起きているんだ…?)

 高沢はゆっくりと立ち上がる。自分の足が

微かだが震えるのを感じた。

 やがて迫り来る夕闇を前に、林道を涼しい

風が吹き抜けていく。遠くを旋回するヘリコ

プターの音が、より遠くに思えた。

 今立っている場所が急に異世界となったよ

うな不安感を胸に、高沢は暮れかかる山並み

へと目を移す。

 「3つのホクロか…」

 静かにつぶやく。

 見える山の風景は平穏そのものだった…。

 

                                               つづく