来生史雄 電脳書斎

ジュブナイルSFをこよなく愛する者の宴
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   湖畔亭奇談

 

 

       序章

 

 暖かい陽ざしの中を、高原列車はゆっくり

と駅へ入ってきた。

 ブレーキをかける軋みが、妙にギギギィと

大きな音をたてた。JRの使い古しを払い下

げられてきたような旧式の電車だったが、そ

れはそれで雰囲気というものである。

 少なくとも、この小さな高原の駅には似合

っていることは間違いない。

 「あー、やっと着いたぁ」

 望月加奈子は、ホームへ茶色の旅行バッグ

をドスンと投げ出すと、思いっきり深呼吸を

した。肺に流れ込む空気は、都会のそれとは

違って、美味しかった。

 肩につくかつかないかのショートボブには

染めた様子もなく、小振りな顔に乗った愛く

るしい瞳と相まって、さわやかな印象を与え

る少女であった。

 「あー、つかれたぁ」

 続くように、小型のスーツケースを抱えた

少女が降りてきて、大きく伸びをする。

 二階堂恵理であった。ブラウンに染めた髪

は軽くウェーブがかかり、どことなく大人び

た感じがある。化粧のせいかもしれない。

 「恵理ったら、着いたばかりのセリフじゃ

ないわよ。それ」

 「だって、イスのスプリングがボロなんだ

もん。腰が痛くなっちゃった」

 恵理は腰を揉みほぐしながら言った。

 「何、言ってんのよ。ここまでの間、ほと

んど寝てたくせに」

 「昨日の夜、彼と電話しててさ。ちょっと

寝不足なんだよね」

 軽くアイラインを入れた目をこすりながら

恵理が言い訳した時、

 「ちょっとぉ、恵理も加奈子も、自分のゴ

ミぐらい片付けなさいよね!」

 缶コーヒーの空き缶やスナック菓子の空き

袋を両手に抱えた少女が降りてきた。

 「あら、由紀ったら、そんなの座席に残し

ておけば、後で掃除してくれるわよ」

 「そういうもんじゃないでしょ。旅には旅

のマナーっていうものがあるんだから」

 佐藤由紀は、手に抱えたゴミをホームにあ

る屑籠へと入れながら言った。入れる時も缶

と菓子袋を別々に分けたところを見ると、結

構几帳面な性格のようだ。

 ショートヘアの活発そうな感じがする少女

で、学級委員長が似合いそうだった。

 「さすが、生徒会長ね。そういう所までキ

チンと気がつくんだから」

 「あんたたちが、気がつかなすぎるのよ」

 由紀に言われて、加奈子が肩をすくめる。

 学級委員長というイメージは失礼だったよ

うで、実際は生徒会長らしい。

 「こんなことじゃ、これからの4日間が思

いやられるわ」

 加奈子の側へ戻ってきた由紀は肩がけした

スポーツバッグの位置を直しながら、ホウと

ため息をついた。

 「その分、由紀に期待してるから。あ、も

ちろん、私も恵理も少しぐらいは手伝えると

思うから」

 「…少しぐらいね」

 やれやれという表情で、由紀は笑った。

 「ねえー、早く行こうよー!」

 恵理の声がして、加奈子と由紀の二人は顔

を見合わせてクスリと微笑んだ。

 「はいはい。わかってるわよ」

 先行して、手招いている恵理の方へ、二人

は歩きだした。

 ピリリリリリ…!

 駅員の鳴らす警笛の音が聞こえ、高原列車

が駅を離れ始めた。ゴトゴトという音が、加

奈子たちの横を通りすぎ、それは次第に遠ざ

かっていった。

 残された三人は改札へと歩いていく。

 これからの楽しい4日間に期待をふくらま

せながら…。

       第一章

 

 「ねえねえ、旅行に行かない?」

 そう二階堂恵理が言いだしたのは、3学期

の期末試験が終わった日のことであった。

 「なあに、もう遊びに行く話なの?」

 試験の終わった解放感でザワついている教

室で、加奈子は笑いながら答えた。

 「やっと期末が終わったんだよ。春休みに

何処かに遊びに行きたいじゃない」

 「でも、私バイトとかもあるし…」

 やや迷っている様子の加奈子に対し、恵理

はチッチッチッと指を振った。

 「ダメよ。3年になったら、みんなバラバ

ラになっちゃうんだし、高校2年最後の思い

出を作らなきゃ!」

 「そうだね…」

 加奈子は少し考えた。確かに3年に進級し

たら、大学受験への対応策として、希望進路

ごとにクラス編成されることになっていた。

 理数系や文系、4年制大学コースや短大志

望の者、あるいは就職とそれぞれに分かれる

ことになるのだ。加奈子は文系の4年制大学

を希望しており、短大志望の恵理と同じクラ

スになることはなかった。

 「分かったわ。行きましょ!」

 加奈子はニッコリと微笑んで、恵理の提案

に賛成した。

 「やったぁ、じゃあ由紀も誘おうよ!」

 恵理は飛び跳ねるように喜びながら、佐藤

由紀もメンバーに入れようと言う。

 「うん。それがいいね」

 加奈子はすぐにOKした。

 佐藤由紀も同じクラスの友人である。加奈

子や恵理と一緒に、西中学からこの高校へと

進学した三人組の一人でもあった。腐れ縁と

でも言うのだろうか、三人とも1年の時から

同じクラスにかたまっていた。だが、由紀は

調理師専門学校に行くつもりなので、3年に

なれば違うクラスになってしまう。

 「それで、何処に行く予定なの?」

 加奈子が聞くと、恵理はカバンからゴソゴ

ソと雑誌を取り出した。女子高生に流行りの

旅行雑誌で、東京から近距離にある安めの宿

が紹介されている物だ。

 「ここよ、ここ!」

 パラパラとページをめくりながら、赤ペン

で丸くチェックした箇所を指で示す。

 『貸別荘で、素晴らしい一時を。爽やかな

高原で、ゆっくりと過ごしてみませんか。近

くには湖もあり、貸しボートも用意されてあ

ります。3泊4日で、一人2万円!』

 恵理の示したページには、そう書かれてい

た。4日で2万円という安さが目につく。

 4日間で割ったら、六千円以下である。普

通のビジネスホテルより安い。

 「こんなに安いの?」

 さすがに加奈子は聞き返してしまった。

 「そう。昨日発売されたばかりで、電話し

たら、まだ予約入ってないって!」

 「そりゃ、この時期に休みなのは、学生ぐ

らいだもんね。でも、安いなぁ」

 「ね、いいでしょ!」

 恵理は得意気だった。でも、加奈子は安さ

に逆に不安が残った。

 「でも、安すぎないかな。行ってみたら、

ボロボロの小屋みたいだったら、イヤよ」

 「写真を見た感じは、綺麗だけど?」

 「写真はウソつきだもん。こういうのは、

プロが美しく撮るんだから」

 「大丈夫よ。安いのは、全部自炊しなきゃ

いけないからじゃないの?」

 「ぜ、全部、自炊?」

 加奈子がゲッという顔をする、自慢じゃな

いが、料理は得意な方ではない。

 「材料とかは、ほとんど別荘に用意されて

あるみたいよ」

 確かに別欄にそう書いてある。

 「で、でも恵理だって、料理下手でしょ」

 「へへぇ、だから由紀も誘うんじゃない」

 「なーるほどぉ。由紀も災難だね」

 そう言って加奈子と恵理は吹き出した。

 「何がそんなにおかしいの?」

 ちょうどそこへ由紀が声をかけてきた。

 「何を話してたの?」

 由紀の問い掛けに、加奈子と恵理が顔を見

合わせる。そしてニンマリとした。

 「西中の三人娘の友情についてよ」

 そう言うと、加奈子たちは笑いだした。笑

い転げる二人の様子に、由紀は不思議そうに

首を傾げるばかりだった…。

 こうして、加奈子たちは高原の別荘へと出

掛けることになったのである。

 

 駅に迎えに来ていた旅行会社のワンボック

スカーに乗った三人は、緑あふれる高原の道

を走っていた。

 遠くに見えるなだらかな山々の稜線、そし

て澄みきった空はどこまでも青かった。

 「見てみて、湖よ!」

 窓の外を眺めていた由紀が、大声をあげな

がら指さした。加奈子がその方向を見ると、

森の木々の間を抜けて、キラキラとした水面

の反射が目に入った。やがて、静かな湖畔の

風景となって視界に広がってくる。

 「きれーい…」

 思わず加奈子はそう漏らした。

 それほど大きくはないが、ほぼ円形の美し

い湖だった。周囲を取り囲む森や林は、新芽

を吹き出したばかりなのか、ライトグリーン

に色づいている。その淡い緑の色彩が湖に映

りこんで、幻想的であった。まるで、豊かな

森林を抉って、丸い鏡をはめ込んだような印

象を受ける。

 「あの湖のほとりですよ。別荘は」

 車を運転している旅行会社のエージェント

が教えてくれた。

 「まるで鏡のような湖ですね」

 助手席に乗っている由紀も、加奈子と同じ

ような感想を持っていたようだ。

 「そうですね。地元の人もそう言います」

 エージェントがそう答えると、車は大きく

左にカーブして国道を外れ、間道へと入って

いった。白樺の木々に挟まれた小さな道は、

お城へと続くアーチのように見えた。

 「ほら、あそこですよ」

 車の進行方向に、小さな白い別荘が見えて

きた。ヨーロッパ風の二階建てのコテージで

あった。

 「わあ、可愛いぃ!」

 恵理が子供のようにはしゃいだ。

 「本当。すっごく、素敵じゃない!」

 由紀も予想外だったのか、嬉しそうな声を

あげて、目の前の白い家に見入っている。

 「すっごく、綺麗…」

 加奈子はその美しさに魅せられていた。湖

に面しているせいか、キラキラとした反射を

受けて宝石箱のように見えたのだ。誰にも知

られないように隠された秘密の宝石箱を見つ

けてしまったような興奮があった。

 そして、その宝石箱の中で、楽しい4日間

が始まろうとしているのだ…。

 やがて、車は別荘へと到着した。

 「ほとんどの食料品や薬などは、別荘の中

にそろえてあります。もし足りない物があれ

ば、ここから湖沿いに1┥ほど東に行くと、

コンビニエンスストアがあります」

 エージェントは車から荷物を下ろしながら

説明した。まるでシナリオを読んでいるよう

な流暢な説明だが、事務的な感じもする。

 「1┥もあるのぉ…?」

 面倒くさがりの恵理が不平そうに言う。

 「心配いりません。自転車が三台あります

し、ここからは平らな道ばかりですから、サ

イクリングのつもりで行って下さい」

 そう言って、別荘の裏手にあるサイクリン

グ車を指さした。

 「じゃあ、ガスと水道を元栓を開けますか

ら、先に荷物を持ってお入りください」

 エージェントは別荘の裏手へと向かう。

 「あ、場所だけ確認させて下さい」

 由紀はそう言うと、エージェントの後をつ

いて裏手へと向かった。

 「さすが、由紀ねぇ。しっかりしてるぅ」

 恵理が感心したように言った。確かに由紀

は真似できないほど、しっかりしている…。

 「さあ、入ろうよ!」

 恵理がサッサと中へと入っていく。

 「あ、恵理。待ってよぉ!」

 加奈子はあわてて、後に続いた。

 

 「わあ…。すごぉい…」

 加奈子と恵理は同時にそう言っていた。

 玄関を入ると、大きめなホール状の空間が

広がっていた。まず目についたのが、正面に

ある大きな階段である。それは二階へと続い

ており、白い木製の欄干の向こうに二つのド

アが見えた。階段口を挟むように対照的に位

置している。

 「二階に二つも部屋があるんだね」

 加奈子はそう言いながら、目を欄干に沿っ

て動かした。すると、左側の廊下の突き当た

りにもドアがある。「WC」と書いてあると

ころを見ると、トイレらしい。

 「二階にもトイレがついてるんだ」

 これは、中々豪華な別荘である。

 「加奈子ぉ、こっちも凄いよ!」

 恵理が呼んでいた。いつの間にか、一階の

部屋へ入っていたらしい。

 二階にある部屋と同じように、階段の裏手

にも二つのドアがあった。向かって右手のド

アはリビングに通じていた。

 「加奈子、早く早く!」

 恵理はすでにソファに寝ころんでいた。

 フローリングの床に、大きめの楕円形のガ

ラステーブルが置いてあり、それを囲むよう

にしてソファが配置されていた。部屋の隅に

は25インチはあろうかというテレビもある。

 そして、正面はガラス戸のバルコニーにな

っており、美しい湖が広がっていた。

 まるで一枚の風景画のようだ。

 「こりゃあ、最高だわ!」

 恵理は部屋を見回しながら、ご満足の様子

である。

 「すごいわねぇ…」

 加奈子は入口に突っ立ったまま、そう言う

しかなかった。さっきから同じ感想ばかりだ

が、それ以外に言葉が見つからない。

 「気に入っていただけましたか?」

 急に後ろから声をかけられて、加奈子はビ

ックリして飛び上がった。部屋に見とれてい

る間に、いつしかエージェントの男が後ろに

来ていたのだ。

 「え、ええ…」

 ドキドキする心臓を押さえながら、加奈子

はようやくそれだけを口にした。

 「お友達は、ダイニングキッチンの方がお

気に入りのようですが…」

 エージェントの言葉に耳をすませると、隣

の部屋から由紀の声が聞こえた。

 「隣がキッチンになってますが、その奥で

リビングともつながってますよ」

 言われてみると、リビングから通じるドア

がある。そこは引き戸になっているようだ。

 加奈子は、そこを通って隣の部屋へと入っ

ていった。

 「あ、加奈子。最高、カウンターキッチン

になってるのよ!」

 すぐに由紀が声をかけてきた。木目の美し

いカウンターの向こうにいる。

 「どう、由紀。いい料理が作れる?」

 加奈子がからかい気味に尋ねてみる。

 「任してよ。こういうキッチンで料理する

のが夢だったのよ。これからの4日間は、私

が全部料理してあげるからね!」

 「わあ。そんな事言っていいの?」

 「平気、平気!」

 由紀は本当に嬉しそうであった。大きな冷

蔵庫を開けて、中の材料を点検し始める。

 「ええと、今日はどうしようかな…?」

 もう夕食の献立を考えているようだ。

 そんな由紀の様子に加奈子は思わず笑って

しまうのだった。

 ダイニングキッチンもリビングと同じぐら

いの広さであり、やはり湖に向かって開けて

いる。正面、つまり玄関から向かって左側の

奥にカウンターキッチンがあり、反対側には

ダイニングテーブルがしつらえてあった。

 「結構な人数が泊まるんですか?」

 後から来たエージェントの男に、加奈子は

尋ねた。テーブルにある椅子は四脚、カウン

ターにも四つの椅子が並んでいるからだ。

 「普通はグループのお客ですから。いつも

は六人から八人ぐらいで利用されます」

 「えっ。じゃあ、私たちが三人で泊まるの

はマズかったんですか?」

 加奈子が驚くと、エージェントは微笑して

答えた。

 「まあ、今はシーズンオフですから。利用

される方がいるだけでも嬉しいですよ」

 「はあ…。すみません」

 思わず謝ってしまいながら、加奈子は安さ

の理由が分かった。一度の利用で八人ぐらい

が宿泊するなら、二万円でも結構な収入にな

るはずである。貸別荘だけに人件費も要らな

いはずであり、これだけ内装に力を入れてお

いても損はないのだろう。

 そう思うと、ラッキーだったという気持ち

が沸き起こってくる。これだけの施設をたっ

た三人で使えるのだから…。

 「それでは他のお部屋も紹介しましょう」

 そう言って、エージェントは加奈子たちを

連れて、階段のあるホールへ戻った。

 「一階には他に十畳の和室があります」

 玄関脇にある扉を示しながら、説明する。

 きれいに畳の敷かれた和室が見える。人数

が多少増えても、ここの部屋につめこんでし

まうことが出来るだろう。

 「反対側のドアは、それぞれ浴室とトイレ

になっております」

 玄関右側にある二つのドアを開けながら、

エージェントは言った。ドアの向こうには、

かなり大きな浴室が見えた。きれいな洗面所

も一緒になっているようだ。

 「洗濯もこちらで出来るようになっており

ますので、ご利用ください」

 「うわぁ、乾燥機まで付いてるじゃない」

 由紀が驚いている。洗濯機の上には、大型

のガス乾燥機が備えられていた。

 「冬にはスキー客もいらっしゃいますので

ね。こういうのも用意してあるんです」

 そう言いながら、エージェントは階段へと

向かった。

 「二階は寝室ということになってます。部

屋が二つありますが、それぞれにベッドが二

つづつ入れてあります」

 階段を登りながら説明すると、一方の部屋

のドアを開ける。普通の一人用のベッドが並

んでいた。

 「一つの部屋に二人かぁ…」

 由紀が加奈子を見る。部屋割りのことを気

にしているようだ。

 「私は一人で寝るから、加奈子と由紀が同

じ部屋になりなよ」

 部屋をのぞきこみながら、恵理が言った。

 「いいの、恵理?」

 加奈子が聞くと、恵理はエヘヘと笑った。

 「私、どうせ夜型人間だし。ほら、長電話

とかもするでしょ」

 「ヒロシ君かぁ。せっかくのラブコールを

邪魔しちゃ、悪いもんね」

 加奈子は笑いながら、由紀を振り向く。由

紀もお手上げというポーズをして見せた。

 恵理のおノロケは、毎度のことだから処置

ナシと言った感じである。

 頃合いを測ったように、エージェントは突

き当たりのドアを開けていた。

 「ええと。二階にも一応、トイレと洗面所

がついておりますので、良かったらご利用下

さい」

 さっきチェックを入れておいたように、や

はり二階にもトイレが備えてあるのだ。まあ

八人も宿泊することになれば、トイレは二つ

ぐらいはあった方がいいかもしれない。

 「トイレはあるにこした事ないわね」

 由紀もそう言って、笑っていた。

 別荘の中を一通り回ると、エージェントは

パンフレットを由紀へと渡した。

 「この別荘の細かい案内は、これを読んで

下さい。もし分からないことがあれば、最後

のページに事務所の電話番号が書いてありま

すので、連絡して下さい」

 どうやらエージェントも、三人の中では由

紀は一番頼りになると見抜いたようだ。

 「それでは、最終日に車で迎えに来ますか

ら。朝の10時ぐらいでよろしいですか?」

 「はい。よろしくお願いします」

 由紀が答え、エージェントはうなずくと、

外へと出ていった。三人が続く。

 「じゃあ、楽しい4日間を!」

 ブロロゥとエンジンの音を響かせながら、

エージェントはそう言い残して車をスタート

させた。来た時の小道を車が戻っていく。

 しばらく見送っていたが、赤いテールラン

プが木々の向こうへと遠ざかっていくのを確

認して、三人は別荘へと戻りかけた。

 「もう、夕方だね」

 恵理が何気なく言ったので、初めて夕闇が

迫っていることに気づいた。

 遠い山々の稜線が赤く縁取られ始めている

のが見えた。雲に夕日が映えて、美しいコン

トラストを作っている。そして、その夕日は

湖までも赤く染めていた。

 「きれいねぇ…」

 加奈子はそうつぶやいた。そして、意外に

周囲が暗いことにも気づく。どうやら、周囲

に見える貸し別荘には客が来ていないようで

ある。静かな風景だった…。

    ・・・・・・静かすぎて、恐い。

 一瞬、そんな気持ちがよぎる。

 「さ、夕御飯の支度をしなくちゃ!」

 由紀の言葉が、そんな加奈子の不安を吹き

飛ばしてしまった。そして、頭の片隅からも

消し去られてしまったのだった。

 「ねえねえ、何にするの?」

 「恵理は何が食べたいの?」

 「美味しいもの!」

 「私が作るのよ。そんなの全部に決まって

るじゃない」

 そんな事を笑い合いながら、三人は別荘の

中へと入っていったのだった。

 そして、4日間が始まったのだった。

 

                                          つづく

来生史雄電脳書斎