来生史雄 電脳書斎

ジュブナイルSFをこよなく愛する者の宴
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  学校怪談

  「夜の王様」

 

        序章

 

 静まり返った空間に、キィィィと音が響い

た。いつもなら、そんな小さな音には誰も気

づかないだろう。しかし、今のこの時間、こ

の場所では、思わずビックリしてしまうほど

に、その音は大きく感じられた。

 「だ、だいじょうぶなの?」

 おびえた声で、少女の声がたずねた。

 「ヘーキ、ヘーキ、心配すんなよ」

 中学生と思われる少年はそう言って、開い

た窓へと体をすべりこませた。さっきの音は

窓を開けた時のきしみ音だったようだ。

 「ここの窓は、昔からカギがこわれてんの

さ。忘れ物をした時なんか、よくここから入

ったもんだよ」

 「ねえ、やっぱりやめない?」

 やはり中学校のセーラー服を着た少女が、

再び少年に言った。

 「だいじょうぶだって。お前って、意外に

度胸がないんだな」

 少年にそう言われて、ムッとした表情を浮

かべる少女だったが、仕方なく窓へと足をか

けるのだった。

 

 最初に感じたのは、いやにヒンヤリとした

空気だった。左右へと伸びる廊下は暗く、先

は闇に溶けて、終わりがわからない。

 「なんだか、気味が悪いわ…」

 少女は冷たさに自分の両肩を抱えながら、

そうつぶやいた。おびえた目がキョロキョロ

と周囲をせわしなく見回す。

 「何だよ。小学校に行きたいなぁ、って言

い出したのは、お前の方じゃないか。何を今

さらイヤがってるんだよ?」

 「それは…。確かに誘ったのは、私の方だ

けどさぁ…。やっぱり、夜の学校って気味が

悪いよ。何も見えない感じで…」

 「ハハハ、俺たちが六年間も通った学校だ

ろ。別に暗くたって、何がどうなっているの

かは、目をつむったってわかるじゃん」

 「それは、昼間の学校でしょ。私たちが今

入っているのは、夜の学校なんだよ」

 「ハハハ…。それこそ変だよ。昼間と夜と

じゃ、学校の中身が変わっちゃうのか?」

 少年は思いっきり笑った。その様子を見て

少女は何も言わず、肩をすくめた。

 昼間と夜では、学校の中身が変わる…。

 少年の言った言葉が、少女にはどうしても

気になって仕方がなかった…。

 「さぁ、学校探検と行こうか。まずは、な

つかしの六年四組の教室まで、行ってみよう

ぜ!」

 少年はそう言って、歩き始めた。少女も恐

る恐る彼に続いていくのだった。

 

 暗い。ただ暗い。どこまでも暗かった…。

 この小学校の周りは、マンションに囲まれ

ていて、別に人里はなれた場所にポツンと建

っているわけではない。外に出れば、街灯も

あるし、車も走っている。家々の灯りだって

見えているはずだった。それなのに暗い。

 この暗さは、単に電気が点いていないとい

う理由だけではない。少女はそんな気がして

仕方ない。そう思うと、非常ベルの赤ランプ

も、非常口の緑ランプも、かえって気味が悪

い。真っ暗な空間に浮かぶ赤と緑の光に照ら

されて、何か怪物の影が見える気がする。

 「ねえ、やめよ。やめようったら…」

 少女は足を止めて、後ろから声をかけた。

 「おいおい、またかよ。確かにヤバいかも

しれないけど、俺たちはここの卒業生だぜ」

 少年は振り向くと、ため息をつきながら言

った。しかし、少女の方はキョトンとした表

情で聞きかえした。

 「だから?」

 「だからぁ、別に見つかったって、『すみ

ません。なつかしくって、つい入ってしまい

ました』って言えば、それで済むって」

 気楽に言う少年だが、それを聞いた少女の

方は全く笑っていなかった。

 「夜の学校って、あぶないんだよ…」

 そうポツリと少女は言った。

 「だから、あやまれば済むって…」

 「ううん。そういう意味じゃなくて!」

 少年が言いかけるのを、横から断ち切るよ

うにして、少女が強い声を出す。そして言っ

てしまってから、自分が大きな声を出したこ

とを後悔するように、小さい声で言った。

 「そういう意味じゃないの。知ってる?」

 「何を?」

 「夜の王様のウワサをよ…」

 今度は少年の方がキョトンとする番だ。

 「何だよ、それ?」

 「夜の学校には、王様が棲んでいるのよ」

 「はあ?」

 「夜の学校は、夜の王様の城なの。そこに

入った人は、王様に捕まって、生きて帰るこ

とが出来なくなってしまうんだよ」

 「何、バカなこと言ってんだよ?」

 少年の顔が茶化すように笑う。しかし、少

女の方は真剣で、少しも笑っていなかった。

 「夜に音楽室からピアノの音がするとか、

階段が12段から13段に変わるとか、人体模型

が歩き回るとか…。いわゆる学校の七不思議

と言われているのは、みんな、夜の王様の仕

業なのよ」

 「バカなことを…。肝試しのつもりか?」

 「そうじゃない。本当のことよ。このこと

は生徒も先生も、みんな知ってるのよ」

 「俺は知らなかったぜ。…判ったよ。だっ

たら、俺が六年四組の教室まで行って、何か

証拠になるやつを持って帰ってくる」

 「じょ、冗談はやめて。すぐに出ようよ」

 少女が驚いて、少年を止める。しかし、少

年は少し意地になっているようだった。

 「そうだな…。じゃあ、教室に備付けの青

いチョーク箱。あれならクラス名も書いてあ

るし、ちゃんと六年四組の教室に行ったって

ことが分かるだろ。よし、決めた!」

 そう言うと、止めようとする少女の言葉に

耳も貸さずに、走りだしてしまう。

 「ちょ、ちょっと待ってよ!」

 少女の声もむなしく、少年の後ろ姿は闇の

中へと消えていった。後は、バタバタという

彼の足音が、廊下から階段へ、そして次の階

へと渡っていくのが聞こえるだけである。

 「ほ、本当にヤバイんだから…」

 少女の声に半泣きが混じった。一人だけで

暗い廊下に残されてしまった寂しさと恐怖が

彼女の心をおしつぶそうとしていた。

 「早く戻ってきてよ。お願い…」

 そう言う少女の耳は、必死で少年の足音を

追っている。今は3階の辺りだろうか…。

 ………ペタ……ペタ…。

 少年の足音ではない別の音を耳が捉えた。

 ペタ…ペタ……ペタ…。

 それは別の足音だ。何かの近づく音だ。

 「何…?な、なんなの…?」

 少年の足音を追っていたはずの耳は、別の

足音だけを追うようになってしまっていた。

 「ウソ…、い、いやよ…」

 それがすぐ近くにいると気づいた少女の口

から、震えた声がもれる。だが、足音は容赦

なく彼女へと迫っていた。

 「だ、だから言ったのよ。よ、夜を学校で

過ごしてはいけな…」

 後悔の言葉を言い終わらない内に、グッと

何かをつまらせる音がした。何かで口を塞が

れてしまったかのように…。

 そして、それきり何の音もしなかった。

 

 ハアハアハアハア…。

 激しい息づかいと共に、少年が戻ってきた

のは、それから少しも経っていなかった。

 「おーい。見ろよ、ちゃんと持ってきただ

ろ。何もいなかったぜー」

 誇らしげにチョーク箱をかざしながら、駆

けてきた少年は、少女の姿が見えないことに

気づいて、周りを見回した。

 「あれー。何だよ、どこ行ったんだぁ」

 そう言いつつ、歩き回る少年の目が床に落

ちている靴を捉えた。少女のものだった。

 「お、おい。どうしたんだよ。どこにいる

んだよ。返事しろよ!」

 少年の声に焦りが混じった。そして、同時

に背後にうごめく何かの気配を感じた。

 「そこにいたのか?」

 振り向いた少年の目が大きく開かれた。

 「!!」

 声は出なかった。大きく見開かれた目は、

喜びではない、驚きでもない、それは見ては

いけないものを見てしまった恐怖の目だ。

 「ウワアアアッッッ」

 ようやく出た声は絶叫だけであった。それ

は夜の校舎に響きわたり、やがて静かに消え

ていった。

 誰もいなくなった廊下。そこに靴が落ちて

いる。少女の靴と少年のスニーカー。

 …クスクス…クスクス…クス…。

 どこからともなく笑い声が聞こえた。

 クスクスクス…クスクス…クスクス…。

 誰とも知れない笑い声が聞こえた。

 クスクスクスクスクスクスクスクス…。

 得体のしれない笑い声だった。

 夜の学校の中に、どれだけの人がいると言

うのだろうか。笑い声は一つではなく、次第

に増え、そして高まっていく…。だが、どこ

にも人の姿は見えない。

 やがて笑いは消えはじめ、静かになった校

舎の中に、一つだけ聞こえた。

 『つ、か、ま、え、た…』

 

 

 

     第一章「噂」

 

 「オハヨー」

 「オハヨー」

 教室の中に元気な声が飛び交う。眠そうに

アクビをしながら入ってくる子もいれば、カ

バンをすぐに投げ出してグラウンドに飛び出

していく子もいるし、あわてて友達のノート

を見せてもらって、宿題を写し始める子もい

る。そんな朝の教室の風景だった。

 「ええー、本当なのぉ?」

 「マジ、マジ。さっき先生たちが話してい

るのを聞いたんだもん」

 教室の一角で女の子たちがキャアキャアと

騒いでいた。中心になっているのは、この6

年4組の中でも一番の情報屋さんである後藤

鳴美である。いつもなら、○○の新曲が出る

とか、○○が出ていた番組を見たか、などの

芸能ネタで盛り上がるのだが、どうも今日の

話題は違っているようである。

 「それでねー。ウチのアネキが通っている

中学の子らしくてさ。昨日の夜とかは、ウチ

にも電話がかかってきてたんだ」

 鳴美が得意になってしゃべる。周りにいる

クラスメートの女の子たちは、それを聞くた

びに「マジ、マジ?」と驚いたり、面白がっ

たりしていた。

 「おはよう!何、もりあがってんの?」

 そう言って、入ってきたのはショートヘア

の似合う女の子である。ジーンズとスポーツ

シャツが活発さを感じさせた。

 「あ、美貴。おはよー」

 鳴美があいさつを返しながら、手招く。美

貴はカバンを机の上に置くと、鳴美たちの所

へとやってきた。

 「どうしたの?何か、あった?」

 「ニュース、ニュース、大ニュースだよ」

 「へえ。じゃあ、お昼の放送のネタにつか

えるかな?」

 「もう。美貴ったら、そればっか」

 鳴美にそう言われて、美貴は照れくさそう

に頭をかいた。

 沢村美貴は、この緑ヶ丘小学校六年四組の

生徒である。明るく活発な女の子と言うより

は、男の子に生まれてきた方が良かったので

はないかと思えるぐらいのお転婆である。そ

のせいか、クラスの男子からも「男女」と悪

口を言われているが、本人はそんなに気にし

ていなかった。先程の会話からも分かるよう

に、この学校の放送部に入っている。お昼の

放送で出すニュースのために、いろんな事件

に首を突っ込めるというのが、美貴の入部理

由だ。同じクラスの後藤鳴美も放送部に入っ

ているが、彼女の場合は、学校にアイドルの

CDを堂々と持ってこれることと、将来はテ

レビ局の芸能レポーターになるのが夢だとい

う点が、美貴と違っていた。

 「それで、一体どうしたの?」

 あらためて、美貴が鳴美に聞いた。

 「事件だよ。隣の中学校の生徒が、行方不

明になったんだって」

 「それ、マジなの?」

 「うん。この小学校の卒業生らしいんだけ

ど、昨日の夜から家に帰っていないらしいん

だ。中学校じゃ、大騒ぎらしいよ」

 鳴美がそう言うと、横にいた女の子が口を

はさんだ。

 「しかも、ボーイフレンドも一緒だって」

 「えー、それじゃ、どっかで遊んでいるだ

けかもしれないじゃん。まだいなくなってか

ら、一晩しか経ってないんでしょ」

 美貴が「なーんだ」という感じで言った。

 「それじゃ、駆け落ちかなぁ」

 「まだ、中学生なのにぃ?」

 美貴の言ったのを受けて、また女の子たち

が騒ぎだす。ほとんど、ワイドショーを見て

話すオバサンのノリである。

 「それが、ちょっと違うみたいなんだ」

 鳴美が脱線した話題を引き戻した。

 「何が違うの? 鳴美」

 美貴が聞くと、鳴美は少し声を抑えた感じ

で言った。

 「これは、あくまでウワサなんだけど…」

 騒いでいた女子もおしゃべりをやめる。そ

れを見て、鳴美は一呼吸置いてから言った。

 「夜の王様に捕まったって…」

 鳴美がニヤリとして、みんなの顔を見る。

 女子たちの間に一瞬、沈黙が訪れた。

  しかし、次の瞬間。

 「アハハハハ、バッカみたい」

 美貴が大声で笑いだす。鳴美はちょっとム

ッとした表情で美貴を見た。

 「なによぉ。美貴ったら、信じないの?」

 「何を言いだすかと思ったら、夜の王様と

かなんだもん。そりゃ、笑うわよ」

 「美貴って、そういうとこ、鈍感だから」

 「鳴美。鈍感とか敏感とかじゃなくて、そ

ういう話自体がウソっぽいんだもん」

 「へえー、じゃあ全く信じないんだ」

 「ったり前じゃない。そういう事を信じて

いるあんたたちの方が信じられないわよ」

 美貴がケロッとした様子で言う。ここで負

けていられないと、鳴美が反撃した。

 「でもさ、この学校の窓から二人が入った

ような様子があったらしいよ。それに靴が廊

下に残っていたんだって」

 「そういう事なら、学校に泥棒が入ってい

て、たまたまハチ合わせしたので、誘拐され

てしまった、とか言う方が真実味あるよ」

 「美貴って、夢がないなぁ…」

 鳴美があきれた感じに言う。

 「だって、私は大人になったら、真実を追

うジャーナリストになりたいんだもの」

 ハッキリと言う美貴に対し、鳴美はお手上

げという仕種をする。

 「私は夜の王様を信じたいけどねー」

 鳴美が言うと、他の女の子たちも一緒にな

って喋りはじめる。どうやら、そっちの方が

彼女たちにとっても、興味のある話のようで

ある。その時だった。

 「夜の王様に捕まったって、本当?」

 騒いでいる鳴美たちの輪に割り込んできた

声があった。見ると、髪の長いおとなしそう

な女の子が立っている。やはり同じクラスの

朝倉理恵であった。

 「夜の王様が出たって、本当?」

 もう一度、理恵が聞いた。

 「そうなの、そうなの。隣の中学校の生徒

が二人も消えちゃって。しかも、この小学校

の中でだよ」

 美貴を相手では話が盛り上がらないと判断

した鳴美は、理恵の登場を歓迎した。

 「もう、理恵ったら、そんな話やめなよ」

 美貴が横から理恵を止める。

 「もう美貴は信じてないんだから、黙って

なさいよ」

 鳴美が言うと、理恵はちょっと複雑な表情

で美貴を見た。美貴もため息をつく。だが、

美貴にとっては、一つ心配なことがあり、そ

れも気掛かりだったのだ。そのせいか、美貴

は「夜の王様」を話している輪から抜け出さ

ずに、そのまま付き合うことにした。

 「ウチの学校にも、いろんな怪談があるけ

ど、夜の王様の仕業なのかなぁ」

 女子の一人が言うと、鳴美が話に乗った。

 「夜になると、独りでに鳴りだすピアノと

か、笑いだす人骨標本とかでしょ」

 「そうそう。卒業する前に先輩とかに聞い

たんだけど、実際に見た人もいるんだって」

 「私が聞いたのは、夜中に誰もいないはず

のプールを幽霊が泳ぐってやつだよ」

 「あ、それも知ってる。昔、事故でおぼれ

死んだ子供がいて、今でも夜になると泳ぎは

じめるってやつでしょ」

 鳴美を囲んで、女の子たちが騒ぐのを美貴

は黙って聞いていた。でも、話に参加したは

ずの理恵までもが、黙って聞いているのは不

思議だった。

 「理恵ちゃんは、そういうのを信じてるよ

ねー」

 女の子の一人が、何気なく話題を理恵にふ

った。

 「うーん…。信じているって言うよりは、

感じてるんだ」

 理恵がポツリと言った。それを聞いた鳴美

たちが自然と静かになる。

 「ねえ、理恵ちゃんって、そういうの見え

るの?」

 「うーん、わかるって言う方が正解かな」

 あまりにもアッサリとした口調に、聞いた

女の子の方が反応に困ってしまった。それに

気づかないのか、理恵は続けた。

 「学校で、夜にピアノが鳴りだすとか、理

科室のガイコツが笑いだすとか、他にも色々

あるけど、それはみんな、夜の王様の仕業な

のよ。だって、そう言ってるんだもん」

 「誰が?」

 鳴美が当然の質問を口にした。

 「夕暮れが近づいて、これから夜の時間に

なろうとする時に、姿は見えないけれど、声

が聞こえるの」

 理恵の話し方は、あまりにも普通で、鳴美

のように怖さを盛り上げようとするみたいな

感じはなかった。それだけに迫力があり、脳

天気な鳴美でさえも、黙ってしまった程だ。

 「もっと遊びたいって、夜の学校に誰か来

ないかって…。でも、そんな声に誘われて、

夜の学校に残ってしまったら、生きて帰れな

いもの。私なんか、すぐに帰っちゃうわ」

 「その声の正体って…」

 女の子の一人が、聞いた。

 「もちろん、夜の王様よ」

 理恵がハッキリと言った。何となく、場に

重苦しい空気がただよってしまった。

 「もう理恵ったら、ムード盛り上げようと

して、迫力満点なんだから」

 そう言うと、美貴は理恵に抱きついた。そ

れにつられて、場を凍らせていた空気が溶け

て、みんなの中にも笑いが戻ってくる。鳴美

も笑って、理恵の肩をたたく。

 「なーんだ。理恵ちゃんたら、うまいんだ

から。もしかしたら、怪談のプロになれるか

もよ」

 そう言われて、逆にキョトンとしているの

は理恵だ。むしろ、みんなが何で笑っている

のかが分からない感じであった。

 「あれ?何で…、みんな、信じてるんじゃ

ないの?」

 理恵が戸惑ったような様子で言う。それを

聞いた美貴が、笑顔のまま、理恵の耳にささ

やいた。

 「ダメだよ、理恵。変なことを言ったら、

またみんなから仲間はずれにされるよ」

 笑顔でありながら、真剣な美貴の口調に、

理恵も小声で返す。

 「みんな、信じているんじゃないの?」

 「そういうのが本当だったら、面白いねっ

て程度よ。映画とかを見ているのと一緒で、

怖がったりするのや、スリルを楽しんでいる

だけなんだから、一人だけで、あっちの世界

に行っちゃわないでよ」

 「だって、夜の王様は生贄を手に入れたら

また次の生贄を求めるのよ。危ないわ…」

 「理恵っ!」

 「………」

 理恵が黙る。美貴は、フウとため息をつい

て鳴美たちを見た。すでに鳴美たちは、学校

の七不思議の話題で盛り上がっていて、さっ

きまでの理恵のことは頭にないようである。

 キーン、コーン、カーン、コーン。

 ちょうど、その時に始業のチャイムが鳴っ

た。みんながバタバタと席につきはじめる。

 「さ、授業だよ」

 美貴はそう理恵に言って、席へと帰す。

  鳴美の席に集まっていた女の子たちも、自

分たちの席へと戻っていった。

 美貴も自分の席へと向かいながら、なんと

なく心の奥に理恵の言葉がひっかかっていた。

  『夜の王様は生け贄を求めている』

  その言葉は喉に刺さった魚の骨のように、

イヤな感じを美貴の中に残したのだった…。

 

                                                        つづく

 

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